拝啓 天馬 ストレス解消がしたいですⅡ
「ソフィー様、顔色があまり良くないようですが、大丈夫ですか?」
朝、いつもより元気のないソフィーにルカが気遣う。
「気にしないでちょうだい。ちょっと考え事をしていたら、寝不足になっただけだから」
もしかしたら図書館で見た人物が、この国の第二王子だったかもしれないという疑惑に悩まされていたなどと、滑稽すぎて口にし辛い。
「ねぇ、ルカ。……王族の方が“王の剣”へ入学するのは可能かしら?」
「王族の方がですか? 前例はありませんが…」
真剣な顔で問われ、ルカはソフィーが第一王子に傍にいてほしくて、そう聞いてきたのかと焦った。
“王の剣”に来てからというもの、数々の悪意の言動や視線を受けたソフィーだ。
不安に苛まれ、親交のある第一王子に救いを求め、傍らにいてくれればと願うのもおかしくない、と。
「……お気持ちは分かりますが“王の剣”は、王とその継承者を支えるために存在している学院です。王位継承権を持つ方が“王の剣”に入ることは不可能です」
「そうよね!」
慰めの言葉をなんと伝えればいいのか悩んでいたというのに、ソフィーはまるで悩みが晴れたような笑顔で嬉しそうに声を上げた。
(そうよ、第二王子は第二王位継承者。王位継承権を持つ者が“王の剣”にいるわけがないわ!)
結論が出れば、心のモヤがとれ頭もスッキリする。
父親似の頑丈な体は、多少の寝不足くらいではどうということもない。
今日も一日頑張れそうだと頷いていると、ラルスが走ってくる姿が見えた。
「申し訳ありません、遅れてしまいました!……どうかされましたか?」
ルカの戸惑った表情を見て、ラルスが不思議そうに問う。
「いえ…、ソフィー様の顔色があまり良くないように思えたので」
先ほどの心配が嘘のように復活したソフィーが、ルカには不思議でならなかった。なぜあの回答で元気溌剌になれるのだろう。もしかしてこちらに気を使っているのだろうかと悩んでしまう。
「え、大丈夫ですか? もしかして、僕たちが昨日長時間お時間をいただいたせいで、お疲れが出たのでは!?」
ルカの話を聞いたラルスが、思い当たるのは一つだけとばかりに狼狽えた。
昨日の放課後、ソフィーはラルスに頼まれて金星の教室を再び訪れた。
問題を起こしソフィーの機嫌を損ねたくせに、次の日には何やら教えを受けているラルスに、非難が殺到したのだ。
『ズルい、自分だけ!!』と。
紫星を賜った本来なら近づくことさえも難しい存在であることを除けば、ソフィーは長い黒髪が魅力的な、顔立ちも愛らしい少女だ。まだ社交界に出ていない彼らにとって、見目麗しい少女と話せる機会などそうはない。
皆からの非難を受け、ラルスがソフィーに相談したところ、ソフィーの方からならば話がしたいと時間がもうけられた。
金獅子からも称賛される紫星の言葉は、自分たちには難しすぎて理解できないのではないかと怯えていた者もいたが、ソフィーが口にしたのは、食堂から提供されるご飯をどれだけ美味しくできるかディスカッションしたいとの提案だった。
隣にいたラルスが『あ、この話ここでもするんですね』と思った。しかし、ソフィーの顔は真剣そのものだったので、ラルスも口を噤んだ。
「突然やってきた女が、個人の感情だけでこれはダメと一刀両断で切り捨てるのはいかがなものかと思うの。そこで、貴方がたの意見を聞きたいのよ」
熱のこもった話しぶりに、ラルス以外はあんぐりと口を開いた。
「“王の剣”の生徒は約三百。職員を加えると数は四百以上といったところかしら。これだけの人数の食事を朝、昼、夕と用意するのは大変なことだわ。人件費、食材費、オーブンに使う薪もかなりの量でしょうし。でも、だからと言って、なぜこれだけの運営経費がありながら…!」
拳を震わせ憤っている紫星に、一人の生徒が手を挙げる。ラルスの友人、伯爵家のアーロンだ。
「紳士というものは、出された物は文句など言わずに食べなければならないという精神を鍛えるためではないでしょうか?」
「ならば、貴方は食堂の食事だけで済ませているの?」
「そ、それは…」
アーロンが気まずい顔で視線を逸らす。
金星の生徒たちは他の貴族より金持ちが多いため、味のよい物に慣れている。食堂の食事が、彼らの口に合うわけがなかった。




