第十二話 エレナの気持ち
001.
僕は病院の屋上に向かっていた。
僕の体調はだんだんと回復しており、自分の力で歩くことができるようになっていた。
僕が実際にこの病院に入院していたのは一週間くらいであるのだが、その時間はとても退屈で長いように感じた。
最初は魔道具をいじくり回して暇つぶしをしようと思っていたのであるが、どうやらそこから発せられるマナが体の回復に悪い影響を及ぼすらしく、茜音さんに怒られたため、僕は残念ながらその遊びをすることもできずに退屈をしていた。
そんな僕にとって屋上という場所は、お気に入りの場所でもあった。屋上からは街並みをちょうど見渡すことができるし、春の気持ち良い風に当たることができる。
そこで、病院で出されるおよそ人間の食べる飯とは程遠い食事とは違う、秋月さんの作る美味しい食事を想像したり、ルドルフさんから誘拐されてから毎日恒例となっていた風呂を思い出したりと、妄想に耽っているのである。
僕は扉を開け、その病院の屋上に顔を出す。
そこには、エレナさんがいた。
そして僕は、恐る恐る近づいて話しかける。
「あの、エレナさん?」
002.
「ここから見る光景、美しいわよね。」
そう言ってエレナさんは少し微笑んだ。
「た、確かにそうですね。エレナさん。それに、なんでこの場所に僕が来ているってわかったんですか?」
すると、エレナさんは俯いて顔を背けた。
「それは……茜音さんに聞いたから。」
茜音さんのやつ、僕に「会いに行きなよ。」と言っておきながら、僕が実際は自分から行かないだろうと見越して僕を嵌めたな。
「ねえ、スピカ君。」
エレナさんは僕の方を見て言う。
「今までのこと、ほんとごめん。」
「う、うん。まあ、それは僕が僕でヘタレだっただけだし。」
僕は俯き加減になる。
「違うの。私が勝手に思い込んで、君が努力していないでただ、たまたまこの仕事に就いたのかと思って。だから私。」
そう言って、エレナさんは僕の方を向く。
「あと、ありがとう。私のことを助けに来てくれて。」
「いや、僕は当然のことをしただけだよ。僕は秋月さんと話して、みんなを救える算段が付いた。それだけだよ。」
僕は少し、俯く。
「あの時ね。私は諦めていたの。自分が考えていた作戦は上手く行くだろうと思っていたのに、重要なことを見落としたせいで大変なことになった。だから私は、少なくとも私だけが犠牲になっても仕方ないって思ったの。でも、それ以上に悔しかった。なんで私はこんなに努力したのに、こうして屈辱的に死ななければいけないんだろう。今まで私が積み上げてきたものは何だったんだろうって。」
僕はようやく、エレナさんが何故僕を軽蔑していたかが本当の意味で分かった気がした。
「そんな時、スピカが私のことを助けに来てくれた。私のところに現れて、私の目の前にあなたが現れてくれた時、私はとても安心したの。そして勇気づけられた。まだ私も諦めちゃいけないって。」
エレナさんの美しい瞳からはいつの間にか涙が溢れていた。
「だから、ありがとう。もしもあなたが助けてくれなかったら、いやそれ以上に私たちを魔道具で支えてくれていなければ、確実にみんな死んでいた。」
僕は押し黙ったまま、エレナさんの話を聞く。
「ほんとに、ごめん。ごめん。ごめん。私は、表面上の『活躍』ばかり見ていた。見た目で一番活躍している人が一番できる人だって。でも違った。「モブ」なんて名前の仕事なのにね。馬鹿よね、私。何を勘違いしていたのよ。ほんと、馬鹿。」
「でも、エレナさんは僕の作った魔道具を純粋に「凄い」って言ってくれたじゃないですか。僕はあれだけで嬉しかったんですよ。」
僕はあの時、エレナさんが僕の作った魔道具を見て一言、「美しい」と言ってくれた時のことを思い出していた。僕にとっては、「天才」だとか「最強」だとか、ましてや「勇者」だとか言われるよりもよっぽどこっちの方が嬉しい。一人でも良いから、心の底から僕の作品を好きになってくれる人が居れば僕はそれでよいのだ。
「馬鹿。そうやって優しくして。私が罪悪感で押しつぶされるじゃない。」
そう言って、エレナさんは僕の脇腹を軽く殴る。
「十分虫のいい話だってことは認識してる。でも、私にはあなたに今までのことを返す義務があるの。いや、私はしたいの。だから、お願い。これから私と、同期として、いや仲間として仲良くしてほしいの。」
僕は驚く。あれだけプライドが高かったエレナさんが僕に頭を下げている。
その状況に僕は困惑して、エレナさんに「わかったわかった。大丈夫だから。」というのが精いっぱいであった。
「だから、スピカ君。私のことはエレナ、と呼んで。」
そう言って、彼女は僕に手を伸ばす。
「士官学校ではこうしたのよ。誓約の形。」
エレナさん、いやエレナは僕の手を握り、握手をする。
「これから、改めてよろしくね。スピカ君。」




