第七話 勇者召喚とモブキャラ【003】
003.
モブの朝は忙しい。
僕たちはこれからすぐに勇者の召喚される場所の近くへ行き、その名が示す“本来の”仕事を始めなければいけないのだ。
「そろそろ勇者が召喚される時間ね。」
「そうだな。いいか、俺たちは今から同じことしか話せない村人だ。セリフの内容は簡単だ。お前は『この先にギルドがあるんだって!』と言ってギルドの方向を指さすだけでいい。」
「な、なるほど。」
僕は少し躊躇いながら、定位置に就く。
「そろそろ勇者が召喚されるわよ。みんな配置について。決して、目立たないように、「モブ」を演じるのよ。」
茜音さんは時計を見ながらそう言った。
僕も先ほど指示された場所に行き、立つ。
すると、白装束を身にまとった神官が集まり、その中心には若くして亡くなった冒険者と思わしき遺体が置かれた。
大勢の神官が呪文を唱えると、そこには巨大な魔法陣が出現し、神々しい光とともに先ほどの遺体がむくりと起き上がる。
すると、そこにいた神官たちは消え、そこには勇者、即ち異世界から来た魂とこの世界の人間の身体の融合体だけが残った。
「うんっ?どこだここは。」
そう言って勇者は目を擦る。そして、
「ここは病室ではないようだが……」
と言い、フラフラと歩き始めた。
「どこかわからないが、俺は死んだのか。」
そう言って勇者は、ルドルフさん―村人A―に話しかける。
「そ、そのすみません。ここはどこですか?」
「ここははじまりの町だ。どうやらここでは見ない顔だな。」
「じ、実は俺、トラックに轢かれて死んでしまって。気が付いたらここにいたんです。」
「この先にギルドがあるようだ。そこに行けば色々わかるだろう。」
僕は内心で、吹き出しそうになった。全く会話が噛み合っていないし、そもそも会話をする気もないのだ。こんな薄っぺらな会話をしているルドルフさんを見るのは初めてで、僕は少しそれを滑稽に思った。
すると勇者は不思議そうな顔をしながら「ゲームみたいだな……」と呟いた。
そもそも僕は『ゲーム』というものが何か知らなかったが、後に茜音さんに聞いたところ、勇者が元いた世界の人々の間で一種の娯楽として嗜まれているものなのだという。
気が付くと勇者は茜音さんに話しかけていた。
「あの。ギルドってどこですか?」
「ここははじまりの町よ。どうやらここでは見ない顔ね。ギルドならここをまっすぐ行ったところにあるわ。」
僕は、本当に決めたセリフ通り言うんだなと思った。さらに面白いのは個性のカタマリのような人たちが個性を消そうとすると、ここまで不自然になるのだということである。後でいじるネタができた、そう思い僕は少しニヤけた。
勇者が周囲を見回し始める。
そし、「一応いる人には話しかけておいた方がいいか。大抵こういう時は後で重要になってくる手がかりが見つかることが多い。」と呟き、僕の方を見る。
僕はいきなり自分が話しかけられる対象となったことに動揺し、心臓の鼓動を速くした。やはり勇者本人を見ると緊張するのだということに気づき、僕は少し自分に驚きながらも、先ほど覚えたセリフを心の中で復唱する。
「すみません。ギル……」
「こ、この先にギルドがあるんだって!」
やらかした。何も話を聞かずに言ってしまった。すると勇者に見えないように茜音さんが吹き出しているのが見える。僕は心の中で地団太を踏みながらも、ギルドの方向を指さす。
「あ、ありがとう、ございます。」
そう言って勇者は不思議そうに首を傾げながら、「とりあえずギルドに行けばいいんだな。」と呟いて無事ギルドの方へ歩いて行った。
やがて勇者の姿が見えなくなると皆、噴水の近くに集まって来た。
すると茜音さんが耐えかねたように僕を指さして笑い転げる。
「何あれ!めちゃくちゃ面白かったんだけど!見てたエレナ?」
するとエレナさんが僕の方をあからさまに軽蔑したように、
「いえ。不恰好過ぎて見ていられませんでした。」と言った。
僕は悔しさと恥ずかしさで顔を赤くした。
「あ!顔が赤くなってるよ~あれれ~?」
そう言って茜音さんは僕の顔を覗き込んでくる。
「うるさいですって!僕だって緊張したんですよ。」
僕は茜音さんの顔を押しとどめる。
「ま、最初はそんなもんよね。結構緊張するでしょ。勇者と話すの。」
そう言って茜音さんは、手をひらひらと仰ぐような素振りを見せる。
「まあね。それはそうよね。緊張しないのは秋月さんくらいじゃないかしら?」
「俺だって緊張しないぞ!茜音。」
「いや、さっきルドルフさんも会話噛み合ってなかったじゃないですか!」
「そういう茜音だって俺と同じこと言ってたじゃないか!」
「た、確かにあれは咄嗟に緊張で言葉が出なかっただけです!しかも私は緊張しているの認めましたからね!」
「はいはい、みんな喧嘩は終わりだよ。」
そう言って二人の肩にポンと手を乗せたのは、秋月さんである。
「秋月さんは僕と違って、全然動揺しないですし、羨ましいです。僕なんか、全然ダメダメで。」
僕はそう言って秋月さんを見る。
「そうだねぇ。僕も昔は慌てたり怒ったり、泣いたりしたねぇ。懐かしいなぁ。」
そう言って遠い空を眺めるように目を細めた。
「秋月さんはきっと、人生にある意味疲れたっていうのかな、自分っていう人を悟ったんじゃないかな。慌てても怒っても、泣いても喚いても相手はどうにもできないってね。」
茜音さんはそう言って、クスリと笑った。そして一言、
「だからスピカは、まだ若いってことよ。安心しなさい。」
と言った。