拝啓 天馬 男同士の友情、私にも覚えがあるわ
天馬、最近なぜかリオが孤児院の話を聴きたがります。
バートとは仲が良いのか悪いのか分からないけど、よくバートの話を強要されるので、仲が良いということなのでしょう。
前世、男だったので分かるわ。拳で語り合う。そんな感じなのでしょう。
さすがに、二人とも暴力行為は行わないけど、口ではよく争っているわ。
そうそう、貴方ともたまに喧嘩をしたわね。
まあ、大半私の怒りは無視されたけど。
…………そういえば、昔、オレたち大きな喧嘩を一つしたよな。でも、大きい喧嘩だと思い出しても、どんな理由だったかどうしても思い出せないんだ。
ただ、いつも冷静な天馬が、あの時だけは声を荒らげて…その後は悲しそうな顔をしていた。それだけは覚えているのに、内容だけは思い出せない。
あの時、どんな理由で喧嘩したんだっけ?
オレ、なんか大事なことを忘れている?
羽根ペンが止まる。
「頭いてぇ…」
祐であった時の口調が思わず出てしまった。
書きながら、前世を思い出そうとすると、ズキズキと頭が痛んだ。
気分を変えようと、コッソリと外に出る。
深呼吸を一つ吐くと、外階段の二段目に座り込み、ボーと外を眺めた。青く、雲一つない空だが、その空気は冷たかった。
(お父様から頂いたコートを着てきて良かった)
祐の記憶を思い出してもう一年以上が過ぎ、季節は冬へと近づいていた。
母の体調も健康的といっていいほど回復し、それに伴ってか、噂好きでよくおしゃべりをしていた雑役女中たちの仕事ぶりも良くなっていった。
調味料の方も完成させるほどではないが、一人で試行錯誤の実験は行っていた。最近は孤児院のエリークも調味料作りに興味を持ってくれ、実験を二人で行うことも増えた。
着実に、ソフィーは『ソフィー・リニエール』として地に足を着けて歩いている。
とても嬉しいことなのに、ふと、前世のことを思い出して寂しくなる時もあった。
「こんなにもお父様からも、お母様からも愛されて……貪欲にもほどがあるわ」
仕事が忙しいであろうに勉強を見てくれた、天馬の父。
息子と色違いのマフラーを作ってくれた、天馬の母。
誕生日には大きなケーキを焼いてくれた、天馬の姉。
そして、誰よりも長い時間を共有してくれた、親友。
過ぎた時間を思い出し、じんわりと目に涙を浮かべることがある。
(ソフィーは、私は女の子だから、思い出して泣くくらい許されるわよね?)
ギュッと、慰めるように自身を抱きしめた。
冷たい風が、これ以上心まで冷たくしないよう、守るように身を縮こめ、顔を埋める。
(もっと、ソフィー・リニエールに居場所を作ろう。広い世界を見れば、きっと寂しいなんて気持ち無くなるわ)
でも、今だけは。今だけは中村祐の気持ちを引きずっていたい。
目をつむり、気持ちを落ち着かせていると、馬の蹄の音と、車輪の軋む音が聞こえてきた。
「ソフィー! どうかしたのか!?」
顔を上げれば、リオが心配そうに自分を見ていた。
「あら、遊びに来てくれたの。ありがとう」
いつものソフィーの声で、いつもの笑顔で接することができることを、内心ホッとして立ち上がる。
「どうして外に?」
「少し、外の空気が吸いたくて。でも眠くなってしまって寝ていたわ」
「はぁ? 外で寝るなよ。……まったく、心配させて」
文句を言うリオに謝罪すると、いつものおしゃべりな護衛がいないことに気づいた。
「アルは?」
「今日は休みだ。代わりにアイツ」
馬車の横に、黒い服に身を包んだ背の高い男性が、こちらを見てお辞儀をした。
「アイツは護衛できる範囲なら、あまり近づかないから」
「まぁ、変わった護衛さんね」
「いや…変わっているのは、距離感ゼロのアルの方なんだが…」
「なら、今日は孤児院ではなくて、うちでお茶でもする?」
「アイツの景気の悪い面はもう見てきた。当分見たくないな」
「一人で行ってきたの?」
「ああ」
実際には護衛がいるので一人ではないが、アルがいないせいか、つい一人でと言ってしまう。
「……ソフィーが寒くないなら、少し歩かないか?」
「いいわよ。ちょうど体を動かしたかったし」
冷えた体を温めるにはちょうど良い。
ソフィーが軽やかに階段を降りると、リオも横に並んで歩き出した。
「最初は、あんなところ危ないから行くなって言っていたのに」
「…別に、アイツはオレに危害を加える気は無いし。いや、気持ちを害する意味では最悪だが」
「やっぱり男の子は男の子同士がいいのね。そんなに仲が良くなって」
「オレたちのどこが、仲がいいんだ?」
「男の子ってそういうものでしょう?」
サラリと答えると、どういうものだよ…という顔をされた。
「私が知らない所で、たまに孤児院に行っているのは聞いているのよ。食料や生活用品の差し入れまで下さったって、サニーが言っていたもの」
「口止めしていたのに! ……ただの偽善だ」
吐き捨てるようにリオが言う。まるで自分が矮小であるかのように。
「まぁ、リオってば可愛いことを言うのね。持たない善意より、持っている偽善よ。貰う方は、貰えるならその方が嬉しいのよ。パン一つ、お菓子一枚でも、口に入れなければお腹は空くわ。偽善者のパンだからマズイなんてことはないんだから。まずはお腹がいっぱいになればいいのよ。大切なことよ」
「お前、可愛い顔で、わりとゲスなこと言うな」
「あら、何か間違っているかしら?」
「いや…。でも、アイツは貴族のお恵みかよ、と言っていたし」
「それはバートのお約束よ。私も最初は同じことを言われたわ」
「――――アイツ!」
自分だけならともかく、ソフィーにも言っていたとは許せない。憤慨しているリオに、ソフィーは口元を上げた。
「でも“このパンとお肉でお腹がすいた子供たちが助かるのは事実でしょう? 黙って受け取りなさい。貴方の一言が原因で、今日お腹が空いたと泣く子供が増えてもいいの? 栄養をきちんと取らなければ衰弱して病気にもなるわ。お医者様でもない貴方が、その子たちの面倒をみることができるのかしら? それとも偽善者のパンは腐っているとでも思っているの? 愚かね”と言ったら黙ってしまったけれど」
「……恐い」
「お邪魔するのだからお土産を、と思ってパンとお肉を持っていった私に対して喧嘩を売ってきたから、買ってあげただけよ」
「初めてアイツに同情した」
貴族などあまり近くで見たことなどなかっただろうバートが、思わずボランティア精神と憐れみで来ただけであろうご令嬢だと思い、つい口さがない態度を取ったのだろう。まさか嫌味を倍返しするとは、誰が思うだろうか。
だが、それもまたソフィーらしいといえる。
強い少女の横顔を見て、リオはつくづく自分が弱い人間だと思った。バートの言葉に少しだけ傷ついていた自分は、本当に小さな人間だと。




