第十四話 異世界勇者タナカさん【012】
012.
僕は本を読み終え、その本をパタリと閉じた。
この本には、多分タナカさんの思いがこもっている。
そして彼は幸せだったのだろう。
そう考えてみると、僕は今とてつもなく幸せなのかもしれない。
考え方一つで、人生はこんなにも楽しいものになるのだ。
しかし一方で、僕はその後の、その村やタナカさんのことが気になった。
すると秋月さんが、静かに語り始めた。
「結局あの後、タナカさんは城に連れていかれて行った。表向きは元の世界に戻すという話だったけれど、実際は殺されたよ。」
僕は俯く。
「しかもね。驚くことに、奥さんはそのことを知らなかったそうだよ。タナカさんは他の街に買い出しに出かけると言ったっきり、静かにその街を去って姿を消してしまったからね。でも奥さんはタナカさんを信じて、ずっと帰りを待っていた。凄い愛だよね。」
僕は頷いた。
「奥さんはタナカさんが亡くなってから、そのことを聞いて泣き崩れた。まあもちろんそうだよね。でも彼女が凄いのはそこからなんだ。」
「その後、どうなったんですか?」
「彼女は夫の遺した書物を基に、その文書に書かれていたニホンを再現して、本格的な町を作り上げたんだよ。それが「オエド」なんだけれどね。そして、タナカさんの遺した日本料理のレシピをなんと多くの店にばら撒いた。本来なら自分たちで利益を独占してもいいのにね。」
僕は、その奥さんの心の広さに驚いた。
「まあ、こんなことは勿論のこと公表はされていないし、僕たちの故郷出身の人たちでもほとんど知らない。」
僕は少し不思議になった。何故秋月さんはそんなに詳しいのか。
「まあ、種明かしをするとね。彼を最初助けたのは他でもなく僕たちの先輩なんだよ。要するに、勇者を守るのは僕たちの主な任務だからね。ただ結局あの時はモブに対しても、彼を殺すよう命が出ていた。ただ僕たちの先輩は、「自由意志」こそが意味のあるものだと思っていた。まあ彼はそのタナカという人間に惹かれていたんだろうね。逃がすなんていう行為は反逆罪に問われても仕方無いわけだし、そもそもこのモブは国王の管轄なわけだし。」
そう言って秋月さんは肩を竦める。
「だから僕たちの先輩はあの後、タナカさんの家に行き、棚を探ったらしい。彼はタナカさんがまだどこかで生きている、そう思っていたようだよ。勿論そんなことはありえないことはわかっていただろうけれどね。そして遂に、棚からこの本を見つけた。それを見た彼は柄にも合わずに泣き崩れて、後悔をしたらしい。「自分がもしあの場で彼を助けていたら」とね。」
秋月さんは遠い目をして話す。
「昔の僕は、まあ簡単に言うと血気盛んで、冷酷な人間だったんだよ。」
僕は驚いて秋月さんを見る。
「なになに意外だって?まあ、そうだろうね。今は滅多に怒らないし。」
「でもなんで……」
「そのオエドで産まれ育った秋月少年は、ある時、この人物の話を聞いた。最初はそんなモブに憧れて、強くなろうと思っていた。でもモブになってこの話を聞いてから、僕は「幸せにならなきゃいけない」って思ったんだよ。だから僕は笑顔になることで、幸せを見逃さないようにしている。」
僕は頷き、秋月さんの顔を見る。
「そういう意味では、結局タナカさんの及ぼした影響は大きかったんだろうね。まあでも世の中の認識から言うと、彼は何も成し遂げられなかった残念な勇者なんだよ。自分の好きなことに傾倒したダメな奴だ。そういう認識になってしまう。」
僕は俯いて、何故そんなことになったのだろうと考える。
「皮肉だよねぇ。勇者が人間である以上、いやそれが意志を持っている以上、それを支配し、思うがまま使うのは難しい。だから勇者には「従順さ」が求められるんだよ。異世界を直ぐに受け入れることのできる適応力、自分という芯をあまり持たない柔軟性、そういう素質を持った人間が「真に選ばれた人間」なわけだ。まあそんなわけであの後から、モブの職務は大きく変貌して、「勇者を守ること」から「勇者を導くこと」に変わった。とにかく、彼は決して勇者としては優秀な人間ではなかったんだ。だから……」
秋月さんは押し黙る。
「だから……?」
「だから……僕たちモブは時に彼のような人間を切り捨てなければならないこともある。勇者という存在は、いるというだけで危険な存在だからね。それが僕たちの仕事だ。」
僕は俯いて考える。
もし僕が、その勇者を人間として、その人の考えを知ってしまったら、その勇者を殺せるだろうか?
秋月さんは僕の目をしっかり見る。
「だからこれは唯の、一勇者の話。その勇者はたまたまこの世界に合わなかった。ただそれだけだ。だからあんまり気に病んではいけないし、ましてや国が悪いだとか勇者がかわいそうだとか思ってほしくないんだ。」
僕は頷く。
「まあ、そういうわけで、これが僕と茜音ちゃんの産まれた街のエピソードだ。今度立ち寄るかもしれないから、その時は楽しみにしているといい。」
そう言って秋月さんは舌なめずりをする。
「やっぱり食事はニホン料理が一番だ。めちゃくちゃ旨い。」
そして皆に声をかける。
「ねえみんな。フェンテ・メンテに着いたら野営をしてニホン料理を堪能しない?僕が作るからさ。」
「お!いいですねぇ。俺の腹が鳴るなあ。」
「私も食べたくなってきましたよ。この茜音もオエド出身ということで腕を振るいましょう!」
「じゃあネビル、お前買い出しな。」
「ちょっ!ルドルフさん!何言ってるんですか?私は日頃頭を使っているのですから、そういう役は……」
「あん?やかましいぞ、このドジが。」
「なっ。ルドルフさん、言いましたね!」
「ちょっとやめてください!!」
「そこまでだよ、みんな。ここは馬車の上なんだから、馬が!」
「ヒヒーン!」
「うわあぁぁ!」
僕とエレナは、暴れ狂う馬車の上で、その様子を呆れながら見ていた。




