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ソフィー・リニエールというご令嬢~ルカ・フォーセルの畏敬Ⅲ~

 

 この前は主導で会話を引っ張っていたが、今日は先頭に立って会話に加わるようなことはせず、あくまで金星の生徒に議論をゆだねていた。意見を求められれば答えるが、それは明確な言葉ではなく、ヒントのようなもので、ソフィーはあくまで金星たちの自主性に重きを置いていた。


(この方は……)


 ふと、タリスの話を思い出す。


 タリスの商人たちが自主的にやった?

 そう誘導したのではないだろうか?


 そして、それを自分たちの手柄にさせ、成功体験を積ませることで自信を持たせた。


 横目でソフィーをみると、赤い唇が少し微笑んでいた。窓から入ってきた風が長い黒髪をゆらすが、気にした風もなく、その緑の瞳は真っ直ぐと金星一人一人の顔を追っている。


 昨日、子供のように生き生きとした瞳で馬に乗っていた少女は、今日は紫星の眼差しをしていた。


 ――――この人は、見ている視野が広い。


 そう切実に実感した。

 当然だ、彼女は紫星だ。ロレンツオと同じ雲の上の人だ。


 それは十分に分かっていたはず。それなのに、急に不安が襲う。


(ボクは、いったいどれだけ努力すれば、この人たちの横に立てるような人間になれるんだろう…)


 そう考えることすら身分をわきまえない、恐れ多い思い上がりなのかもしれない。けれど、置いていかれることもまた恐怖だった。


 見えない未来を想像し、グラグラと足元がおぼつかないような錯覚を覚え、心臓が不快な心拍数を刻む。唇が戦慄くのをギュッと結んで堪えるが、不安定な己の無力さが、焦りとなって表情に出ているような気がした。


「ルカ?」

「え…、あ、はい!」

「大丈夫? 顔色が悪いみたいだけど」


 案の定心配される己の未熟さが歯がゆかった。


 その声に、一瞬だけ弱さを口にしたいという気持ちが滲み出たが、すぐさま飲み込む。


 弱い。自分は弱い。けれど、弱さに甘えたくはなかった。


 とくに、目の前の少女には――――。


「お気になさらないでください、大丈夫ですから」

「でも…」

「金星の皆さんのお話が難しくて、なんとか理解できないかと考え込んでしまっただけですから」


 下手くそな言い訳だったが、ソフィーは一応引いてくれた。


「体調が悪くなったら、あまり無理しないで早めに言ってね。ルカはただでさえ私の護衛で疲労が蓄積しているでしょうし」

「いえ、さすがにこの程度では…」


  体力的な問題で言えば、本当になんともなかった。鍛錬の時間が減少している分、あり余っているくらいだ。


「ルカはまだまだ成長期の途中なのだから、あまり無理をしては体に毒よ」

「本当に大丈夫で…あ!」

「どうしたの?」

「す、すみません、今の今まで気が回らず! ソフィー様こそ、お体は大丈夫ですか?」


 あまりにソフィーが普通通りだったので、すっかり大事なことがすっぽ抜けていた。


 銅星の生徒とて、山岳演習のあとは筋肉痛で苦しんでいる者が多い。頂上までは登らなかったとはいえ、普通の者なら疲労を感じて当たり前の運動量だ。


 慌てて体調を心配するが、きょとんとしているソフィーの表情からは疲労など欠片も感じられず、それどころかストレス解消ができてリフレッシュしたという顔だった。


 今も、金星の議論中ずっと立ったままで、一度も座っていない。すぐさま椅子を薦めても、皆が立って議論しているのだからいいと断られる。


 もう一人の山岳演習参加者のラルスの方を見れば、立って議論を行っている金星たちの横で、一人椅子に座ったまま病人のような顔色で他の金星の話を聞いていた。たまに発言をするのだが、その声に覇気はなく、もう息をしているだけでも苦痛という風体だった。


「……ラルス殿、大丈夫でしょうか?」

「私も、今日は部屋で休むように言ったのだけど、大丈夫だと言い張るのよ」

「それは…」


 自分と同じ年の少女がこうも元気であれば、男のプライドとしては意地でも休めないだろう。銅星のルカでも、ソフィーが筋肉痛や疲労感をまったく感じさせていないことに恐れを抱いてしまうほどだ。


 その後も、瀕死状態のラルス以外では、議論は徐々に進展をみせながら進んだ。しかし、とっくに既定の時間は過ぎていたため、一度様子を見にきた金星の常勤講師が、まだ全員が教室に残っていたことに驚いていた。


 議論の内容は教室の外からも聞こえていただろうに、講師は特段何か言うこともなく、教室の施錠だけを頼んで去っていったことが、ルカには不思議だった。


 ルカは、そっとソフィーに問う。


「ソフィー様、食堂の件は何かよくない思惑が絡んでいるのでしょうか?」

「いいえ。これはそういうことではないのよ」

「え?」

「誰が考えられたのかしら。“王の剣”は面白いことをされるのね。とても興味深いわ」

「は…ぁ?」


 ソフィーの言う意味が分からず、ルカは返事にもならぬ声を出す。


「日常にあるいつもの光景を、どれだけいつも目新しく見ることができるか。思考の停止に甘んじることなく、常に改善点を探し、瑕疵に目を光らせる。金星にはそういう気質が大切なのでしょうね」


 いったいどういう意味なのか問おうとする前に、一人の少年がソフィーの横についた。


 先ほどまで、金星の後ろに立っていた少年だ。てっきり金星の生徒だと思っていたが、よく見れば金星では見たことのない顔だった。ルカはしばし考えて、彼が銀星の教室でみた生徒だと思い出した。


「でも、それは銀星にも言えることだわ。――ねぇ、ファース。そうは思わない? 見ているモノは違えど、探求心と模索する心に違いはないと思うわ。優劣をつけて目を濁らせてはもったいないわよ」


 ファースと呼ばれた少年は、穏やかに紡がれる言葉の意味を噛みしめるように頷く。


 事前にどういった会話がされていたのか分からなかったが、それでもソフィーの言葉が彼に届いたのは伝わってきた。彼の瞳は、まるで溢れる好奇心に輝いていた。


「まだ金星の思考について理解したとは言い難いですが、とても興味深いです」


 二人の中で交わされる内容を察することができず、ルカは一歩後退して二人の後姿を見つめた。





 帰り際、ソフィーが歩くこともままならないラルスに本を渡していた。


 この前言っていた、“例の本”のようだ。


 本を受け取ったラルスは、目を潤ませてソフィーに礼を告げている。その顔は、大いなる幸福を手に入れたといわんばかりで、先ほどまでの死人のような顔色が一変して満面の笑みだった。


(あの本は、いったい何が書かれているんだろう…)


 きっと、自分のような剣しか持てないような人間では、理解が難しいものなのだろう。


 そう思うと、また一つため息が零れた――――。


ルカのターンはここで終了です。

次回からはソフィーのターンに戻ります。

そしてやっとロレンツオが出せます(/・ω・)/

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転生前は男だったので逆ハーレムはお断りしております 完璧淑女への
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