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その百二

 三千八百三十四

 その短い支線の昔の終点の駅は、本当に愛想の無いものでした。無人駅で、小さくて、待合の屋根だけが在って、その先には最早使用されていない錆びた線路がカーブしながら続いていました。私がどきどきしながらその錆びた線路を辿って歩いて行くと、雑草が伸びていて金網に囲まれた不愛想な区画に出ました。其処(そこ)から先には入れません。周囲は家なのか倉庫なのか、人気(ひとけ)の無い建物で囲まれていました。道もありません。その先を確認する術(すべ)がありませんでした。

 私が小学生だった時のそんな体験が、五十二歳の今に至る迄私の中で消えないのです。昨日の事の様にその時の光景を思い出します。怖い様な、不思議な様な。けれど淋しいのです。結局其処(そこ)に落ち着くのです。私は淋しさを愛します。それは私の心に、大人になっても決して消えない大切なものをくれました。屹度(きっと)それが、私が生きて行く上で大切なものであったに違いありません。今、心からそう思います。


 三千八百三十五

 妙な謂い方ですが、悲しさを背負っている事で人は自分の『正常』を保つ事が出来るのではないかと思います。逆に謂うと、悲しさを記憶していないと、人は自己制御の力ももたなくなって仕舞うのではないでしょうか。特に人生の後半に於いて。自分が誰なのか、如何なる人間なのか、何が何やら判らなくなるのではないかと想像します。

 悲しいのはつらいですが、しかし人間の意識を正常にするのです。何故か人が在るべき心の状態に保つのです。それはそれだけ悲しさが、悲しさを忘れない魂が、まともに生きようとする人間にとって必要なものだからではないでしょうか。


 三千八百三十六

 寝る前、私が奥さんの足を揉んでいると、子が私の腕に頭を突っ込んで来たり背中に乗って来たりしてじゃれます。子は意図的に私の邪魔をしているのが面白いのでしょうが、思わず微笑んで仕舞います。奥さんも私に足を揉まれながら笑っています。

 先に不安もあります。具体的なものも漠然としたものも。しかしこの瞬間を喜ばないでいて、どうして人生をしっかり味わい且(か)つ主体的に拓いて行く事が出来ましょうか。刹那胸に浮かぶ不安の黒雲を攘(はら)い、『今はこれで可(い)い』と自分に言い聞かせる時です。斯(こ)んな風に生活の全部に於いて、私は『戦う』時があります。そしてそれで自然だと思います。


 ブログは毎日更新しています。

https://gaho.hatenadiary.com/

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