拝啓 天馬 見て、あの空を自由に飛ぶ鳥たちをⅥ
「本人に出せないからよ。私の親友はとても遠い所にいるの。そこは、どんな優秀な配達人でも届かないくらいに遠い所なのよ」
幼子に言い聞かせるように言えば、銀髪美形は人差し指を唇にあて、
「なんだ、相手は死人か」
と、宣った。
「死んでないわよ!!」
遠い所を、お空の上だと認識してしまった銀髪美形にたまらず叫ぶ。
言い方が悪かったのは自分にも非があるが、天馬のことを死人扱いするのだけは許せなかった。
あの海難事故の後、天馬が無事かどうかずっと不安だった。きっと助かったはずだという希望を持つしかないソフィーにとって、銀髪美形の言葉は断じて看過できない発言だ。
淑女らしさなどゴミ箱に捨て、怒りを露わにテーブルを叩いた。
「勝手に人の親友を殺さないでちょうだい! 天馬はおじいちゃんになるまで長生きするんだから!」
ソフィーの激しい怒りに、さすがに驚いたのか銀髪美形が目を大きく開いた。
しかし、彼が驚いたのはソフィーから放たれる怒りではなく、その言葉だったようだ。
「お前の親友は男なのか? 男女間での友情関係は存在しないと聞いていたが…」
銀髪美形が、まるで知識人が高度な技術を模索するような顔で考え込んでいる。
(誰よ、コイツにそんなことを教えた人は。……いえ、まぁ、前世ならともかく、今世はそう断言されても仕方ないかしら?)
この世界は男女の境界線がハッキリと分かれている。婚約者でもない男と仲が良い女性は、節操がないと思われても当然の世界だ。
けれど実際の自分たちは男女の友情関係ではなく、普通の男同士の友情だ。男女の友情についての是非は、ソフィーだって知らない。
(しまった…。令嬢である私に、男の親友がいると言うのは体裁が悪い発言だったわ。これが分かっていたから、クリスティーナお姉様にも親友の性別はぼかして伝えていたのに)
とんだ失敗だ。
「それはお前が親友だと思っているだけで、都合よく騙されているのではないのか? どれほど遠いのか知らないが、手紙も届かぬ男など、碌な男じゃないぞ」
ソフィーの中にある、前世の記憶などまったく与り知らない者からすれば、真っ当な意見だ。ソフィーが彼の立場なら、自分も同じことを思うだろう。
「……まぁ、貴方がそう思うのも当然でしょうけど。でも、私の親友はそんな男じゃないことだけは主張させてもらうわ。……それに、いいのよ。どうせもう二度と会えない人なのだから」
会いたくても会えない。
願っても叶わない。
忘れない代わりに、胸の寂しさも消えない。
十分に分かっていることなのに、なぜ今さらこんな痛みがするのだろう。
クリスティーナと話した時だって、こんな取り残されたような不安感は襲ってこなかった。
(夢を見たからかしら……)
初日にみた夢は、まるで天馬がそこにいるようだった。
喜怒哀楽の感情がよく分からない、子供らしくない表情。天馬は出会ったときからそういう子供だった。姉の涼香は喜怒哀楽がハッキリしているのに、弟の天馬は感情という感情があまり感じられず、子供ながら最初はとても不気味に思っていた。
「…おい、どうした?」
声をかけられ、ハッとした。
沈み込んだ気持ちを無理やり浮上させ、ソフィーは淑女らしくほほ笑んだ。
「なんでもないわ。ところで、貴方の名前は…」
名を聞こうとしたが、ルカが自分を呼ぶ声が聞こえて、思わず扉の方を見る。
もう、昼食の時間になってしまったのだろうか。この部屋には時計が無いので時間が分からなかった。
「連れの者が探しているようなので、失礼するわ」
銀髪美形はまだ何か言いたそうだったが、構わずに席を立つ。勿論勝手に読まれたノートは鞄に入れて。
ルカが自分を呼ぶ声が焦っている。早く出て、ここにいると教えてあげなければ。慌てて鞄と読んでいた本を手に取り書庫から出ると、ルカが当惑した表情で自分を探していた。
「ソフィー様!」
「ごめんなさい、ルカ。もう時間だったかしら?」
「……いえ、時間は大丈夫なのですが。ソフィー様のお姿がどこにも見当たらなかったので心配いたしました。あの、どちらへ?」
「心配させてしまったわね、ごめんなさい。そこの書庫にいたのよ」
もう一度謝罪して扉の方を指させば、ルカが首を傾げた。ソフィーもあれ?と同じく首を傾げた。自分が退出する前までは開いていた扉が閉まっていたのだ。
「書庫は立ち入り禁止で、いつも鍵がかかっているはずですが」
「あら、扉が開いていたから入ってしまったわ」
ルカが閉じられた扉の前まで歩き、取っ手に手をかける。
「……閉まっておりますね」
「え?」
自分も開けようとしたが、確かに閉まっていた。




