偽りの楽園
【施設・正門前】
エルフィナたちの馬車がゆっくりと門の前で止まる。黒装束の警備員風の男が無言で立っていたが、馬車からエルフィナが降りると、わずかに眉をひそめた。
男(低い声で)
「……用件は?」
エルフィナ(堂々と)
「この施設の支援者であり、王族として現地の状況確認にまいりました。案内をお願いできますか?」
男(目を細めながら)
「……確認いたします。お待ちを」
男が中へ戻ろうとした瞬間、ティナ=カクが一歩前に出て、その背に冷たい声を投げる。
ティナ=カク
「“王族に確認”? 今、何と言った?」
男(立ち止まり、無言)
メイ=スケ(苦笑しながら)
「おいおい、あんたこの人の身分わかっててやってんのか? やばいよー、ほんとに」
エルフィナ(ややあきれ顔で)
「……言葉は慎みなさい。私たちは、子どもたちの安否を確認しに来ただけなのですから」
男は小さくうなずくと、無言で門を開いた。
【施設・エントランス】
内部は外観よりも妙に静かで、子どもたちの気配が薄い。廊下に立っていた職員たちはエルフィナたちの姿に気づくと、ぎこちなく頭を下げた。
案内役として現れたのは、さきほどの教育係・コルクだった。
コルク(柔らかい笑みを作りながら)
「これはこれは、エルフィナ様……ようこそ。突然のご訪問、驚きました」
エルフィナ(微笑で応じながら)
「こちらこそ、突然の訪問で失礼しましたわ。ですが、“支援者”として、この目で施設の様子を見ておきたくて」
ティナ=カク(小声で)
「笑ってるが、完全に警戒してる顔ですね」
メイ=スケ(同じく小声で)
「うん、ていうか目が笑ってない」
エルフィナ(声を張って)
「案内していただけますか? 園長先生にもご挨拶をしたいのですが」
コルク(やや間を置いて)
「ええ、もちろん……こちらへどうぞ」
【施設・廊下】
三人は静かな廊下を進む。壁には絵や紙細工が飾られているが、どれも古びており、子どもたちの姿はまばら。
ティナ=カク(耳打ち)
「子どもがいない。声もしない」
エルフィナ(小さくうなずいて)
「ええ……この“静けさ”が、もっとも物語っているわね」
すると――
奥の扉のすき間から、小さな目がこちらを覗いていた。
それは、痩せた顔の少年だった。
少女(小さく囁く)
「……助けて……」
メイ=スケ(すばやく視線を向け)
「今の、見た?」
エルフィナ(目を細めて)
「ええ。やはり、ここには“何か”がある」
そのとき――
コルクが不自然なほど大きな声で振り返る。
コルク
「エルフィナ様、こちらが園長室になります。中でゆっくり、お話を」
エルフィナ(にっこりと微笑みながら)
「ええ、楽しみにしていますわ」
──しかし、その微笑の裏に、冷たい計算が浮かんでいた。
園長室は無駄に広く、質素ながらも過剰に整理されている。生活感がなく、まるで誰かに“見せるため”に整えられたような空間だった。
園長(やや緊張しながら微笑む)
「これはこれは……第五王女エルフィナ様、ようこそお越しくださいました。先日は失礼がございました」
エルフィナ(椅子に腰掛けながら)
「いえいえ。支援をしている身として、現状を把握しておきたいだけですわ。……それにしても、以前とは雰囲気がずいぶん変わりましたわね」
園長(手を握りながら)
「そう……でしょうか。えぇ、私が就任してから、子どもたちの生活リズムや衛生面を整えるよう改革を……」
エルフィナ(にこやかに)
「結構ですわね。では、その“整った”子どもたちはどちらに? 本日は一人も姿を見かけませんでしたけれど」
園長(少し言葉に詰まり)
「け、見回りの時間と重なってしまったのかと……。今は皆、お部屋で静かに……」
エルフィナ(声のトーンを落とし)
「──静かすぎるのです。少なくとも、あの子が言っていた“夜に出ていく子”の話と照らすと」
園長(固まる)
エルフィナ(あえて微笑んだまま)
「……失礼、独り言ですわ」
──その頃、同時進行で。
【施設・裏廊下】
ティナ=カクとメイ=スケは、そっと園長室を離れ、裏口のある廊下へと抜けていた。廊下の奥、倉庫のような小部屋の前で、ティナが立ち止まる。
ティナ=カク(声を潜めて)
「この部屋、鍵が二重にかかってる。普通の備品部屋じゃない」
メイ=スケ(耳を近づける)
「中から……声。子どもの、うめき声かも」
ティナ=カク(即座に抜刀しようとする)
「壊すぞ」
メイ=スケ(制止して)
「待って。騒ぎを起こすのはまだ。……他の侵入口を探す。私が外回る」
ティナ=カク(少し迷ってから)
「了解。3分だけ。戻ってこなければ私が突入する」
メイ=スケが忍び足で裏口から外へ出ていく。
【施設・園長室】
エルフィナはなおも軽い世間話を装いながら、じりじりと相手を追い詰めていた。
エルフィナ(紅茶を口にしながら)
「それにしても、この施設。ずいぶん“外部の出入り”があるようですね。クレアさんからも少しだけ話を聞いていますの」
園長(びくりと反応)
「そ、それは……子どもたちの衣類や食材の搬入などで……」
エルフィナ(カップを置き、目を細めて)
「“真夜中”に、ですの?」
園長
「っ……」
【施設・外壁裏】
メイ=スケは、建物の外壁を伝いながら、小さな窓にたどり着いた。隙間から中を覗くと、暗い部屋に、縄で縛られたまま床に蹲る小さな子どもたちの姿があった。
メイ=スケ(歯を食いしばり)
「……これ、もう“ただの施設”じゃねぇな」
彼女はポケットから魔法札を取り出し、そっと地面に設置して呟いた。
メイ=スケ
「……“カクに知らせる”っと」
札が淡く光ると同時に、彼女の視線の先に何かが動いた。
──それは、顔にフードを被った大人の男。
男(ひそひそと誰かに)
「……今夜が最後だ。準備を進めろ」
メイ=スケ(目を細め)
「……なるほど。これは今夜、何かが動くな」
【施設・園長室】
エルフィナは立ち上がり、ゆっくりとドレスの裾を整えた。
エルフィナ
「今日のところはこの辺で失礼しますわ。ご案内、ありがとうございました」
園長(愛想笑い)
「ま、またぜひご訪問を……」
エルフィナがドアを開けると、そこにティナ=カクが立っていた。
ティナ=カク(小声で)
「“確定”です。子どもが閉じ込められてる。スケから報告が入りました」
エルフィナ(顔を曇らせ)
「……やはりね」
エルフィナは背を向け、廊下を歩きながら静かに言った。
エルフィナ
「夜までに、証拠をそろえましょう。奴らの“動く日”に、私たちも動くわ」
──つづく
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