ソフィー・リニエールというご令嬢~マルクス の気苦労Ⅱ~
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「お礼は、そうね……」
ソフィーは人差し指を顎下に当てながら、「うーん」と考え込む素振りを見せ、
「バーベキューなんてどうかしら?」
と、にこやかな笑みを浮かべた。
「ばーべきゅー……、って、何?」
聞きなれない言葉に、マルクスは首を傾げる。
「外でお肉やお野菜を焼いて食べるの、いわば野外でのパーティーね。銅星の生徒の皆でしましょう」
「へー? ……いや、ってかさー、お嬢さん。いま銅星の皆でって言ったか?」
「ええ、言ったわよ」
「銅星が何人いるか分かってる? 二百人だぞ!?」
「だって、ご飯は大勢で食べた方が楽しいでしょう?」
「二百人の銅星の食欲なめてるだろう! どれだけ用意するのかしらねーけど、絶対に行き渡らずにケンカになるって!」
「大丈夫よ、皆がちゃんとお腹いっぱいになるくらいの量は用意できるわ」
「いやいやいや! アイツらが腹いっぱいになる量なんて用意してみろ、破産するぞ!」
「あら、リニエール家の財力を見くびらないでちょうだい。そのために、私だっていままで仕事を頑張ってきたんだから!」
ソフィーは長い髪をかきあげ自信満々に宣うが、そもそもその稼ぎは銅星の飯代のためのもんじゃねーだろう! とツッコミを入れたくなる。
「銅星の監督生であるマルクスに面倒事を請け負ってもらうのだもの。これくらいのお礼は当然でしょう」
「え、なにその持ち上げ方。逆に怖いンだけど……」
不審を滲ませるも、ソフィーは畳みかける。
「お肉にはね、この前食べた黒の雫をベースにした秘蔵のタレで味付けしようと思っているの」
「……お嬢さん、その意図的に人の話を聞こうとしないのやめてくれない?」
「私が試行錯誤を加え、何年も継ぎ足しした最高傑作よ! それをしみこませたお肉を皆に振る舞うわ!」
「ああ、そう……」
味に自信はあるとばかりに拳を握りしめるソフィーに、マルクスはツッコむのをやめた。
ここはハッキリと「嫌だ」と断るのが一番だと気づいたのだ。
断りを入れるために口を開いたマルクスだったが、時すでに遅し。
突如、後ろからグーという腹の音が鳴る。
ハッとして振り返れば、
「にく? 肉って言った?」
「腹いっぱい食えるの? おれたちも腹いっぱい食っていいの?」
「しかも、この前のよりうまい肉って、……マジ?」
口元から涎を流さんばかりのコンラートたち。
目をキラキラと輝かせ、ご馳走への期待に胸を躍らせている姿に、マルクスは悟った。
(あ、コレ……やられた……)
自分には最初から拒否権など残されていなかったことを――――。
「銅星全員に肉って、そりゃあ剛毅なことで」
マルクスの話を聞いたエーヴェルトは、開口一番に皮肉った。
岩の上でふてぶてしい態度で足をクロスし頬杖をついている男は、どうやらこの話を聞いてもピンときていないらしい。
「いまの話聞いた第一声ががそれなわけ? そんなんじゃ、一生かかってもお嬢さんには敵わねーぞ」
「はぁ?」
「あのさ、お前たちは俺が数年前の金星とやり合ったこと知ってるよな?」
マルクスの問いに、エーヴェルトは気のない返事で肯定した。
「まぁ……」
「なら、俺の性格くらい多少想像できるだろう」
過去に金星ともめた一件はラルスたちが入学する前の話。あの時に起った衝突は中々手痛い過去でもある。それゆえに、財力を盾に威張り散らす者をマルクスは一番忌避するようになった。
「お嬢さんの報酬が手っ取り早く金だったら、俺だって適当な言い訳並べて是が非でも断ったさ。でも、今回は断れなかった。……断れない状況をつくり上げられたからな」
これだけ説明しても、エーヴェルトはいまいちピンときていない表情だ。紫星で、相手が女だから断れなかったとでも思っているのだろうか。
「お嬢さんはあの時間、俺がチビたちと馬小屋にいることを知ってるンだよ。だから早朝を狙った。なんで分かるか? 俺が一人の時に話せば断られると分かってたからだ」
銅星はとにかく体力を消費する。それゆえに、エネルギー補給は重要な要素。
平たく言えば、食っても食っても腹が減る集まりなのだ。
それが銅星全員への食事提供と聞けば、目の色だって変わる。
「チビどもだって、横柄に命令するような奴が相手なら、どれだけ食いもの並べられたって尻尾なんて振らねーよ。でも、お嬢さんは違うだろう」
今回の状況は、数年前の金星たちとは違う。
あくまで命令ではなく、依頼。
報酬は個人だけではなく、銅星全員。
相手が黒星ということへの配慮も怠らず、対策は取るという。
「そんな状況で俺が拒否してみろよ。割を食うのは俺じゃねーか」
現に、この話を同期生であるドニに零した際も、あっさりと「そりゃあ、お前。受けなきゃ血の雨だろう」と真顔で返されてしまった。
以前の金星との一件ではマルクスの肩を全面的に持ってくれた彼だったが、今回はあっさりと手のひらを返してきた。その背景には、ソフィーからもたらされたビャクヤ蛇の毒についての助言も大きく作用していた。
ドニは山岳演習がはじまると、幾度となく謎の腹痛に悩まされていたが、毒袋を切らぬようにしてからは症状が起きることも無くなった。
そのこともあり、ドニはソフィーを女神のように崇拝しているのだ。
「普通に怖くねー? たかだか出会って数カ月のやつにこっちの性格熟知されて、状況読んで仕掛けてくるんだぜ。しかも俺の周りの奴らまでしっかり取り込んでるし」
マルクスは片手で頭をかきながら、エーヴェルトの視線に合わせて腰を下ろす。
「そんな頭の回る奴、男だろうが女だろうが敵には回したくねーだろう?」
「――ッ!」
平民色と言われる栗色の瞳を茶化すように向ければ、エーヴェルトが大きく舌打ちをした。
「商家の娘だから、計算が得意なだけだろうッ」
減らず口を叩きながらも、その顔はひどく悔しそうで、マルクスは思わずエーヴェルトの近くにいた男、キースに問う。
「なぁ、なんでコイツこんなにお嬢さんに対して敵愾心持ってんの?」
「ソフィー様に完膚なきまでに叩きのめされてますからね。プライドをなんとかして修復させたいのでしょう。ただの無駄な足搔きなので、彼の言動は無視して下さい」
同じ黒星の仲間だというのに、中々辛辣な物言いだ。
しかも、その追撃は止まらず。
「エーヴェルト、以前僕に『女に免疫がない奴ほど、女に傷つけられた傷跡は大きい』と仰っていましたが、免疫があっても同じじゃないですか。貴方、僕以上のトラウマを背負ってますよね?」
「くそ……っ!」
キースからの笑顔のぶった切りに、エーヴェルトは顔を顰める。
まさか過去の言動が己に返ってくるとは思ってもいなかった。
「なに、そんなにお嬢さんに手ひどくやられたわけ? そりゃあ、同情するわ~」
「うるさいっ、銅星なんかに同情されるなんて屈辱だ!」
ギャーギャーと騒ぐ声に辟易したのか、それまで黙っていたジェラルドが足を山頂へと向けた。
「無駄話はそのくらいにして急ぐぞ」
無機質な命令に、エーヴェルトがギョッとして振り返る。
「え!? もう!?」
「それだけ回る口があるなら動けるだろう」
「口と足の消費量を一緒にするなよ! そうだ。ついでにここで昼食取ろうぜ!」
「非常食があるだろう」
ジェラルドの簡潔な返しに、エーヴェルトは嫌な予感に冷や汗が流れた。
「まさか……、食いながら走らせるつもりか!?」
「その方が時間を短縮できる」
当然のように頷くジェラルドに、マルクスはエーヴェルトとは違う箇所に驚いた。
「え、お前アレ食うわけ? すげーマズイだろう」
まさか貴族があんなものを食べるなど驚きだった。
銅星の生徒だって、空腹よりはマシだからと嫌々食べる代物だ。
しかしジェラルドは平然として言った。
「腹に入れればなんでも同じだろう」
やせ我慢など一切ない本気の言葉に、マルクスは心底納得した。
(ああ、なるほど。コイツ、マジで絶望的にお嬢さんと気が合わねぇわ)
【一口メモ】
ソフィー:食事に対してのこだわりが強い
ジェラルド:食事に対してのこだわりが一切無い




