拝啓 天馬 男同士の友情、私にも覚えがあるわⅡ
ソフィーと出会い、孤児院の子どもたちと出会い、リオの心には変化が生まれていた。ソフィーと出会う前の自分はもっと傲慢で、その傲慢を自身でも気づいていなかった。
そして、変化は疑問を生んだ。この疑問をどうしてもこの目の前の少女に相談したくて、リオはいつもの護衛がいないことをいいことに、ソフィーのもとへと向かったのだ。
「なぁ、ソフィー。この国をどう思う? 他国を含めてもそうだが、どうして王族や、貴族階級なんてあるんだろうな」
なんの前置きも無く、口から零れる疑問をリオは問う。
「王族だ、貴族だとそんな階級無くなってしまえばいいと思わないか? そうすれば、自由で平等で、もっと良い国になるんじゃないかって、そう思う時があるんだ」
真剣な目で問われ、ソフィーは突然のリオの言葉に黙る。
風でリオの黄金の髪が舞う。男性で髪は長く伸ばすのは、貴族の証なのだと、ソフィーは最近知った。
地位が高ければ高いほど、伸ばしていい髪の長さは長くなるそうだ。
例外で、貴族でも騎士団に入っている者は髪を切るそうだが、髪の長さは地位の表れ。
出会った時から、リオは髪が長かった。その長さは、男爵の地位をもつ父親よりも長い。
「ソフィーは、そうは思わないか?」
地位の高さに、リオは自分の居場所を見失っているのかもしれない。
だからこそ、ハッキリと告げた。
「いえ、とくに」
「……お前も貴族の女だな」
ソフィーの否定に、リオは残念そうに吐き捨てた。
ソフィーなら、きっと自分の気持ちを分かってくれる、賛同してくれると思っていたのだ。
「そうね、否定はしないわ。でも、無理でしょう、どうしたって」
人間は生まれながらにして不平等なのだ。
この世界よりもずっと治安の良い日本ですら、不平等は当然あった。
前世、父親がおらず、母親にも捨てられた祐の記憶を持つ自分だからこそ、余計にそう思うのかもしれない。
前世の世界だから暮らしていけることができたが、この世界で、親に捨てられたら路上生活か、女なら身を売るしか生きるすべがない。孤児院に拾われる事は、とても運が良いことなのだ。
世界は美しく、そして残酷だ。どんなにキレイごとを並べても、それが全て。
「私は階級が無い社会を作る努力より、人がより住みやすくする努力の方が先だと思うの」
「……同じことだろう?」
どこに相違があるのか、リオが問う。
「私は同じだとは思わない。階級に対して不満を持つということは、その人がより良い生活ができていない証拠だもの。食べるものがあって、住むところがあって、仕事があって、平穏に過ごせる日々があれば。住みやすい生活があれば、皆大きな不満なんて持たないものだと思うの。生活の質を高めることは、難しいことだけど、それでも貴族階級を安易に無くそうとして、大きな争いが起きるよりもいいと思うわ」
階級の無い社会など、いったいどこの世界に存在しているのだろう。人は生きながら優劣をつけたがる生き物だ。人だけでなく、動物だって優劣はある。
「この世界で、王族や貴族階級が絶対的悪だとは、私は思わないわ。動物だって、群れをつくりその頂点をつくる。彼らは敵が来れば追い払う役目を持ち、何か発生すれば対処する役割を有している。持つものは栄光と名誉だけではなく、義務と責務も同時に持つことになる。それさえ忘れずにいれば、決して悪ではないと思うの」
貴族だからこそ口にするキレイごとかもしれない。
けれど、前世の自分も同じように思っていた。祐は平凡な青年だった。自分が金持ちになりたいとも、大臣になりたいとも思わない。ただ、明日の生活のために働いて、日々の楽しみを噛みしめる普通の男だった。
テレビを見れば、難しい情勢にメディアから非難を受ける政治家。とても自分はあんな所に立てないし、立ちたいとも思わなかった。難しいことはお願いします、自分は納税をするから。典型的な平和ボケの日本人だと思うが、平和ボケできた生活を、祐は愛していた。
「近隣諸国には、戦で我が国の領土を奪おうとしている国もたくさんあるわ。王族も、階級も無くなった時、それを誰が指揮し、誰が外交を行えばいいの?」
オーランド王国は、今は平和だが、半世紀前は大きな戦を行っていた。いまの平和は、その時代の王が勝ち取ったものだった。現在まで平和でいられるのも王とそれに従う者たちがいたからだ。愚王ではこうはいかないだろう。
「平民がそれを行う? 彼らは明日の生活を生きるのに精一杯よ。生活の水準も、教育も平等でない。まずは国同士の戦が無くなり、生活の質も上がれば、王族や貴族階級も大きな役割を持たなくなる。完全に無くなることは難しいと思うけど、役割が無くなれば、自然とその権限も薄れていくと思うの。世の情勢と、質の向上次第で」
リオは、ソフィーの話を黙って聞いていた。その瞳は、凪いだ海のようだった。
「でも、貴方の想いは正しいわ、リオ。どんなに世界は不平等だと知っていても、平等である世界を目指すことを忘れてはいけないものね」
「…王に、貴族には、今はまだその役目があると?」
「ええ、少なくとも私はそう思うわ」
「……」
「リオ?」
「役目、か…」
黄金のまつ毛が、まるで憂えるように震えている。育ちの良さを感じながらも、たまに傲慢な所もある友人。
けれど、どんな言葉にも耳をふさぐではなく傾けてくれる友人を、ソフィーは黙って見つめた。その瞳に気づいたのか、リオは誤魔化すように笑った。
「ソフィーは頭がいいな。賢く、着眼点がいい」
「あら、そんなに褒めてもなにも出ないわよ」
「どこでそんな達観した価値観を育てたんだ? お前まだ七歳だろう」
リオの言葉が、一旦切られ、じっとソフィーを探るように見つめた。
「本当に……、お前はいったい何者なんだろうな?」
まるで、知らない女を目の前にするような声だった。
確かに普通に考えても七歳のご令嬢が口にする自論ではなかった。だんだんリオには自分を隠さなくなってきたせいで、つい考えずに発言をしてしまう。
だが、そんなときはいつも冗談で流す。そしてこの優しい友人は流してくれるのだ。
「あら、私を忘れてしまったのかしら。ソフィー・リニエール。ご令嬢として、これ以上に無いくらいの努力をして輝く淑女よ!」
「……ソフィーは、頭はいいが自分のことは分かってないよな?」
「こんな立派なレディに対して失礼だわ、リオ!」
むくれてズンズン先にいくソフィーを、リオは追いかけること無く、その後姿をひどく眩しそうに見つめ、呟いた。
「ソフィー……お前に出会えたことは、オレの宝だよ。まるで、愚者なオレのために用意してくれたかのような縁だった…」
弱く囁くそれは風に邪魔され、ソフィーの耳には届かなかった――。




