第四章 抗争 (6)
「ん?」電話が済んだのに気がついたらしく、拓人は漫画を置いて上半身を起こした。
「どうしたの? 新しい仕事が決まったんじゃないの? その割にはやけに……不機嫌そうだね」
私は返事をせず、拓人の隣に腰を下ろした。
「秋実?」
「仕事、決まるかもしれない」私は素っ気なく言った。
「〈柿沼いさおのスーパースロウライフ〉。けっこう有名な番組で、その番組のアシスタントとして私を推薦してくれるんだって」
「おお! 知ってる、知ってる!」拓人はぽんと手を叩いた。
「職場で、部長がよく聞いてるよ。へー、あれに秋実が出るのかー。すごいじゃん」
「うん、まあそれは光栄なんだけどね」
「ん?」
私は真っ直ぐに拓人を見つめた。拓人も不思議そうに私を見つめている。そのまま、しばしのときが流れる。
私の言わんとすることを読みとってほしい。私から言わせないでほしい。いつだってそうじゃないか。いつも私ばっかり。確かに、昔は男勝りな性格だったけど、本当は誰よりも女々しい奴なんだ、私は。
優しい拓人は好きだけど、罰ゲームでの私の告白を受けたときみたいに、堂々とした拓人をもう一度見てみたい。
先に目をそらしたのは、やはり拓人だった。彼は茶化すように笑いながらこう言った。
「引き受ければいいじゃん。別に問題はないでしょ」
「引き受けるよ。引き受けるけど……」私は溜息をつきかけるが、そこをぐっとこらえて続けた。
「新しい仕事のオファーが、もしこなかったとしたらどうするの。私、ただのフリーターに逆戻りだよ」
「なかったらって……あるんだし」
拓人は頭をぽりぽりとかきながら、言葉を濁した。その態度に、いよいよ私はしびれをきらす。
「拓人。私たちの将来について、どう考えてるの?」
「将来について?」
拓人はごくりとつばを呑み込んだ。彼しか使わない灰皿に、ちょんちょんと煙草の灰を落とす。かと思いきや、そのまま火を揉み消すのだった。
「そう」と頷くはいいが、私は早くも前言撤回したくなっていた。
言ってしまった。ついに口にだしてしまった。もう二度と今までの関係には戻れないかもしれないのに。
あまりの恐怖に、泣きだしそうになってしまう。自分で訊ねておいて、拓人の返答を聞くのが怖くて仕方がない。
もう、最後まで言ってしまおうか。プロポーズまでしてしまったほうが、あれこれと悩まなくて済むような気がするし、恐怖心も紛れるような気がする。
えーい、やけくそだ!
「ねえ、拓人。私と……」
「ちょっと待った!」
私はぴたっと言葉をとめた。目を丸めて拓人を見ると、彼は私に手の平を向けていた。
「は、はい?」
「一つだけ言っておく」体勢を変えずに、拓人は続ける。
「新しい仕事、引き受けてくれ。俺たちの将来については、そのあとでゆっくり話そう」
「は?」私は眉をひそめた。
「あ、あとでって……帯番組の仕事が始まっちゃったら、ゆっくりできないし」
「でも、待って」有無を言わさぬ拓人の口調。顔も真剣そのものだ。
「そういう話は、まだできない。ちょっと事情があってさ」
私は、ウエスタンラリアットをもろに食らったかのような、重く深いショックを覚えた。
事情!? 事情って何よ!
嘘だ。そんなの嘘に決まってる。拓人は、私たちのこれからについて、これっぽっちも考えていない。今までと同じなんだ。ああだこうだとはぐらかして、問題を先送りにしたいだけなんだ。
「秋実?」
不安げな拓人の呼びかけを無視し、私はケータイの画面を開いた。
「ああ、あきちゃん。意外と早かったねえ」
「お手数かけました。あのう、お仕事、是非やらせてください」
「うん、分かったあ。ところで……」野波さんは少しだけ言いよどんだ。
「なんかあきちゃん、えらく鼻声になってるけど、風邪でも引いた?」
ああ、またしても泣いてしまっている。
第四章 抗争 完




