21話 ルカール迷宮 その3
「何だこれ?」
今、俺たちは目の前に大きく空いた穴の前にいる。
これは、ルカール迷宮の未到達領域に繋がる穴だろうか。
ルカール迷宮の地形図はあらかた脳内に保管してある。
だから、分かる。
この穴は今まで誰にも見つかっていない物だと。
行くのもいいだろう。
しかし、未到達領域はイレギュラーが多いのだ。
例えば、いきなりトラップが発動し、迷宮の入り口に戻されたり、ムーンベアーなどの群れを作らない魔物が群れを作ったりする。
どうするべきだろうか。
悩んでも仕方ない。
「行くぞ、イムル。」
俺は、そう言って縦に大きく空いた穴に落ちる。
「あわわ、ご主人落ちちゃったよ。怖いなぁ、でも行かなきゃ。てやっ。」
イムルも、目を閉じて穴に落ちる。
キャーーーという絶叫と共に。
どれくらい落ちただろうか。
普通に落ちたら死んでいた。
じゃあ、なぜ俺が生きているのかというと、運と咄嗟の判断だ。
たまたま、落ちた所に水が張ってあった。
で、俺はその水めがけて最大質力の初級魔法であるウィンドを使って落下速度と威力を落とした。
ウィンドは、風魔法の一種だ。
まぁ、誰も初級魔法なんて使わないだろうがな。
で、イムルはというと。
今も、キャーーーと絶叫と共に落ちている。
で、後数秒後に地面に激突する。
俺が何もしなければの話だが。
「キャーーー、死ぬ〜。ご主人助けて〜。」
5、4、3、2、1。
ドサッ。
受け止めようとしたのだが、受け止めれなかった。
「ご主人、痛い。どうして受け止めてくれなかったの?」
「悪い。」
何でイムルは生きてんの?と疑問に思ったのだが、あいつ物理耐性なんて技能を持っていたなと思い出して、納得した。
だが、さすがに無傷とはいかなかった。
結論から言うと、足が変な方向に曲がって骨折し、そのせいで骨が皮膚を突き破って剥き出しになっており血がドクドクと出て、所々から血が滲み出ている。
何でこいつ足から落ちたんだよ。
スライムなのに、骨あるんだというのは無しだ。
「ご主人、痛いよ〜。」
「なぁ、イムル。お前、神経おかしくないか?何でそんな変な方向に足が曲がってるのに、痛いよ〜だけで済むの?」
「泣きたいけど、そんな事したらご主人に嫌われる。そっちの方が嫌。」
「そんな事で嫌いになんてならんわ。泣きたかったら泣け。」
でも、これどうしたもんかな。
こんな足で動く事は出来ないだろうし。
回復魔法なんて使えないし。
なんで覚えようとしなかったんだよ、昔の俺!
くっそ。
帰り方も分からんし。
こっちが泣きたくなるわ。
「イムル、耐えれるか?」
「無理かな。あのねご主人、邪魔だったら置いて行ってね。」
「置いて行くわけないだろ。アホか、お前は。」
この足でおんぶなんてしたら痛いだろうし。
それに、おんぶしながらだと魔物を倒しづらいし。
何かないかな。
イムルを安全に運べる方法。
あ、あるわ。
イムルを異次元空間に送ればいいんだ。
「イムル、異次元空間に入れ。」
「嫌だ。ご主人とずっと一緒がいい。痛いのは我慢するから。」
「痛いんだぞ、いいのか?」
「うん。」
「分かった。じゃあ、早く乗れ。」
「どこに?」
「背中に。」
「いいよ、歩けるから。」
「そういうのいいから。よいしょっと。」
俺は、無理矢理イムルをおんぶした。
「そんじゃ、歩くぞ。痛かったら言えよ。」
「ありがとう、ご主人。ギュー。」
イムルは、俺を抱きしめる。
イムルは、しばらく俺を抱きしめていたが、イムルの抱きしめる力がどんどん緩くなっていく。
そして遂に、イムルは俺から手を離した。
血の出し過ぎだ。
俺は、すぐにおんぶをやめ、イムルを地面に寝かし、体を調べる。
イムルの顔、いや体全体は今までに無いほど青白かった。
「おい、イムル!大丈夫か?」
「だいじょうぶだよ。気にしないで。」
弱々しい声、笑顔で言う。
そんなイムルを見て、俺は今までに無いほど焦る。
このままいくと、死んでしまう。
そう思ってしまうのだ。
そのせいで、どうすればいいのかという選択肢が全く浮かんでこない。
今まで、いくつもの選択肢から選び、選んだ物を実行して生きてきた。
だが、今は頭が真っ白で考えても、考えても、いい選択肢が浮かんでこない。
だが、できる事は一つだけある。
進む事。
どれだけ悩んでも進む事。
だから「行こう。」
俺は、イムルをお姫様抱っこして歩く。
魔物は相手にしない。
魔物の攻撃は、直撃しない物は避けない。
変に避けると、イムルに負担がかかってしまうから。
願いながら探す。
この迷宮の最後の部屋を、もしくはイムルを救ってくれる誰かを。
何も見つからない。
さっきから同じ道を歩いているような錯覚を受ける。
「イムル、おいイムル!」
「………。」
「返事しろよ、おい。」
「ごしゅじん、もうねむいの。ねかせて。」
「ダメだ!寝るな。」
「ごしゅじん、どうしてないてるの?」
俺は、イムルの手を握り「違う、これは涙じゃない、汗だ。」と言う。
イムルも、俺の手を握り返し、「ごしゅじん、なんかさむい、あたためてほしいな。」と言う。
もうすでにイムルは聴覚を失っている。
俺は、イムルを強く抱いて暖める。
「ありがとう、ごしゅじん。」
「おい、イムル!何で勝手に死のうとしてるんだ!俺とずっと一緒に居るんじゃなかったのかよ!」
「ずっと、いっしょにいるよ。あれ、ごしゅじん?どこにいるの?」
視覚を失い。
「ごしゅじん、なんでてをはなすの?」
感覚を失い。
「ごしゅじんのにおいがしない。」
嗅覚を失う。
「ごしゅじん、どこ?」
「俺は、ここにいる!お前とずっと一緒にいるから、死ぬな!死なないでくれ!俺を一人にしないでくれ!」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。」
イムルは体全体から力が抜けていき、そして握っていた俺の手を離す。
「おい、イムル!まだ、俺はお前に恩返ししてないぞ。してないんだぞ!俺はお前に救われた。人間味が無くなる前に、ギリギリの所で引き止めてくれた。今の俺がいるのは、お前が居てくれたから。俺だって、お前とずっと一緒に居たかったんだ。でも、お前に裏切られるのが怖かったから、言う事が出来なかった。俺、弱虫で泣き虫だから。それを隠すために仮面を被ってたんだ。イムルになら、見せてもいいと思っていた。なのに、何で………。」
イムルはもう何もやり残した事もないってくらいの笑顔で命を散らしている。
「死んじまったんだよ!」
俺は、泣いた。
悲しさで、寂しさで。
こんなに泣いた事無いってくらいに。
泣いた。
そして、イムルという存在が塞いでいた心の穴がイムルという存在がいなくなったから、また空いた。
前よりも深く、広く。
「アオバ君、どうしたの?」
「おにぃなの?」
「誰だ?」
俺は、死んだ目で何も映っていない目で言った。
白崎 鈴香に、南条 香織に。




