第八話 Stay hungry. Stay foolish.【004】
004.
「俺が新入りだった頃の話だ。」
そう言って彼は、静かに語り始めた。
「その頃はまだ俺は、この職業についてよくわかっていなかった。まあ要するに、「普通の冒険者には、ましてや勇者には頼めないような任務を極秘にする」という少しかっこいい職だと思っていたわけだ。腕っぷしでは自信のあった俺は、戦い、特に力勝負であれば誰にも負けないと思っていた。」
ルドルフさんは悲し気に語る。
「ある時、それはちょうど10年前の話であったのだが、とある村が魔王によって襲われた。」
「襲われた、というのは?」
「ああ。正確には、襲われたというよりも虐殺が行われたということだな。魔王によって、あの一夜で、あの村は一瞬で壊滅した。」
「どのように、ですか?」
僕は唾をゴクリと飲み込んで話の続きを聞く。
「まずお前が魔王を『強大な力を持つ、異種の生物』と思っているのなら、それは半分合っていて半分間違いだ。魔王というのは、所謂悪魔の一種、そしてそれを統べる者として知られている存在だ。見た目はほとんど人間と変わらず、持ちうる能力もそこまで強くない。ところで、お前は何故魔王と言う生き物が、魔王と言う存在たらしめられているかを知っているか?」
「魔物を使役することができるからですか?」
「まあ、それもそうだな。ただアレは、魔物を何か良くわからない魔術で縛っているということではないんだ。」
「どういうことですか?」
「魔王に与えられた強み、それは契約で相手の魂を縛ること、その体をこの世界にいる人間が殺すことはできないこと、それだけだ。つまりアレは、その不死身の能力と契約の力を駆使して魔物を縛っているんだ。だからそのもの自体は強大な力を持っているという訳ではないんだよ。」
「でも、あの時あの村は一瞬で壊滅した。誰も抵抗することすらできずに惨殺されてしまった。
だから未だに、勇者が魔王を斃せていないという事実は不自然極まりないことなんだよ。」
ルドルフさんは肩を竦める。
「まあとにかく、あの時俺たちモブはその村に魔王が向かっているという情報を事前に掴んでいた。でも……」
「でも?」
「結局それを村に伝えることも、それを基に村を救うこともできなかった。」
「なんで、ですか?」
「モブは主役になってはいけないと、国王から命が下ったからだ。」
「……」
僕は黙り込んだ。まさか、見殺しにせざるを得なかったのか。
「モブに情報を聞き出す特権が与えられているのも、領主の邸宅への出入りがある程度許可されているのも、全ては任務のため、なんだ。だから俺たちはたとえそれを知っていたとしても、それは任務のために使わなければならないんだ。」
「じゃあ、目の前で自分の大切な人が殺されていたとしても、助けてはだめということなんですか?」
「大きく築き上げたものは簡単に崩壊するんだよ。それが大きければ大きい程ね。」
そうルドルフさんは言った。
「勇者は民衆から常に絶大な支持を得なければならない。そうしなければ民衆は勇者を応援しない。信頼を寄せている人でなければ自分の家に勝手に上がらせたり、自分たちの持つ大事な物や情報を渡したりしないだろう?」
「なんでそこまで勇者に配慮するんですか?」
「それだけ魔王や勇者が脅威だからだ。」
ルドルフさんは悲しげにため息をつく。
「自分たちの手では絶対に倒せない捕食者に常に狙われながら生きる。生きるためなら見つからずに捕食者が飽きるまで逃げ切る。これがどれだけ脅威なことであるか、そして理不尽なことであるか、わかるか?」
「そしてそれを解決できるのは勇者という異世界人しかいない。残念ながらな。」
僕はどうしても超えられない壁にぶつかった気がした。
「その事実は確かに理不尽な話だ。しかしながらそれは、「俺にとって理不尽」なだけで、正当な理由があるという考え方もできる。」
「でも、結局それは自分にとっては理不尽な話で、それが現在のルドルフさんに悔恨を残したのであれば、それはやっぱり理不尽な要求なんじゃないですか?」
「いや、でもあの時俺が本当に、心の底から村を助けたいと思ったのなら、やりようによってはその理不尽さを乗り越えられたかもしれないんだ。」
ルドルフさんはため息をつく。
「つまり俺があの時のことから学ばなければならない教訓は、「理不尽だと思えることでも、本当にやりたいことがあるのであればその理不尽さを乗り越えなければならない」ということなんだ。」
僕は首を傾げてルドルフさんを見る。
「あの村人からすれば自分たちが襲われたことは理不尽だ。俺から見ても、助けられるのに助けてはいけないということは理不尽だ。そうして理不尽は連鎖的につながっていくんだよ。」
「でも、解決できないのが理不尽だということなのではないんですか?」
「いや、実はそうでもないんだ。さっきも言ったように、理不尽だと思うのはこちらが勝手に思うだけであって、それを客観的に見てみればそれは理不尽じゃないこともある。」
ルドルフさんは「問題には必ずたどり着くべき答えがあるんだよ。」と言った。
「だから、その答えを見つけるまで、理不尽さを客観的に見て問題を解き明かすまで、努力をしなきゃいけないんだ。」
僕は魔法屋での出来事を思い返す。
老婆は僕の技術を高く評価してくれた。しかしながら、僕を弟子として受け入れるということに対して抵抗感を示していた。僕はそれを理不尽だと考えたし、それが間違っていると思った。
老婆の立場で考えてみる。
すると老婆は僕を弟子として取るのが「嫌だ」という結論にたどり着くまでに、何かしらの理由があったと考えるべきだ。
つまりは理不尽さとは立場の違い、僕と老婆の違い、即ち誤認から生まれるものなのである。
そしてそこには老婆が求める「答え」が存在する。それこそが老婆が弟子を受け入れるのを拒んだ理由であり、僕が今回、老婆の弟子になるために必要な解なのである。




