拝啓天馬、男子ってこんなにめんどくさい生き物でしたっけ?Ⅱ
すみません、更新が遅かったうえに、今回も終わってません( ;∀;)
次の更新は一週間以内に行いますので、ひらにご容赦下さい!
「というわけで、私の当初の目的も達成しましたし、今日をもって解放致します。ヴィンセント講師にはお力添えを頂き、心からお礼を申し上げ――」
「勝ち逃げするつもりか!?」
放課後、テーブルに広げたリチュの盤を間に、向かい側に座る男にそう告げると、言い終わる前に間髪いれずに声が飛んだ。わりと本気の怒号だ。ソフィーの口元がひくっと引き攣る。
「……いえ、勝ち逃げしようとしているわけではなくてですね。拘束する理由がなくなったわけですから、これ以上お時間を頂戴するのも気が引けると」
「どれだけ体のいい言い訳を拵えたところで、勝ち逃げしようしている事実は変わらないだろう!」
「うわ、めんどくさ……」
思わず小声が漏れた。
最近はずっとリチュ対策でヴィンセントと対戦し、慣れが生じてきたせいか本音が零れやすくなっていた。
ソフィーは『ダメよ、ダメ! 私は淑女なんだから!』と心の中で自身を諫めながらも、憮然とした態度を崩さないヴィンセントには疑問が尽きない。
(なぜ?! もとは屈服させた形で相手をさせていたのだから、彼にとっても嬉しい展開のはずじゃないの!?)
生意気な小娘から解放されたのだ。清々した顔で皮肉の一つでも貰って終わり、と短絡的に思っていた。これは予想外だ。
戸惑っていると、ヴィンセントは怒りモードから一転し、今度は「傷ついた」とばかりに唇を曲げ、眉を寄せて恨みがましい目を向けてくる。まるで裏切り行為を糾弾するかのような視線を投げられ、ソフィーは『私が悪いの!?』と自問自答する。
彼の情緒はよく分からないが、理由にはついてはすぐに見当がついた。
(さては、この人……ずっと私が勝ち越しているのが不満なのね)
当初の頃は互角の戦いが多かったが、ヴィンセントの癖や対戦パターンを理解してからは全勝している。
プライドの高い彼のことだ、このまま負けた記憶だけを残して終わるなど許せないのだろう。
が、現状はそんなプライドを掲げている場合ではないのだ。
このままでは、とんでもない汚名を着せられてしまうことになる。
「いいですかヴィンセント講師、事は重大です! 貴方はいま、生徒たちの間で――幼女趣味疑惑が浮上しているんですよ!」
ソフィーとて、まさか自分との接触が原因で、生徒たちからロリコンだと思われるなどと考えもしていなかった。
右手を握りしめ前屈みで力説するも、当の本人は興味がないとばかりにソファにもたれかかり、腕を組んでフンと顔を背けた。
「だからなんだ。私は別に……君に性愛など感じていないからな!」
「その点については一切疑っていません」
なぜか不自然に空いた間については気づかず、ソフィーは一蹴した。
ヴィンセントは初対面の時から明らかに自分を忌み嫌っていた。
彼にとって自分は、天敵であるロレンツオが認めたというだけで忌々しい存在だ。その上、権力を笠に着た命令で、無理やりゲームの相手まで強要された。
この状況で、好意など持てるわけがない。持てるとしたら、それはただのドМだ。
(だからこそ、幼女趣味などと言う悪趣味な噂をそのままにしておくわけにはいかないでしょう! 前世の日本なら、ロリコン疑惑なんて社会的死よっっ)
想像しただけでゾッとする。
そもそも現世とて、年の差婚が当たり前というわけではない。あまりに年の差がある少女を娶る男には、軽蔑の目が向けられる。それはラルスたち生徒のリアクションからも明らかだ。
「とにかく私としても、生徒たちからの信頼を失う行為を、いつまでも貴方に強いるわけには参りません」
「事実でないことに、なぜ後ろめたさを感じなければならない」
「世間の目と個人の感情は別ですわ」
「世間の目とは、一体誰をさしているんだ?」
(ああああ、もうっ! これだから銀星は金星からめんどくさいと言われるのよ!)
どうでもいい箇所を指摘する彼に、お前はレミエルかと、ツッコミたくなる。
思わず頭を抱えるが、ここで感情を爆発させたところで話は平行線だ。
(あと何戦か勝負して負けたら、この程度の相手と飽きてくれるかしら? でも、そんな白々しい勝負に、この方が気づかないわけがないし……)
もう何十回と対戦している相手だ。
リチュの性質上、長く向き合っていると、その思考や癖が盤上を通して伝わってくる。
ゲームをする前は、ヴィンセントのことを皮肉屋で融通が利かない人間だと思っていた。……まぁ、それはまったくその通りだったのだが、意外と繊細な距離感で勝負を進め、ここぞというところでは思い切りの良さを発揮する所は、ゲームをしていなかったら気づけなかっただろう。
自分が対戦することによってヴィンセントを理解したように、彼も少なからずソフィーの性格を盤上から読み取っているはず。突然こちらの腕が鈍れば、それがワザとであることくらいすぐに見抜くだろう。
(なぜこの学院の男性陣は、皆ちょっとめんどくさいのかしら……)
はて、男とはこういう生き物だっただろうかと、自身の前世を思い出そうとして、ソフィーは祐の記憶を遡らせた。
――うん、否定はできない。男という生き物が、というよりは祐が。
不甲斐ないことに、前世の自分はヴィンセントのように言葉に出してハッキリと意思を主張することすらできなかった。
殻に閉じこもってばかりだった記憶を思い出し、ちょっぴり自己嫌悪に陥りそうになっていると、ヴィンセントは静かになったソフィーに、宣戦布告をするかのようにビシッと指さし。
「とにかく、勝ち逃げは許さないからな!」
「子供かっっっ!」
ずっと直立姿勢で護衛をしていたジェラルドがいるにも構わず、ソフィーは思わず力強くツッコんでしまう。
いままでのソフィーならばここでハッと我に返り、淑女の面をかぶり直すところだが、最近はジェラルドに対しても猫を被る必要性を感じなくなっていた。
もうなんと思われていようが、どうでもいい状態だ。
そんなソフィーの心変わりをジェラルド本人も理解しており、表情に変化はない。
ただ淡々と護衛職を全うするように、ときおり廊下からかすかに聞こえる人の足音に耳を向けている。
護衛としてこの場を取り持つ気が皆無なのは、毎回ヴィンセントと対戦するたび口論に発展することが多かったせいだろうか。
否、彼の中では、ソフィーが誰かと争うことは、完全に日常の一コマと認識されたのだ。
(ちょっと待ちなさい! 私はこれでも女王の薔薇では、愛らしい天使たちに『落ち着きのある才女』とお褒めの言葉をいただいたことだってあるのよ!)
自分自身、王の剣では誰かと争ってばかりだという自覚はあるが、それをジェラルドから感じ取ってしまうと声を大にして反論したくなる。
そんな苦悩を味わっている間も、ヴィンセントからは「とにかく、勝ち逃げは許さないからな!」と、もう聞き飽きたフレーズを何度となく聞かされる。
…………前世の自分もめんどくさい性格だったが、ヴィンセントも大概だと思う。
(仕方ないわね。こういう時は大義名分をちらつかせましょう)
ソフィーはこれみよがしにコホンと咳払いをすると居住まいを正し、真っ直ぐにヴィンセントを見据えた。
「ヴィンセント講師はお忘れかもしれませんが、私がここへ参ったのは、殿下の王命があったからに他なりません。多少、想定外のことに時間を費やした事実は否めませんが、決して失念していたわけではありませんのよ」
笑みを湛えて伝えれば、わずかに瞬きをした。皮肉のつもりで言っただけだったのだが、どうやら彼は本当にソフィーがここに至った目的を忘れていたようだ。
「当初の目的を達成するためにも、これから先はより事業に集中したいと思っております。医科学研究所のお力をお借りしているといっても、簡単には物事が進むわけではありません。あちらも常に人手不足ですし」
特別チームが組まれているとはいえ、彼らの仕事はソフィーが推進する事業だけではない。
医科学研究所は、国に関わるすべての研究、計画の立案、立ち上げ、運営を担う機関であり、その業務内容は多岐にわたる。
昔の名称は『王立研究所』だったそうだが、いまは改名され医科学研究所となっている。
しかし、改名に伴って業務自体が縮小されたわけでも、分割されたわけでもない。
ならばなぜわざわざ改名したのかについては謎だが、依然国に関わる全ての事業を統括する総支部であり、業務も激務のままだ。
(日々の業務をこなすだけでも、知力だけでなく体力も不可欠な超ブラック企業。正直、死人が出てもおかしくない環境なのよね)
この世界には労働基準法という概念がない。もっとも法が定められていた前世ですら、あるようでなかった事業所も多かったが……。
「私は目的の達成だけを重視しているわけではありません。皆様にあまり負荷をかけぬよう取り組むことも、私の職責の一つです。ですから、どうかご理解下さい」
これだけ言いきれば納得してくれるかと思いきや、ヴィンセントはなにやら無言になった後、思いも寄らぬ提案をしてきた。
「ならば、私が手伝えば、その空いた時間でリチュの相手ができるということか?」
「へ……? ヴィンセント講師が、ですか?」
つい間の抜けた声が漏れた。
(えぇ、本気で言っているのかしら?)
ソフィーの手助けをするということは、医科学研究所とも繋がるということだ。
医科学研究所には彼の大嫌いなロレンツオがいる。
ロレンツオの下に就きたくないばかりに、星を三つも賜っておきながら講師になった男が、なぜ自分から関わる道を選ぶというのか。
(いったい、どういう心境の変心なの? 事業のことだって初対面のとき、あれほど意味がないと断言していたのに……)
ヴィンセントは自身の意見を簡単に翻すようなタイプではない。ついつい、何か裏があるのではと勘ぐってしまいそうになる。
「ご提案は有難いのですが、そこまでして対戦を希望される必要がございますか? リチュは貴族の男性なら、皆嗜んでいるものです。お相手には事欠かないのでは?」
正直な感想を述べただけなのに、なにやら胡乱な目で睨まれた。
「リチュというのは高度な頭脳戦ゲームだ。ルールを知っているだけの輩と対戦したところで、なんの価値がある。ただの時間の無駄だろう」
自分くらいの腕前になると、相手はそう簡単に見繕えるものではないと暗に言われる。
「君は第二王子に勝利したんだろう。あの方に勝てるだけの力量を持った者は、この王国でも一握りだ」
「レミエルの腕前をご存じでしたか」
曲がりにも銀星としてこの学院に在籍しておきながら、講義にはほぼ出席しない男の存在を思い出し、ソフィーは心の中でポンと手を打った。
(そうだわ、レミエルがいるじゃない!)
リチュの腕前は折り紙付き、しかも常に暇を持て余しているレミエルならば、彼の対戦相手として最適だ。
なにより、毎日毎日ストーカーばり後ろに張り付かれ、自分と遊べと強要してくる男の時間が消費されることは、ソフィーにとっても好都合。
いい代案だと喜んだのも束の間、提案するよりも先に、ヴィンセントの顔が渋面を作る。
ソフィーは『あ、これは何かあったな』と瞬時に悟った。
「えっと……レミエルが何かいたしましたか?」
恐る恐る問えば、彼は静かに話し出す。
それはまだヴィンセントがこの学院の生徒だった頃。一度だけ王城に呼ばれ、レミエルのリチュの相手を命じられたことがあったという。
当時のレミエルはまだ幼少でありながらも、腕前はすでに大人顔負け。
「本来、相手役として指名されたのはあの男だったんだ。それを、あっさりと拒否したせいで、私が代わりに登城させられ……」
序盤も序盤で「話にならない」とすぐに追い返された。
(レミエルのあの性格は、幼少期にはすでに出来上がっていたのね……)
話を聞いただけで、一部始終が目に浮かぶ。
いくら相手が王族とはいえ、自分よりも十は離れている子供から突きつけられた無能者扱いは、ヴィンセントのプライドをいたく傷つけたのだろう。
彼のほの暗い光を放つ目を見るからに、ロレンツオに次いで忌々しい相手としてレミエルの名が刻まれたことは間違いない。
「……心底腹は立つが、あの方は確かに天才だ。凡人には一生かかってもたどり着けない、別格の強さがある」
どれだけ激高しようとも、レミエルの天賦の才能を受け入れているところは銀星だな、とソフィーは思った。
(一度認知すれば、その事実については歪めずに見られる人なのよね)
そんな感心したのも束の間。
「だが、それとこれとは別だ! まさかとは思うが、自身の代わりに、あの方を私のリチュの相手に据えようなどと考えていないだろうな?」
まるで心を読まれていたかのように牽制され、内心ギクッとなる。
「私はあの方とは一切の関りを持ちたくない!!」
(一切の関りって、一応レミエルは銀星の生徒で、貴方の教え子になるのですが……)
講師としては問題発言だが、指摘する気にはなれなかった。レミエルの独創的な思考には、誰だって振り回される。それをできる限り回避したいと願う講師は、彼だけではないはずだ。
(でもまぁ……よくよく考えてみれば、この方って、変なプライドの高さには目をつぶれば、緻密な計算能力は高いし、地頭の良さも申し分ないのよね)
初対面が散々のうえに、脅迫している負い目もあって、今まで彼のことを人材として見ていなかったが、悪くない話かもしれない。
《お知らせ》
コミカライズの五巻が発売中!&コミックアース・スターさんで最新話が更新されております(*'▽')
どちらも銀星の話が盛りだくさんなので、こちらでも盛り込んでみました。
ぜひご覧いただけたら幸いです!(*'ω'*)




