第八話 Stay hungry. Stay foolish.【003】
003.
風呂桶の音がカランと鳴る。
僕は湯船に体を浸けながら、ルドルフさんに魔法屋での出来事の顛末を審らかに話す。
「そうか、そうだったか。それは残念だったな。」
ルドルフさんは何事も無かったかのように言う。
「だから僕は、諦めようかなって思うんです。だって、魔法屋のお婆さんはあからさまに嫌そうという雰囲気を出していたし、そもそも僕を弟子のような目では見ていないんだと思います。だから僕が行っても、迷惑なだけだと思うんです。」
「おいおい。それはあまりにも早計な判断なんじゃないか?そんなんじゃ……」
ルドルフさんは僕の顔をまじまじと見て、少し怒ったように言った。
みんな、僕のことをわかったように、知っているのように、そしてまるでそれが正しいことであるかのように、何かしらの理由を付加して僕がヘタレであるという事実を突きつける。
エレナさんは努力家だから正しい。僕はヘタレで引きこもっていたから正しくない。
ルドルフさんのその言葉は、普通に聞けば正しいことだ。確かにあの老婆は僕のことを一部では認めているのかもしれない。しかしながら、それは僕の作ったものに対してなのである。そこには決して、僕自身に対する、僕そのもの自体を認めるといった心は無いのではないのか。
「なんにもわかってないクセに、そういうことを言わないでください!」
僕はザブンと立ち上がる。
「みんなそうです。エレナさんが良くて自分はダメ。作ったものは良くて、僕はダメ。僕は今まで努力をしました。みんなが楽しく外で遊んでいる時も籠って作っていました。エレナさんはいいですよね。たまたま引き取られて、そこで訓練されて育ったわけだ。たまたま自分のなりたい目標ができたわけだ。だから、僕にはそんな幸運な出来事に出くわすことができなかったから……」
「それは違う。」
ルドルフさんは厳しい声で言う。
「俺たちは何も知らない。お前がどんな不幸であろうがどれだけ幸運であろうが、俺たちには関係がない。理解する必要もない。それに、お前が不運だったから弟子にしてもらえなかったわけでもない。」
そう言って、ルドルフさんは、僕に湯船に浸かるよう促す。
「それが社会だ。エレナはお前のことをヘタレだと判断した。その事実、もといその認識は、例えその当事者であるお前が何を言おうが変えることはできない。」
僕は項垂れた。
「じゃあ任務に失敗して、目的を達成することが出来なくて、でもその過程で頑張ったから認めましょう。なんて、そんなことはあり得るか?」
ルドルフさんは今までになく厳しい口調で話す。
「みんなお前を結果でしか判断しない。いや、できないんだ。誰もお前の生い立ちを知らないし、知りたくもない。」
「でも、結果が今回出なかったじゃないですか。僕は頑張ったのに、認めてもらえなかった。だったらもう僕は、諦めるしかないじゃないですか。」
「じゃあ、出るまで努力すればいいんじゃないか?みんな結果を一回で出せたら、それこそ俺たちの職業なんて要らないだろう?」
そう言って、ルドルフさんは水に「モブ」と書く。
「みんな結果が出せない中で、どうやったら結果が出せるか、それを悩むんだ。」
「悩む?」
「そうだ。気に病むんじゃなくて悩む。自分ができなかったという事実を受け止めて、どうすれば次はできるようになるか。次は認めてもらえるか。」
僕は「どうすれば自分が決めたことができるのか」と考える。
しかしながら僕の頭の中には、その結果に行きつく前に、その過程を否定するような思考が出てきてしまうのである。
「俺たちの仕事の九割、いや九割九分九厘はそういう理不尽なこと《・・・・・・》の連続で成り立っているんだ。だから、俺たちには多く理不尽な結果が突きつけられることも、要求が為されることもある。ただ俺たちは、それをどうすれば乗り越えることができるかを考えなければ、それはただの理不尽な事象で終わってしまう。」
そう言って、ルドルフさんはこう提案した。
「そうだ。俺が経験した、忘れもしない、あの出来事についての話をしてみようか。」




