浄化の流れ、王女の一撃
山あいを流れる清らかな川。その上流に、苔むした大岩が鎮座していた。
エルフィナはその岩の上に立ち、静かに待ち構えていた。衣の裾を風に揺らし、鋭く澄んだ瞳を川面に落とす。その姿は、まるで大自然そのものに溶け込んでいるようだった。
やがて、草を踏み分けるざわめきと共に、複数の人影が姿を現した。粗末な武具を身に着けた盗賊達。その中央には、豪胆な笑みを浮かべた大柄の男――盗賊頭が立っていた。
盗賊頭
「よぉー! お初だなぁ、お姫様!」
エルフィナ(冷ややかに一歩踏み出す)
「ティナ=カクとナリアさんは?」
盗賊頭(ニヤリと顎をしゃくる)
「せっかちだなぁ〜姫さまよ。連れて来てるさ。……おい、見せてやれ!」
盗賊
「へい! 頭!」
後方から、縄で縛られたティナ=カクとナリアが突き出された。二人とも衣服は乱れ、顔や腕には擦り傷や打撲の跡が痛々しく刻まれていた。
ティナ=カク(涙をこらえるように)
「す、すみません……エルフィナ様……。あのときも……私は……すみません……」
ナリア(必死に首を振り)
「エルフィナ様、逃げてください! これは罠です!」
エルフィナ(震える拳を握りしめて)
「……あのときのことは、もう大丈夫ですわ! それより二人とも、安心して。今すぐ助けますから!!」
その真っ直ぐな声音に、ティナ=カクの瞳が潤み、ナリアの胸は一瞬安堵に震えた。
盗賊頭(腹を抱えて笑う)
「おいおい! 聞いたか? 助けるだとよ! トライヤのお姫様はおつむがイカれちまってるみてぇだ!」
盗賊たち(口々に笑い声を上げる)
「アハハハッ!」
「無理に決まってんだろ!」
「か弱ぇ姫がどうするってんだよ!」
嘲笑の渦の中、エルフィナはふっと目を細め、片手を軽く掲げた。表情には一切の迷いがなく、むしろ堂々とした挑発の色が浮かんでいた。
エルフィナ(淡々と)
「……魔法使いが控えているのでしょう? そこに……いますよね」
その場の空気が一瞬張り詰める。盗賊達が思わず互いに顔を見合わせた。
エルフィナ(唇に笑みを浮かべ)
「面倒ですから、先に出てきてもらえますか? 片付けて差し上げますわ」
盗賊頭(苛立ちを隠すように肩をすくめ)
「……クソが!…口の減らねぇ姫だな。……おい! 先生! この姫を黙らせろ!」
ローブの男
「やれやれ〜めんどくさいですが、捕まえろ!」
(魔法陣が展開され、黒い水がうねりをあげてエルフィナを襲う)
――バシャァァッ!!
黒い液体が勢いよく飛んだ瞬間――
エルフィナ(右手を軽く振り抜き)
「……っ!」
(黒水はまるで紙切れのように弾かれ、霧のように散る)
ローブの男(目を剥いて)
「はぁ!? な、なぜ!? 魔法発動を間違えたか……? えぇ?」
エルフィナ(冷ややかに)
「けっして間違えてないと思いますわよ……」
(次の瞬間――)
※エルフィナは無意識に怒りがこみ上げると、転生者であった地球時代、男だった頃の喋り方に戻ってしまう。
エルフィナ(声質が低くなり、口調が荒く)
『早く本気だしなよ!!』
ティナ=カク(びっくりして立ち上がり)
「お、男口調モード……! 本気のエルフィナ様だ……! おまえ達、もう終わったな!」
盗賊たち(ざわつきながら罵声を飛ばす)
「うるせぇ! 今のは偶然だ! やっちまえ、ローブのアニキ!!」
ローブの男(苛立ちながら両手をかざす)
「あーあ! そうだ、今度こそ本気だ……! 行けぇぇ! 黒水!!」
(再び黒い液体が大蛇のように襲いかかる)
エルフィナ(静かに深呼吸し、右手を前に出す)
「……水は波。ならば、波は返すだけ」
(ふわっと掴むような動作――瞬間、黒水の勢いが止まり、方向を変えて逆流する!)
ローブの男
「なっ……!? 馬鹿な! 俺の魔法が、逆流だと!?」
(黒水はそのまま男の頭上に落ちかかり、びしょ濡れにする)
エルフィナ(余裕の笑みで)
「わたくしの“魔力”は流れを乱さない。ただ自然に……返すだけですわ」
ローブの男(歯を食いしばりながら)
「くそっ……そんなはずあるかぁ!!」
(彼は両手を突き上げ、近くを流れる川へと禍々しい魔力を注ぎ込む)
ローブの男(狂気に満ちた声で)
「ならば川そのものを呑み込ませてやる! 黒水よ、全てを染め上げろぉ!!」
(川の水がぐらぐらと揺れ、瞬く間に黒く濁っていく。水面は泡立ち、禍々しい瘴気を含んだ黒水となり、巨大な濁流が姿を変えた)
ローブの男
「これが本物の黒水の力だッ! 行けぇぇ!!」
――ドォォォォン!!!
(黒水が牙を持つ獣のように膨れ上がり大きな木々を呑み込むほどの勢いでエルフィナに襲いかかる)
ティナ=カク(驚愕)
「なっ……川ごと……!? 規模が違いすぎる……!」
ナリア(必死に叫んで)
「逃げてください、エルフィナ様ぁ!」
(だが、エルフィナは一歩も退かず、その場に立ち尽くしていた。彼女の周囲に淡い光が灯り、揺るぎない気配が漂う)
エルフィナ(低い声で)
「……水は、ただの水。誰かの魔力に縛られるものではありませんわ」
(彼女の瞳が青く輝き、体から放たれる魔力が一気に膨れ上がる。その気配に、空気すら震える)
エルフィナ(地の底から響くような声で)
「……調子に乗んなよ。流れは――私が支配するッ!!」
(迫りくる黒水の奔流を、彼女は右手でゆっくり掴むように構える。すると暴れ狂う濁流は不自然に止まり、まるで操り糸を断たれた人形のように動きを失った)
ローブの男(絶叫)
「な、なんだとぉ!? 俺の黒水が……止まった……!? ば、ばかなぁ!!」
エルフィナ(魔力をさらに全身に解き放ち、声を張り上げる)
「本来の流れに、戻りなさい――ッ!!!」
――ゴォォォォォン!!!
(黒水は逆流を始め、怒涛の勢いで川へと押し戻されていく。水は瞬く間に浄化され、ただの清流へと姿を変えていった)
ティナ=カク(震える声で)
「……これが……本気の、エルフィナ様……」
ナリア(目を潤ませながら)
「すごい……本当にすごいです……」
ローブの男が膝をつき、泥にまみれながら必死に這いずる。
ローブの男(必死に)
「……ありえねぇ……黒水が……通じない……だと……お、俺は……逃げる……!」
背を向けて走り出そうとした瞬間――その肩を、柔らかな指がすっと掴んだ。
いつの間にか背後に回り込んでいたエルフィナが、にこりと愛らしい笑みを浮かべていた。
エルフィナ(可愛らしく)
「ローブのお兄さん、逃げちゃダメですわ♡」
次の瞬間、掴まれた肩が不自然にだらりと垂れ下がる。
ローブの男(絶叫)
「ぎゃあああああ!! 肩がっ……がぁぁぁ!! 俺の手が、反対にぃぃぃ!!」
エルフィナはくすくすと楽しそうに笑うと、さらに甘ったるい声で囁いた。
エルフィナ(首をかしげながら)
「肩だけじゃ、ダメですわよ〜? 全身ポキポキして差し上げないと……♡」
彼女の細い手が次々と関節を極めるたび、ボキッ!メキッ!と大きな音が山にこだまし、男の悲鳴が空を裂いた。
その凄惨で滑稽な光景に、周囲の盗賊たちは青ざめ、完全に戦意を喪失する。
⸻
関節を一通り“整えて”しまったエルフィナは、涼やかな顔でくるりと振り返った。
エルフィナ(微笑みながら)
「……さぁ。次はあなた達ですわね?」
ギラリと光る瞳に射抜かれ、盗賊たちは一斉にガタガタと震え上がった。
川を浄化してしまった力と、骨を砕く音がまだ耳に残っているせいで、腰を抜かし立ち上がれない者が続出する。
かろうじて立っている者たちも、手が震えて武器を構えることすらできなかった。
だがその中で、なおも震える膝を叩きながら一歩前に出た者がいた。盗賊頭だ。
盗賊頭(斧を構え、歯を食いしばりながら)
「こ、こいよ! 姫さんよぉ……! 俺が、八つ裂きにしてやる!!」
エルフィナは目を細め、冷笑を浮かべた。
エルフィナ(小さく)
「……へぇ。意地ってやつですのね?」
深呼吸をひとつし、彼女はふわりと地を蹴った。
大きな斧が振り下ろされる――しかし、エルフィナは軽やかに身をひねって避け、そのまま平手を盗賊頭の体に軽く添える。
構えた姿勢は美しく、研ぎ澄まされた王族護身術の型。
両の掌に魔力が集まり、光が迸った。
エルフィナ(鋭く)
「――王族護身術・衝撃手!!」
ドガガガガガァァァンッ!!!
轟音とともに盗賊頭の巨体が吹き飛び、大木をへし折って転がった。
盗賊頭(泡を吐きながら)
「ぐわあああああ!!!」
⸻
エルフィナ(振り返って声を張り上げる)
「今ですわよ、皆さん!!」
合図とともに、森の木々がガサガサと揺れ、近衛兵士たちが一斉に飛び出してきた。
先頭に立つのは、剣を構えたテイト。彼女の号令で兵士たちは次々と盗賊を捕縛していく。
その背後では、メイ=スケがティナ=カクの縄を切っていた。
ティナ=カク(息を切らしながら)
「すまない……いろいろと。先に、ナリアさんの縄を切ってやってくれ」
メイ=スケ(肩をすくめて)
「もうカクのは切れたって〜。ナリアさんのは、自分で切んなよ。……ほら!」
ナイフを押しつけるように渡され、ティナ=カクは慌ててナリアの縄を切った。
ナリア(弱々しく)
「お……終わったんですよね……?」
ティナ=カク(頷きながら)
「あぁ……終わったよ」
その声を聞いたナリアは、安心したようにふっと微笑み、力尽きて気を失った。
ティナ=カクは優しくその体を抱きとめ、じっと顔を見つめる。
――その背後から、不意に涼やかな声が響いた。
エルフィナ(穏やかに)
「……緊張されていたんですね。可哀想に……」
ティナ=カク(振り返って驚き、顔を真っ赤に)
「うわっ!? エルフィナ様!? いつの間に……」
エルフィナ(ジト目で小さく笑みを浮かべ)
「人を化け物みたいに言うなんて……ひどいですわね。ふふっ」
ティナ=カクは改まって姿勢を正し、深々と頭を下げた。
ティナ=カク(震える声で)
「エルフィナ様……すみませんでした。私は……エルフィナ様のお言葉に反発し、いらぬことを言いました。此度の件は……反省文にしてお渡ししようと思っております」
メイ=スケ(呆れ顔で)
「かたっ! カク、かたすぎるって〜。やめときなよ〜」
エルフィナ(くすっと笑いながら)
「ほんとですわ。ティナ=カクはいつも固いんですから。反省文なんて必要ありませんわ〜」
ティナ=カク(涙を浮かべながら)
「……すみません……本当に……ぐすっ」
エルフィナはその背を優しく撫でて、柔らかく微笑んだ。
エルフィナ
「さぁ……帰りましょう。みんなで」
⸻
つづく
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