東京 3
先生は、野崎綾の失踪は簡単ではないだろうと言った。
どこまででも追跡がかかるし見つかるまで、死体があがるまで、父上や警察も探し続けるだろうと。ただ逃げるだけでは見つからないと限らないので危険度が高い。
でも、似たような背丈の似たような子と入れ替わるのなら、そしてその名も無い娘の失踪なら、誰が気に留めるだろうか。
先生は言った。
「たとえ私が失踪したとしても誰も気に留めない。近しい身内は既にいないのできっと誰も探さないだろう。とはいえ私は年齢的にも外見的にもあなたの身代わりにはなれないのだから似たような年頃の協力者を探し、身代わりになってこの家で暮らし、時期が来たら嫁にいってもらわなければならない。そんな事に協力してくれる娘を探すことが一番の難題だろう」と。
私がこの家から逃れるためには、誰か身代わりを作るしかないのだ。
私達はこの計画に夢中になった。
私は先生に言った。
この計画がなければ私はきっと死を選んでいただろう。
生きる甲斐なんて今まで一度も感じたことはない。
明日を待ちわびたこともない。
明日なんて来なくていいと思って眠る日々だったのに。
母のように、ということは先生には言わなかった。
母は散々父にいたぶられ、自ら死を選んだのだ。
一連の行為についてはうっすらだが消せない記憶が今も残っている。
何も出来ずにただ見ていた幼い頃の記憶。
私にとって、父や兄がこの屋敷から東京の屋敷に住まいを移したことで状況は随分ましになっていた。
父は母が死んだあとはほぼここに寄り付かなかった。
父そっくりの兄は父の真似をした。
誰も止めるものはいなかった。
ずっと生きるということの意味がわからなかった。
嫁にいっても父が、兄が、夫に変わるだけではないか。
今でも父や兄の声を聞くと震えがとまらなくなる。
どこかに嫁に行くということはその対象がただ増えるだけのことだ。




