第十一話 僕の大切なもの【002】
002
僕は現在、病院の個室で、絶対安静と言われて、茜音さんに見守られている。
急遽秋月さんの判断で、僕の近くには茜音さんが付いて、徐々に明らかになってきた事件の顛末を説明してくれることになったのだ。
そして僕は、これらの内容を長々と回想していたという訳なのである。
僕は茜音さんに、自分のせいで仕事を休まなければならなかったことに謝罪したが、茜音さんは「いいのいいの。私も仕事行かなくていいから楽でいいし。この街の美味しい食べ物が沢山食べられるって素晴らしいわよね。」と言ってくれた。
このような経緯で僕はずっと隣に座っている茜音さんの話を聞き続けている。
僕の身体の傷も魔法の治療のお陰で段々と治り、明後日の朝退院できることになった。本当は自然に任せ、一か月ほどかけてゆっくりと治すのが妥当なのだそうだが、そこまで待っていると勇者が到着してしまう可能性があり危険なため、茜音さんの判断で最大限に治療期間を短縮することにしたそうなのだ。それにより毎日毎日凄まじく苦い虹色に光る謎の薬を飲まされて閉口している。
僕はふと気になり、 入院しているエレナさんについて聞いてみた。
「うん。エレナちゃんなら回復してるみたいよ。私の知り合いの薬屋で手当てを受けた後結局この病院に連れてきたのよ。あれから随分と速いスピードで回復したみたいだし、これもやっぱり愛の力なのかしら?」
そう言って茜音さんは顔に手を重ね、僕の顔を手の隙間から覗いて「きゃー恥ずかしいわ~」と言った。
「やめてくださいよ。僕にそんなつもりは……」
僕は俯き、赤面する。
「彼女、会いたがってたわよ。」
茜音さんはいきなり真剣な顔になって言う。
「まさか。彼女は僕をヘタレって言って嫌っているじゃないですか。僕なんかが行ったところでまた嫌な顔をされるだけですよ。」
すると茜音さんは僕を見て、こう言った。
「彼女にとっては『僕なんか』じゃないのよ。実際あなたが変化したというのも事実だし、あなたが彼女を助けたのも、裏で実はほぼ全ての魔道具を作っていたというのも事実。彼女はあの後、全ての真実を知って、後悔してたわ。だから、彼女、すごく反省していたみたい。「悪いことをした」ってね。」
そう言って、僕の肩に手をかける。
「僕が救ったんじゃないですよ。結局僕はドラフの術中に嵌って、エレナさんを襲ったわけだし。しかも最後はルドルフさんが助けたじゃないですか。」
すると、僕の頭に手が置かれた。
「いいえ。あなたが救ったのよ。あなたは、彼女が、いや私たちが絶望に陥っている時に、助けに来てくれた。そして最後は自分を取り戻して、切り札を残してくれた、これは事実よ。」
そう言って僕の目を見る。
「だから、彼女には会いに行かなきゃだめ。少なくとも彼女はあなたを待っているんだから。」
と言い、僕の髪をぐちゃぐちゃと撫でる。
「じゃあ、今日は早く寝て明日に備えるのよ。明後日はあなたの復帰パーティーを兼ねてアクア・フェンテの温泉街を練り歩く予定なんだから。」
僕は「はい」と言い、心の中でガッツポーズをするのであった。
「じゃあ、また明日の朝ね。おやすみ。」
と言い、茜音さんは部屋を出ていく。
窓を開けると夜の心地よい風が頬を切る。だんだんと皆が寝静まり、点々と明かりが灯っている。僕のいる病棟は二階に位置しており、病院自体も岡の上に位置しているため、窓からは街が一望できる。
「綺麗だ……」
僕は息を呑む。
夜空には満点の星空が広がっている。
「そう言えば、この仕事に招待されたときもこんな夜空を眺めてスピカを探したっけ。それで結局、この招待状を受け取った。本当に、なんであんな届け方をしたのか。ネビルさんは馬鹿だなぁ。」
僕はそう言って、夜空にスピカを探す。
「本当に色んなことがあったなぁ。」
僕は夜空をじっくりと見る。
僕は急に、広大な夜空の中に引き込まれていきそうな感覚になって、踏鞴を踏んだ。
少し怖くなって、窓から見える小さな町を見ると、そこには美しい光景が広がっていた。
活気と明日の希望に燃える、アクア・フェンテ。様々な資源と人に恵まれ、遅くまで皆が呑み明かす、そんな街。
僕は急にこの世界が愛おしくなった。
この「日常」が何よりも美しく、そして尊いものなのではないのか、そう思った。
隣を見れば僕を支えてくれる仲間がいる。決して大勢の人間から認められて称えられるわけではない、ただのモブ。誰からも相手にされず、裏では汚い仕事をこなす、モブ。
しかし皆自分がやるべきことを認識し、苦しいときも辛い時も笑顔で前を向き、全力で明日に向かって歩んでいる。僕はそんな泥臭い皆と作り上げる「日常」が、とても愛おしいのだ。
僕は窓を閉め、目を閉じる。
以前の僕なら、何と言っていただろう。
恐らく、「期待しても無駄」と言って何も行動しなかったはずだ。
そうして誰も傷つけたくないからという言い訳を自分の身体にコーティングし、自分を固め、殻を被って、「決めること」から逃げていたかもしれない。
動機は「仕方ない」でもいいんだ。
目的は「大切な日常を守りたい」でもいいんだ。
使命なんてなくてもいい。主人公でなくてもいい。些細でもどうしても守りたい、自分の「大切なもの」を守るために、勇気を振り絞って生きていけばいい。
僕はそう思った。
「そろそろ寝るか。」
僕はそう言って、床につくのであった。




