その七十三
三千二十四
未来への道筋が見えない時こそ、深呼吸して遠くを見詰めましょう。『そんな事は虚しい』とか『今はそんな事をしている時ではない』とかいう他人の忠告を振り捨てて。
その希望が見えない時に自分が何うするか、何んな風に生きるのかを、誰かが見ているのです。人間かも知れませんし、人間ではないかも知れません。しかし何か絶対的で圧倒的なものが視ているのです。其処が疎かにされる時、仮令運命が拓けて行く事があっても、それは真実に自分が行くべき道ではありません。
三千二十五
別に自分自身が興味のある分野の話ではないにしても、語っている当人が思い入れたっぷりに話していると、思わず惹き込まれて仕舞う事がありますね。語る人の感じている魅力を自分も理解できたらと感じて仕舞うからです。それは本当に面白いものなのかな、と。
そんな風に、人は自分をぐいぐいと引っぱって行く何か、自分を牽引し何処かに連れて行くものをいつも探していると思います。その魅力を感じる力、それを魅力と思う事の出来る力、私はそれを失いたくありません。その力の根源は何と繋がっていると思いますか。他人と繋がりたいという、人間の素直で健康な資質ではないでしょうか。
三千二十六
「生活が成り立っているのなら、それで良いじゃないか」
この言葉を私に向かって発した私の知り合い自身、生活が破綻している訳では全くありません。しかし或る事情で転職先を馘になり、小さな子供二人と奥さんを抱えて必死に、次に見付けたあまり条件の良くない働き場で働いていました。そんな時私が彼に向かって言った、私の職場の不自然で良くない部分の話に対する言葉です。
実際、彼の言う通りなのでしょう。彼からすれば、何よりも家族が暮らして行く事が出来る状況の確立が第一で、それ以外の事は二の次三の次なのです。家族を大切にする彼ですから、その想いは推して知るべしです。しかし、一概にどちらの内容が深刻かという事は言えません。物質的物理的に生活が切羽詰まっているというのは深刻ですが、全くそんな状況にない人間が全然別の理由で生活を破綻させる事が世の中には多くあるからです。その人間にとって何が深刻なのか、何が整っていない事が致命的なのか、それは本当に公式に拠って割り出す事が出来ません。
斯ういう事を落ち着いて冷静に判断出来る様になったのは、私の人生の後半に於いてです。若い時の私なら、彼の如き状況に在る人に向かって自分が不満を述べた事を心底恥じたでしょう。しかし今はそれ程に思いません。両方共に真面目で深刻なものである事を私は既に知っているからです。
何が重要なのでしょうか。私に言える事は、自分が本当に自信をもって抱く事が出来るものというのは、必ず『自分一個にとっての』真実であるという事です。その同じ真実が他の人間にとっては一顧の価値の無いものである事が多いという事を、残りの人生で私はもっと徹底して知る事になると思っています。
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