第十四話 異世界勇者タナカさん【010,011】
010.
僕は考えた。
今の僕にできることはなんだろう。
僕がしたかったことは何だったのだろうか。
自分は恐らく、近いうちに殺されるだろう。
だからこそ、僕は死ぬまでに何ができるのか。
「結局、この世界に来てみてどうだった?」
後ろからそんな声が聞こえた。
僕は声のする方を振り向く。
そこには、死神がいた。
僕は全てを察し、その死神を見た。
「おいおい。なんでお前は笑顔じゃないんだ?」
それはだって、近いうちに殺されるんだぞ。
誰が笑顔になるかよ。
「そんな怖い目で見ないでよ。君らしくない。」
何が君らしくない、だ。結局僕は、自分の好きなことをやり続けることが出来なかった。
「僕はこうしていつも問うんだ。君は、幸せだったかい?」
僕は俯く。幸せを掴むには短すぎたのだ。まあ、心残りがあるとすれば妻の事やこの料亭、村のことかな。
「随分と欲張りな心残りだねぇ。まあ、人間なんてそんなもんか。」
死神は骨を震わせてケタケタと笑う。
「じゃあ君に聞こう。君はじゃがいもを調理して喜んで貰った時、どんな風に思ったかい?」
それは……嬉しかったさ。
「そうか。ならよかった。」
どういう意味だよ。
「いやね。もしその時君が嬉しかったなら幸せだったんだよ、きっと。」
そんな……でも今はその楽しい時は終わりを迎えようとしているじゃないか。
すると死神は、懐から砂が入った小瓶を取り出す。
そしてその瓶を鎌で器用に開け、砂を取り出す。
「僕はね。君みたいに肉のついた手が羨ましいんだ。」
僕は首を傾げる。
「僕の手なんて、骨だけで何も無いしね。こうして砂を手の中に収めようとしても零れ落ちてしまう。」
そう言って死神は、砂を自分の手に零した。
しかしその砂の大半は、死神の手に受け止められることなく零れ落ちてしまう。
「今の君は、僕の手のようだよ。」
何を言っているんだ?この死神は。
「君はせっかくその手があるのに、そんな素晴らしいものがあるのに、砂を取りこぼしてしまっている。でも、君はその手を持っているのだから、やろうと思えばたくさん手の中に収めることが出来るのにね。」
僕は何も言うことが出来なかった。
「だから、幸せなんてこんなもんなんだ。砂みたいに小さくて、意識しなければ手の上に乗ったことすらわからない。そんなちっぽけで案外つまらないものだ。」
死神は砂に向かってその鎌を仰いだ。
「だから君が幸せかどうかという問いは、よくよく考えれば愚問なんだ。だって君は夢の料亭を作ることができた。美人の奥さんと結婚した。自分の料理を美味しいと言ってくれる人がいた。もうそれだけで十分幸せだと思うよ。」
砂がさらさらと小瓶に戻ってゆく。
「だからさ、最期くらい潔く、幸せを噛み締めながら幸せに逝きなよ。」
そう言ってその死神は懐から紙を取り出す。
「まだ少し時間があるんだからさ、自分がやりたいことやりなよ。まだやり残したことがあるんだろう?」
僕はハッとしてその紙を受け取る。
その死神は、僕を知らないようで知っている。しかし知っているだけで、死神は僕の代役を務められない。
僕は、今まで僕に幸せを与えてくれた人のために何かを返さなければ。そう思った。
僕は礼を言おうとその死神の方を向いた。
しかしそこには死神の姿は、もう既に無かった。
011.
僕はこのような経緯でこの本を書き始めた。
結局僕はあの後、二日間の猶予を与えられ、出頭が命じられた。
それは実質的な死刑宣告であった。
あの死神に会った後、僕は死神の残した紙にこの文章を書いた。それと共に、僕が今まで学んできた日本の文化、食、その隅々まで記載した文章を書き上げた。
僕は今、幸せである。
否、幸せであったことを実感している。
僕は今朝、美味しいお茶を飲んだ。異世界で緑茶を飲んだのだ。馬鹿らしいよな。でもだから僕は幸せだ。
僕は今、本を書けている。だから僕は幸せだ。
僕は最後まで僕に付き添ってくれる妻を持てた。だから僕は幸せだ。
そして僕は、最後まで大好きな日本文化に囲まれて生きることができた。だから僕は幸せだった。
常に僕の傍には幸せがあった。なのに僕は、その幸せをあの砂粒のように零してしまっていた。
だから今、この本を手に取って読んでくれている人に、あの死神の言葉を投げかけたい。
あなたは今、幸せですか?




