ソフィー・リニエールというご令嬢~ルカ・フォーセルの畏敬Ⅱ~
「そうだ、ルカ。昨日は言い忘れていたのだけど、昨日のことはロレンツオ様にはお伝えしないでね」
後ろの聖騎士にはあまり聞かれたくないのか、伝える声は小声だった。
「はい、承知しております。――あの、ところで兄との約束の日が近いですが、大丈夫でしょうか? なにか事前に用意しておくべきものがありましたら、こちらで準備させていただきますが」
問えば、ソフィーはしばし考えてから口を開いた。
「特段はなにも…あ、そうだ。その日は何人か“王の剣”の生徒を連れていきたいの。許可がいただけるかお伺いしてもらってもいいかしら?」
「勿論です」
そう答えると、ソフィーが安心したように金星たちの方へ意識を向けた。
金星たちの生き生きとした声にしっかりと耳を傾けているソフィーの姿を見て、ルカはホッと胸をなで下ろす。
(よかった。変に思われる前に話を逸らせて…)
兄から、もしソフィーがこう言えば、こう返せと言われた通りのセリフだったが、不審には思われなかったことに安堵の息を吐く。
ソフィーを謀る行為は酷く心が痛むが、こればかりはどうしても回避できなかった。
昨夜、ルカはロレンツオから状況報告のため呼び出され、簡単に銅星でのソフィーの行動を報告した。
内容は、銅星の監督生であるマルクスは黒星とは違い、ソフィーに対して好意的な態度であり、全面的な協力を誓ったことだ。
話を聞いたロレンツオは、とても意外そうな声で言う。
「貴族に良い感情を持っていない銅星が、ソフィー様に協力するとは思わなかったな。なにかしたのか?」
「いえ、ボクは一切なにもしておりません! すべて、ソフィー様のお力です」
慌てて否定すると、合点がいかない顔で問われた。
「ソフィー様は、具体的に何をされたんだ?」
端折って説明したそれに、ロレンツオが納得するわけがなかった。
自分でも、『ソフィー様の聡明さに銅星が感銘を受けた』などという報告は無理があると分かっていたが、他に言い様がなかったのだ。
貴族の多い他の星ならともかく、平民の多い銅星で聡明さに敬服する者などそうはいない。どちらかというと、自分たちの知らぬ知識をひけらかす行為は煙たがられるだけだ。
言葉に詰まるルカに、ロレンツオの眉間に皺が寄る。
「それは、ソフィー様の令嬢としての何かに抵触するのか?」
「……はい」
聞き方を変えての質問に、ルカは小さく返答する。
馬にのって疾走し、銅星も驚くほどの体力、終いには鳥や蛇を捌き調理したのだ。どう考えても普通の令嬢ではないだろう。さすがのルカでもそれくらいは分かる。
「面倒だな……。最初はその程度ならと配慮しようと思ったが、抵触する出来事が多すぎる。それではお前をつけた意味が半減する」
「も、申し訳ございません」
「今日一日のことを口止めされたか?」
「いえ…」
口止めされていないというよりは、ただ忘れているだけで思い出したら念を押されるだろう。今日はかなり楽しかったのか、ソフィーはご機嫌で寄宿舎に帰っていった。だが、明日はきっと思い出して口止めされる気がした。
「なら、お前の中では普通の行いだと思えばいい」
「えっ…?」
あれを普通の行いだと思えるだろうか?
相手が男の、銅星ならばまだ分かるが、相手は令嬢だ。とてもじゃないが、あれを普通とは思えない。
しばし逡巡したが、結局兄の言葉には逆らえず、今日一日の出来事をこと細かに伝えた。
すべてを伝え終わると、あのロレンツオが、よほどのことでは驚いたりしない兄が固まったまま、
「なるほど……」
そう小さく呟いたまま黙ってしまった。そして長い沈黙の後、ポツリと言った。
「本当に予想外な方だな…」
ロレンツオ・フォーセルをここまで驚愕させるソフィーに、ルカは二重の意味で畏怖した。
思い出すと、なんだか胃がキシキシと痛くなる。
ソフィーを謀ったことへの罪悪感が辛いのと、あの兄がその後も沈黙したままだったことがいたたまれなかった。
一人ひっそりとため息を吐いていると、金星の生徒たちの声が一段と強くなった。
「だから、この金額は一個当たりの金額であって、全体にしたらもっと安いはずだよ。商人は、大量に買う者には贔屓してもらうために金額を安くするし、オマケをつけたりするだろう。王立だからと、それをしないわけがないよ!」
「えー? でも、そんなの微々たる金額の差だろう?」
「いや、そうとも言い切れないんじゃないか? 購入する量が大量なら大きく差がでると思うよ」
「うん、特にこれを年間でみると金額は大きくなりそうだね」
「しょせんグルル一個と見ずに、もっと細かく調べた方がいいんじゃないか?」
「でも、その月の収穫量だけで金額にも多少の違いがでるものをどうやって?」
「王立ならどこも大抵ある一定の金額で契約購入しているんじゃないのかな。それなら業者との契約書を見れば簡単だよ」
「いくらなんでも、さすがにそんなもの生徒に見せてくれるわけないだろう」
グルルにかかる年間金額を出すだけで、金星たちの議論は難渋していた。
平民でも気軽に食べられるグルルは、それだけに食堂でもよく口にする機会が多い食材だ。機会が多いということは買い付ける量も多いということになる。
金額が少し違うだけで大きく開きを生じると論じる金星を、ソフィーはただじっと見つめていた。




