拝啓天馬、男子ってこんなにめんどくさい生き物でしたっけ?Ⅲ
「本当にお力添えを頂けるのですか? 私の目的はただ下水道管を広げるだけではありません。水自体を――」
「いちいち説明されずとも、君が記した計画書なら一通り読んだ。菌を使って水を浄化するという方法は前衛的だが、不可能とも言い切れない。面白い発想であることは認めよう」
「!? あれをお読みになられたのですか……」
ヴィンセントは銀星三つ。学生たちと違い、閲覧を許されるだけの地位がある。その点についてはなんら驚くことではないが、現在ソフィー発案の計画書はロレンツオ預かりとなっているのだ。
彼を通さなければ触れることすら不可能。となれば、ヴィンセントが医科学研究所まで赴き、ロレンツオに閲覧を所望したということになる。
(あれだけ毛嫌いしている人の元へわざわざ? 『手伝う』なんて、負けず嫌いの延長戦で、つい口から出てしまっただけの提案だと思っていたけど……)
どうやらそうでもないと知り、ソフィーは深く頷いた。
「分かりました。では、私も対価としてリチュのお相手を今後も務めましょう」
彼の表情は相変わらず仏頂面で横を向いたままだったが、特に反論もない。これは承諾とみなしていいようだ。
「それではすぐに医科学研究所に特別枠で席を設けていただけるよう、ロレンツオ様にお伺いいたします」
さっそく取り掛かるつもりで告げれば、ヴィンセントは「ちょっと待て!」とばかりにソファから立ち上がった。
「なぜ私が医科学研究所の指揮下になど入らねばならない! 私は死んでもあの男の下にだけは就かないぞ!」
「え……ですが、これは医科学研究所を主軸とした国家プロジェクトです。関わってくださるなら、何らかの体裁は必要かと」
全体の方向性を示し、総指揮を執るのはソフィーだが、各所に振り分けたものについてはまた別の調整役が必要になる。ヴィンセントの星を三つ賜っている地位を鑑みれば、そちらの一つにまわってもらうのが妥当。
しかし、彼の職務はあくまで講師だ。医科学研究所に籍のない、ただの講師という立場で参加させれば、他の研究員との間に摩擦が生じる可能性がある。
対策の一貫として必要性を訴えてもヴィンセントは納得せず、逆に馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻を鳴らした。
「君はいちいちそんな心配をしているのか。言っておくが、銀星に協調性なんてものは二の次、三の次だぞ。すべて能力と結果がものをいう。研究員の心情の配慮など、あの男ならば頭の片隅にも存在していないだろうな」
「そ、そのようなことは……少しくらいは加味されているかと……」
「本気でそう思っているのか?」
「…………」
ソフィーは黙りこくった。
ロレンツオに研究員に対する配慮と労りがあるのならば、医科学研究所が超ブラック企業並みの残業時間を誇っているわけがない。彼は非情なまでに合理的な思考の持ち主だ。
「大体、なぜあの男の容認が必要なんだ。君は奴以上の権力を手にしているだろう」
「それでは私の監視下の者、という扱いになってしまいますから」
「あの男の下よりはいい」
あまりにあっさりと言われ、ソフィーは驚愕に目を見開いた。
「さすがにそれは短慮過ぎませんか。女の紫星がどれほど反感を買う存在かお分かりでしょう?!」
医科学研究所預かりの職責ならば、この先もしソフィーが何らかの失敗をしたとしても、ヴィンセントが連累を受けることはない。だが、ソフィーの下となると話は別だ。
「私はこの事業を失敗に終わらせるつもりは毛頭ございませんが、どう転ぶか分からないことも事実です」
現実はリチュのように負けても再戦がきくものではない。一度奇異な目で見られれば、貴族社会では取り返しのつかない事態に繋がる可能性も十分にあり、家名に傷がつくことにもなりかねない。
「お力添えいただける方を、危険な立場に置くわけにはまいりません。ロレンツオ様の下が嫌だから私の下でいいというお考えはあまりに危険です」
お考え直し下さいと真剣に伝えれば、彼は少し黙って、そしてぽつりと言った。
「君は『紫星』の持つ権力の危険性と影響力を十分理解しているようだが、自分自身に降りかかる火の粉については無頓着なんだな……」
「? すみません、よく聴こえませんでした」
彼の声をうまく拾えず聞き返すが、ヴィンセントはフンと顔を背けて言い放つ。
「とにかく、私はあの男の下はごめんこうむる。うちは男子であらば一人残らず銀星を賜る生粋の家系だ。戯言に耳を傾ける痴れ者など、我が一族には皆無。私とて、そんな輩の相手をするほど暇ではない」
なんの怯みもなく横柄に言い放つ彼の言葉に、ソフィーはしみじみと思った。
(他人の目よりも、知識こそが正義のこの思考、まさに銀星の特徴よね……)
階級こそが正義と思っている貴族は多いが、銀星の貴族意識はそこまで強くない。しかし、それを凌駕するほど銀星としてのプライドが高いのだ。
ある意味ではありがたい潔さではあるが、それゆえに危険思考でもある。
思わず額に手を当て、はぁとため息を吐くと、なぜか彼はソフィーの細面をまじまじと見つめてきた。
幼少期より大の大人との商談を行ってきたこともあり、値踏みするような視線を向けられることには慣れている。だが、ヴィンセントの目はそれとは少し色が違った。
「なにか?」
正面から強く見つめられ、思わずしり込みしそうになる。
「戯言の煩わしさはそれなりに経験がある。だが、そんな煩わしさよりも何より、私が君を放っておけない」
「へ?」
放っておけないとはこれいかに? と、首を傾げるソフィーの後ろで、ジェラルドが身じろいだ。
レミエルの一件から、ジェラルドの危機回避能力は数段アップしていた。不測の事態を考慮し、ジェラルドは佩剣に手を伸ばすが。
「私がそう考えるのも、君が――――不完全な人間だからだろうな」
「…………んん?」
(え、いま、なんと?)
聞き間違いだろうか。なんだか思わぬ暴言を受けたような気がする。
「ふ、不完全? 完全、ではなく?」
「君のどこが完全なんだ。どう見ても不完全だろう」
再度強調され、ソフィーは口をパクパクさせた。
(不完全? 不完全って言ったの、この人? え? なんで? こんなに母親似の可憐な美貌を持って生まれた可愛らしい容姿の美少女なのに? 前世の記憶のおかげで知性まで兼ね備えた美少女なのに???)
すぐさま脳内祐が頭をもたげ、『異義あり!』とわめき立てる。
「も、もうしわけございません。意味をとらえかねましたわ」
竜巻のように吹き上がる感情を押さえ込み、口元が引き攣りそうになるのを耐え、淑女然として問えば、彼は足を組み替えながら続けた。
「どこで培ったのか知らんが、あの男を納得させられるだけの学も、適応力もある。だが、君の中身はわりとポンコツだろう」
(ポンコツって言った?????)
ポンコツなど指摘されたのは、前世で天馬に言われた以来だ。
ある意味懐かしい響きだが、同時に情けなさもこみ上げる。
「ちょ、ちょっと、お待ちください! 私のどこがポンコツだというのですか!?」
「君のリチュの腕前は確かに王国でも随一だろう。それは認める。――もっとも、それも気を張っていればの話だが」
「どういう意味でしょう?」
「君はたまになぜそんな手を指すのか分からない進め方をするときがある。どんな意図が隠されているのか窺ってみれば、そんなものはない。ただの悪手だ」
その時のソフィーは、『どう見ても打ち間違った!』という顔をして、『まぁ、どうにかなるか!』と進めた結果、『どうにかなった、満足!』という顔をしているらしい。
「気を抜くと全部顔に出るタイプだろう?」
「…………そ、そんなことは……」
ないはずだ。思わず顔を後ろに反らせジェラルドに確認するように見れば、スッと目をそらされた。
これは無言の肯定か?
軽いショックを受けている間も、ヴィンセントの言葉は止まらない。
「まぁ……だが、人間は得てしてそういう人間に魅力を感じるものだ。放っておけば、とんでもない方向に走り出してしまいそうな相手には、誰だって手を差し伸べたくなる……」
「は、はぁ?」
少し頬を赤くして言われているが、釈然としなさ過ぎて、もはや話が頭の中に入ってこない。
ポンコツという言葉が、何度となく頭のなかでリフレインする。
ポンコツポンコツポンコツポンコツポンコツ……え、つらい。
「完璧ほど他人を除外するものはない。その点については癪だが、あの男がいい例だ」
これは彼なりのフォローのつもりなのだろうか?
思考の基軸が、ロレンツオでしか成り立っていなすぎでは?
もはや、ただの行間にしか聞こえない。
(あ、うん。もうこれは行間の性癖決定でよいのではないかしら)
行間について知見はないが、無理やりそう思うことにした。ポンコツ扱いされたことがショックすぎて、頭が現実逃避をし始めたのだ。
ショックのあまりぼーっとした顔をさらすソフィーに、ヴィンセントが眉根を寄せる。
「話をちゃんと聞いているのか?」
「え……はぁ? 聞いております」
もう聞きたくない。
前世の記憶が戻って以来、大切に積み重ねてきたソフィー・リニエールという少女を祐と同列にジャッジされたことが悲しすぎる。
(もう、おうちに帰りたい……)
しかしそこでふと、当初の問題が何も解決していないことに気づく。
「あの、ヴィンセント講師……私の下に就くとなると、幼女趣味疑惑が依然残ったままということになりますが……」
残ったままというより、状況は悪化したようにも思える。これでは金星の生徒たちからの疑惑を回避できない。
ヴィンセントの立場を思い遣っての懸念を示したのに、彼は面倒くさげに目を細め。
「またその話に戻るのか。しつこいな。そもそも君は幼女ではないだろう。その年で幼女を自称するのはおこがましくないか?」
余計な一言に、ソフィーは引き攣った笑顔のまま心から思った。
――――この男、絶対にいつか行間の刑に処してやるわ!




