拝啓 天馬 私、七歳になりましたⅢ
「私に品位が無いかどうか、お話をすればきっと分かってもらえると思うのよ……アル?」
ふと横を見ると、よく喋る護衛が、じっと土の上に置かれている収穫物を見つめていた。バートが掘り起こした、今日の皆の食料だ。
「随分と不作ですね」
実りの少なさと、収穫物の小ささをアルは指摘した。大人の、いかにも護衛という恰好をしたアルだからか、バートも先ほどの生意気さを消し、答えた。
「ああ、数年こんな感じだよ。昔はもっと丸々としたのが採れたんだけど」
「数年? ここで同じものをずっと作っているの?」
ソフィーの問い、バートは頷く。
「それは連作障害を起こしているのよ」
「れん…さく?」
「耕地で同じ作物をずっと栽培し続けると、土の力が減って、収穫が落ちるのよ。葉も萎れてしまったんじゃない?」
「うん、萎れた」
バートが指さす先には、葉の色は緑色のままだが、くたびれた葉が並んでいた。
「同じ場所に同じものを植え続けないようにするとか、土に栄養をあげればいいと思うけど」
「でも、農作できる土地はこれだけしかないし、作れるのもグルルしかねぇよ。栄養って何?」
「そうね…」
確かに孤児院の土地は狭い。耕地は田舎の家庭菜園レベルしかなく、作れるものもグルルというジャガイモに似た野菜しかない。
気候的に作れないのもあるが、まず苗を買うお金も、土の栄養不足を補う肥料を買うお金も無いのだ。
「お父様に頼んで、耕地としてお借りできる場所がないか相談してみるわ。ゆくゆくは育てたい作物もあるし。肥料についても検討しましょう」
唇に指を当てながら、先の考えを口にしていると強い視線を感じ、目線を上げれば、じっとこちらを見ているアルと目が合った。
「アル?」
「ソフィー様は本当に博識でいらっしゃる。ぜひリオ様にも見習っていただきたいものです」
「おい、サラッとオレを愚弄するのは止めろ」
流れは、二人のいつものやり取りに変わり、アルのあのまるで観察されているような視線も止んだ。少しだけ不思議に思いながらも、ソフィーはバートに向き直る。
「耕地が増えたら、貴方も手伝ってね、バート」
「いいけど、オレに難しいこと言うなよ。れんさく、とかさ。オレは、力仕事はできるけど、ソフィーの言っていることは理解できねぇもん。まだエリークの方がそういうの好きみたいだし、難しい話はアイツに言ってくれよ」
「そうね。エリークにも話してみましょう」
エリークはバートの二つ下の男の子だ。いつも黙っていて、自分から会話をするタイプではないが、話をじっと聞き、字は書けないのに、一文一句ソフィーの言葉を脳に入れ、忘れないという才能がある。
「あと、サニーにこれを渡しておいて」
布袋を渡す。中には絵本が入っており、字を書けない、字を読めない子供用のものだ。
サニーはバートの妹で、年はソフィーより一つ上なのだが、エリーク同様字の読み書きができない。読み書きを習いたいと言っていたので、ソフィーが昔使っていた子供用の絵本を持ってきたのだ。
「いまは院長先生と出かけているけど、もう少ししたら二人とも帰ってくると思うぞ」
「今日はこれを持ってきただけだから、また明日くるわ」
別れを告げ、馬車に戻ろうとすると、バートがソフィーを呼び止めた。
「なに?」
「今日は来ないと思ってたし、その辺に咲いてる花一輪くらいしか、やれるものなんてなんにもないけど。おめでとう」
バートはそう言って、可愛らしい花を一輪ソフィーに差し出した。ぶっきらぼうな言い方だが、誠意は伝わり、笑顔で受け取った。
「まあ、ありがとう! 部屋に活けるわ。その後は押し花にして栞にするわね」
具体的な言葉に、バートが安心したようにはにかむ。
内心、『ああ、前世の祐も、花一輪をはにかみながら渡せる男だったらよかったのになぁ、そしたらきっと可愛い彼女ができただろうに……』と少しバートに嫉妬してしまったことは内緒だ。
両手で大切に持っていると、馬車に戻る道中リオが問う。
「その花は?」
とても面白くないという顔だ。
「誕生日プレゼントよ」
「は?」
「だから、バートが誕生日プレゼントに、ってくれたのよ」
「誕生日…プレゼント?」
呆然としているリオを置いて、ソフィーは馬車に乗り込む。すると、すごい勢いでリオが馬車に乗り込んできた。
「お前、今日誕生日だったのか!?」
「いいえ。誕生日は昨日よ」
「なぜ早く教えない!」
「久しぶりに会ったのに、いつ教える機会があったの?」
「それは…だが、開口一番に言ってくれても良かっただろう!」
「開口一番におめでとうを強要するほど、私がめつくないわよ」
失礼ね、と続けると、リオは真っ青の顔で叫んだ。
「なにか、プレゼントを…!」
仕立て屋でも帽子屋でも靴屋でもと行き先を御者に伝えようとするのを、ソフィーは止めた。服も帽子も靴も全て父親がプレゼントしてくれた。これ以上増やす必要は無い。
「リオ、なにもいらないから。それより、来年またお祝いしてちょうだい」
貴方がおめでとうと言ってくれるだけで十分よ、と続けると、リオは憑き物が落ちたような顔でソフィーを見つめた。
そして、ゆっくりと大切そうに祝いの言葉を贈ってくれた。第三者がいると、いつもよりは口数が減る様子のアルも、にこやかに祝言をくれた。
馬車の中では、第三者がいないのでよく喋るアルが、とても嬉しそうにリオは紳士として女性を喜ばす手腕がかけていると小言が始まった。
自分が原因で、アルから小言を受けているリオを少しだけ可哀想に思ったが、将来的には必要なことだと思い、心を鬼にして黙るソフィーだった。




