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第五章 最終回 (1)

【アッキーの恋の軌跡】


 花火大会の日の、甘い夜の件まで話し終えて、私は重大な事実に気がついた。


 もう、特に話すことがないのだ。


 なんという薄っぺらさだろう。小学校時代は拓人との絡みがまったくないので、話す価値のあるエピソードは中高時代のせいぜい三年間に集約されている。十一分の三である。


 その話すべきエピソードとやらも、私としてはそれなりにドラマチックではあるが、聞いている人にとってはどうなのだろう。普通の恋人同士なら普通に経験する普通のエピソードを、面白可笑しく語っているだけである。


 こうなったら、エロに頼るしかない。たとえ普通の話でも、それがエロいなら話は別だ。男の子も女の子も、みんなみんなエロを欲しているのだ。よし、私と拓人の熱い夜ベスト5をやろう。そうしよう。


 なんて考えていた矢先に、野波さんが突拍子もない要求をしてきたのだった。


〈これからはエロを控えて、最終回までプラトニックなエピソードのみを話してくれ〉


 いやいやいや! ラジオはあと四回もあるのに、話すほどのエピソードはもうございません! 


 それでも、野波さんは折れない。短くてもいいから、かいつまんでもいいからと、妙に切羽詰った態度で押してくる。


「短くてもいいなら」と、私は野波さんの要求を飲むことにした。


 実は少しホッとしている。エッチなエピソードを公共の電波に垂れ流すのは、正直言って恥ずかしくもあったのだ。だってお父さんとお母さんもきっと毎週聞いているだろうし……聞くなとは言ってあるんだけども。


 というわけで、〈アッキーの恋の軌跡〉のコーナーの残り四回は、プラトニックな単発エピソードでお茶を濁すこととなった。ただ、なんとなく思いだしたことを話すのも芸がないので、リスナーの質問に答える形にした。


 リスナーから寄せられた質問は多種多様であったが、その中で、これはプラトニックだし話しておいたほうがいいかなというものを見つけた。思い出話に登場する私たちは、いつまで名前を名字で呼び合うのかというもの。


 ふむふむ。リスナーは知らないが、現在はそれぞれ〈拓人〉、〈秋実〉と名前を、しかも呼び捨てで呼んでいる。そうなった経緯といえるエピソードが、高校二年の冬にあった。




 その日は繁華街でデートを楽しんでいた。とあるケーキ屋さんに入り、窓際の席をゲットした私たちは、あたり一面を真っ白に染めた雪景色を眺め、各々綺麗ごとを並べ立てていた。雪なんて見慣れているが、恋人同士で味わう雪は普段とは違う顔を見せるのだ。


「はー、雪っていいよね」

 頬づえをつきながら、私はうっとりと目をすぼめた。


「そう? 俺はうっとうしいから嫌だな。本山さんだって、さっきは寒いだの冷たいだの言ってたじゃん」

「あれは外だったから……」


 訂正しよう。恋人同士で且つ、屋内で見るのが条件である。


「でも、冬って好きだな」私はくじけない。

「冬って恋人の季節だと思わない? だってクリスマスとかバレンタインとか、そういうイベントが冬に集中してるじゃん」


「夏はくっつくと暑苦しいもんね」

「また、ロマンのないことを言う」


 しばしの沈黙のあと、拓人がコーヒーを一口飲んでから口を開いた。


「冬がくると、なんとなーく寂しくならない?」

「ん? まあ」

「秋が終わっちゃったなーって思う。俺たちにとっての恋人の季節は、秋みたいなもんだから」

「秋?」


 そうだっけか。私たちがつき合い始めたのは夏、ファーストキスは冬、練習試合は夏、真剣勝負は春……秋がさっぱり見当たらない。何か見落としているのだろうか。


 拓人はぽりぽりと頭をかいていた。見ていてとても寒そうな坊主頭を、彼は冬でも帽子などで隠したりはしない。私が坊主を褒めてあげたのを、今も覚えてくれているのかもしれない。


 やがて、拓人は口を開いた。

「だって、本山さんの名前、秋実でしょ? 本山さんとつき合い始めてから、秋がなんとなく特別な季節に思えてきたんだ」


「ああ、なるほど」


 意外な見解である。私自身、秋に特別な想いを馳せていたのはせいぜい小学校低学年までで、それからはほとんど意識したこともなかった。ご想像どおり誕生日が秋なので、誕生日プレゼントに対するわくわく感を抱いたりはするのだが。


「新藤くんの名前って、なんて言うんだっけ?」

「拓人」


 もちろん知っているのだが、私にはある考えがあった。


「拓人……拓人か」私はうんうんと何度も頷いた。

「また忘れちゃわないように、今度からは名前で呼ぼうかな」


「名前で? 別にいいけど」拓人は、呼称などあまり興味がなさそうなようすである。しかし、いざ名前で呼んでみると――。


「拓人」

「……あはは」


 彼は照れくさそうに、また頭をかくのであった。


「たーくっひと」

「あはは」

「えへへ」


 作戦成功! 実を言うと、恵那ちゃんや周りの友達が彼氏を名前で呼んでいるのに、ものすごく憧れていたのだ。彼女たちの前では、私も拓人を名前で呼んでいたのは言うまでもない。


「じゃあ、俺も」と拓人はいたずらっぽい笑みを浮かべた。 

「秋実」


「え? ……えへへ」

「あーきーみ」

「えへ、えへへへへ」


 こうして私たちは、名前で呼び合う仲となった。




 むむ、終わってしまったではないか。いざ話してみると、なんて普通なお話なのだろう。


 ああ、薄っぺらい、薄っぺらい。こんな薄っぺらい恋人同士なら、破局のときも何気なく訪れてしまうのだろう。


 と、そんなふうに達観しつつも、この話をしている途中、私は何度も涙ぐんでしまい、ヘッドフォン越しに野波さんから注意されてしまった。ああ、こんなに仲がよかった時代もあったなあって考えると、どうしようもなく泣けてくる。


 なぜなら、その何気ない破局の危機に、実際に直面してしまっているからである。


 新レギュラー番組が決まったあの日、野波さんとの電話を終えてから、私はすぐに拓人を帰らせた。彼は何かを言いたげにしていたが、結局は私の言葉に従った。


 驚きなのは、それ以来、拓人が何もアクションを起こさないということだ。言い訳なりなんなりをメールや電話でまくし立ててくるほうが、よっぽどオッズが高かったので、私は狼狽を通り越して激しく焦燥した。


 どうしよう。このままでは、本気で別れることになってしまう。別れるぐらいなら、結婚なんてできなくてもかまわないのに。


 こうなったら、こちらから謝るか。いや、それだと結局いつものパターンだ。何も進展しない。いやいや! もう進展しなくてもいいからもとの鞘に納まりたい。ああ、でも――。


 なんて状況なのだから、残り三回の生放送中も、野波さんに再三に渡って注意されてしまうだろう。番組終了前に破局が訪れてしまう可能性も、ないとはいえない。


 最後に、世の女性たちに忠告しておこう。


 逆プロポーズだけは、絶対にしちゃ駄目だ。



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