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ソフィー・リニエールのがんばる毎日Ⅱ

 

(そういうのも気心がしれているからこそ、なのかしら?)


 自分に照らし合わせて考えようとしても、対象が天馬しかいないのでよく分からない。


 天馬とは会話こそ多くはなかったが、その分信頼関係は構築されていたと自負している。お互い相手のことを他人にけなすなどしたことがない。


(同じ男同士でも、人によって友人関係も千差万別よね)


 うんうんと、一人納得していると、まだ文句が言い足りなかったのだろう。エーヴェルトが呆れたような視線を投げてきた。


「そうやって重いもんばっかり背負い込んで、後で重荷になって投げ捨てたくなっても、オレは知りませんからね」

「あら、心配してくれているの?」

「皮肉を言っているんですよ!」


 こういうやり取りもいつものことなので、「はいはい」とおざなりに返す。


(本当にずっと絡んでくるわね。そんなに昔完膚なきまでに叩きのめしたことを根に持っているのかしら?)


 一年半前のことなど、ソフィーにとっては昔といっていい時間経過だ。だがエーヴェルトにとっては昨日くらいの感覚なのだろう。


 若者と人生二回目のソフィーでは時間の感覚が違う。黒歴史もすべて過去の遺物として流せば生きやすくなるのに。


 そこでふと、()()に言われたことを思い出した。


「そういえば以前、マルクスが言っていたわ。『やたら絡む行為は好意の裏返し』だって」

「は?」

「貴方、私に好意を寄せているの? でも、そんな子供っぽい屈折した言動でしか好意を向けられないなんてどうかと思うわ。正直お断りよ」

「――ッッ。こちらだって願い下げですよ!」


 エーヴェルトが上ずった声を張り上げる。


「冗談は少しは色気というものを学んでから仰ってもらえます!? その辺の悪路の方がよっぽど貴女より凹凸があるってのに!」


 なんだ、その比喩は。一体何を指して言っているのか。

 これにはたまらずソフィーも主張した。


「言っておきますけどね、私の成長期はまだ終わってないわよ!」

「終わってはいないかもしれませんが、始まる気配も見られないでしょう!」

「なっ……!」


 あまりの暴言にソフィーは立ち上がり、隣のテーブルで一人静かに書き物をしていたキースに詰め寄った。


「ちょっと、キース! 黒星の監督生として、もっと正しくこの男を躾けなさい! こんな可憐な女の子の胸を指さして悪態をつく男なんて、紳士性の欠片もないじゃない!」

「可憐!? 一部がやたら慎ましいだけでご自身を可憐と表現するのは言葉に相違があり過ぎるでしょう!」

「やめましょうよぉ。あまりの会話の稚拙さに聞いていて、悲しくなりますぅ」


 眉を吊り上げるソフィーとすぐさま応酬するエーヴェルトに、キースが嘆く。


 この一年半でキースも肝が据わり、ソフィーの怒りにも慌てることはない。


 彼はペンを滑らせていた手を止めると、まだ書き上げていない始末書を掲げた。


「お願いですから、今回の一連の騒動を含めてジェラルド様に報告しなければならない僕の心痛も察してください!」

「黙っていればいいじゃない」

「黙ってればいいだろう」


 哀れな訴えをこぼすキースに、ソフィーとエーヴェルトがはからずも声をそろえた。


 見事な調和に、キースが「なんでそんなところだけ気が合うんですか!?」と叫ぶ。


「本当に胃が痛くて吐血しそうです……」

「いいのよ、キース。あんな細事、いちいちジェラルドに告げる必要なんてないんだから」


 ソフィーはキースの記していた書面を奪い取ると、ぐしゃりと丸めた。「あ」と小さくキースが声をあげる。


「物事の成否は自分の目と耳で得なければ分からないものなのよ。あの場にいなかったジェラルドに、こんな紙一枚でなにが分かるというの。不在にしていたジェラルドが悪いんだから、紫星の権限でこの件はなかったことにします!」


 自分でも苦しい言い訳だと思う。それでも報告されては困るのだ。


 なぜならジェラルドは――。


 最近の護衛責任者の性格を思い起こしながら告げた瞬間だった。


「不在につきましては申し訳ございません」


 単調な謝罪が耳に入り、思わず肩がびくりと跳ねた。

 恐る恐る後ろを振り向くと、そこには無感情を形にしたような切れ長の目の男が立っていた。


「……ジェラルド。帰ってたの」


 想定よりも随分と早い帰還だった。これはマズイ。


「はい。広場での報告を受け、早めの退城が許されました」


 人間らしい喜怒哀楽を一切排除したような、淡々とした口調だった。

 しかし淡々としているからといって、ジェラルドが今日の出来事をあっさりと流してくれるわけではない。


 その証拠に、まばたきの数が極端に少ない。ソフィーに逃げる隙は一切与えないとばかりだ。


「今回の一件を踏まえ、フェリオ殿下からの呼び出しであろうとも、ソフィー様が外出される際は不登城をお許しいただけることとなりました。今後は予定を変更することなく、護衛につかせていただきます」


 形の良い薄い唇から、ソフィーにとっては懲罰以外のなにものでもない宣言が発せられ、眩暈を起こしそうになる。考えうる中で一番最悪な結果だ。


(そんな……ジェラルドが王城に出向いている時だけが、自由の身を謳歌できる貴重な時間だったのに!)


 心の中でわめいたつもりだったが、どうやら口からこぼれていたようだ。エーヴェルトとキースから『この人、護衛を監視官か何かだと思ってる?』という目で見られたが、そんな視線など今はどうでもいい。


「待ってちょうだい! 殿下のお呼び出しを優先するのは当然のことよ。召集を二の次にするなど、聖騎士としてあってはならない不敬だわ。フォルシウス家の汚点にもなりかねない所業よ。そんなことを貴方に強制するつもりは――」

「フェリオ殿下のご意向ですので、当家のことはお気にならさないで下さい」


 ソフィーが最後まで言い終わる前に、ジェラルドが言葉を被せてきた。普段の彼ならばソフィーの言葉を遮ったりしない。これは、わりとガチで怒っている気がする。


 しかも何やらフェリオも怒っている?

 そんなに怒られるようなことをしただろうか?

 ナイフが首に刺されば致命傷となるが、刺される隙なんて一ミリたりとも与えていない。

 つまり、無問題ということではないか。


 ソフィーが頭に疑問符を浮かべていると、ジェラルドの氷の膜のような冷ややかな瞳がスッと細められ、しかめ面がより一層深まった。


「ここ最近のソフィー様は、以前に比べれば意表をつく行動も落ち着かれていらっしゃいました。しかしそれ故に、フェリオ殿下も少々気を緩められていたと。市井に赴く日に私を登城させたことを大層悔やんでおられました」

「え……? 落ち着いて……って。スラムの一件が()()()()()()の範疇に入ってるとか、おかしくない?」


 横で聞いていたエーヴェルトが唖然とし、「フェリオ殿下も、ちょっとソフィー嬢に毒され過ぎだろう……」とブツブツと呟いている。


「べ、別に、ちょっとしたハプニングがあった程度じゃない。そんな大げさにすることではないでしょう?」

「併せまして、今後茶話会での護衛配置もソフィー様と懇意にしている聖騎士は全員外させていただきます。あのメンバーは、ソフィー様のご意向ばかりを重視し、本来の護衛職を全うしているとは言えません」

「私の最期の砦まで奪うというの!?」


 あのメンバーというのは、ウォーレン率いる寄宿舎護衛のおじ様ズのことだ。


 彼らはジェラルドのような息の詰まる護衛はせず、ある程度ソフィーの様子を見て行動し許容してくれる大変ありがたい存在だった。


 今回の騒動でも、ソフィーの方が暴漢よりも上手であることを理解した上で瞬発的な捕縛はせず、しばらく見守っていてくれた。それを奪うなんて、目の前の男は鬼だろうか。


「ひどい……」

「聖騎士は守ることが責務です。たとえそれが王であろうとも、御身を危険に晒す行為については看過出来ません」


 ジェラルドの非情な言葉が土砂降りの雨のように降りかかってくる。


(なんでこんな口うるさい護衛になっちゃったのかしら……)


 初対面からいままで、無愛想ぶりは変わらず。しかし、彼との関係で変化があったとすればこれだ。


 一年前迄は、ジェラルドもある程度の距離感で護衛を行っていた。しかし、ソフィーが彼の想定外の行動を繰り返した結果、今やゼロ距離護衛になってしまった。


 日中は常にソフィーが逃走しないよう、または逃走してもすぐに対処できるようにへばりつかれている。


 しかも口うるささではバートと張る。いや、いまやバート以上だ。まったく嬉しくない。


(何とか、何とか有耶無耶にする言い訳を探さないと……!)


 けれど、そんな思考も読まれていた様で。


「こちらはフェリオ殿下からです」


 そう言ってジェラルドが一通の文を差し出してきた。


 嫌な予感を感じつつ開封すれば、上質な紙面に『今回のことはクリスティーナに全部知らせるからな!』と記されていた。


「――!!」


 短く簡潔ながらストレートな打撃がソフィーを襲う。


「嘘でしょう!! これ、これだけは、なんとかならない?!」

「私に仰られましても。フェリオ殿下の一存ですので」

「クリスティーナお姉様には()()()()お茶会でもご迷惑をお掛けしたばかりなのよ! あれからまだ日もたたないのに……っ。このままでは、姉妹を解消されてしまうわ!!」

「あの方に、そのおつもりはないかと」 


 どこか遠い目をしてジェラルドが言う。珍しく声には疲労感が滲んでいた。


「いっそ解消していただければ、こちらの心労も軽減されて助かるのですが……」

「不吉なことをいわないでちょうだい!!」


 とんでもないことを言う男に、ソフィーは両手の拳を突き上げ叫んだ。


なんか色々あったんだな、と思っていてください(*'▽')

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転生前は男だったので逆ハーレムはお断りしております 完璧淑女への
― 新着の感想 ―
その『色々』を詳しく
下水道とか品種改良とか調味料の販売とかよりも……まずはよく効く胃腸薬を流通させなきゃ……ッ
これが急所攻撃か… 一撃で大人しくさせたようだ
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