初対面なはずの美形公爵さまに「結婚してくれないと死ぬ」と泣きつかれているのですが
「君が、俺と結婚してくれないと、死ぬ」
「おおおおおおお戯れを、公爵様……!」
私は必死に笑顔を貫いて、何とかそれだけを絞り出した。
これがいつもしょうもないジョークを仕掛けてくる兄ならば、必殺の踵落としをお見舞いしているところだ。ああ、権力が憎い。所詮私はしがない子爵家の末っ子。
このうら若き乙女たる私のドレスの裾にすがりついて離れない、びっくりするぐらい美しい公爵閣下を振り切って逃げることが許されない身。ああ、権力くそくらえ。来世は乱世で男に生まれ変わって、実力で出世してやる。
「おおおおお手をお放しくださいませ……!」
お、が多いのは自覚している。だって母音は発音しやすいんだもの。
初めての王都、初めての夜会。
会場に到着・主催者に挨拶・同行者の兄と一曲踊る、その後知り合いに挨拶に向かった兄と離れた途端、カーテンの裏に引きずり込まれるとは誰も思わないでしょう!?
計画犯罪! 婦女暴行!! ヤられる前にヤる!! この場合、どんな字が充てられるかで人柄が出ちゃうトコですので、皆様お気をつけあそばせ。……ワタクシ? そりゃあ勿論、殺一択!!!
田舎モンなめんな! と内心高笑いしつつ振り向けば、ドレスに縋る御仁。
田舎モンの私でもさすがに知ってる、超絶美形の公爵様。
ていうか、国王陛下の甥。
「あの、公爵様……!」
"Your Grace"だなんて生涯一度も口にないだろうと思っていた、「淑女の嗜み読本」に書かれていた言葉をこれほど切羽詰まった気持ちで口にすることになろうとは。もっとロマンチックな場面がよかった。
ぐずぐず泣いていても美形は美形。美形って得。来世は美形の英雄になりたい。
「すまない……つい、君を見ると気が急いてしまって……本当にすまない、ミーシャ」
「初対面でいきなり名前を呼び捨てって都会の流儀なんですか……?」
さすがに公爵様でも失礼じゃない? 私、花も恥じらう今年デビューの乙女なんですけど?? という気持ちを込めて言うと、公爵様はハッとして申し訳なさそうにドレスからようやく、よ・う・や・く、手を離して正式な礼をしてくれた。
いや私子爵令嬢なので、私の方が礼をすべきなのですが。
「……君は半年後に死ぬ」
「え、予告殺人!?」
ゾッとして言うと、公爵様は慌てて否定する。
「まさか! 愛する君を俺が殺す筈がないだろう!! ……いや、俺の代わりに殺されるのだから、俺が殺したようなものか……」
ちっとも分からん。殺人予告だけが来た。
またさめざめと泣き出した公爵様の横にしゃがみ込んで、私は溜息をつく。意味が分からないけれど、このまま放っておくことも憚られる。
だってこの人、国王の甥。夜会には他国の来賓とかも大勢来てるし、コクサイモンダイ? とかになったら私の寝覚めが悪いし。
「……ええと、もう少し順を追って説明してくれません? 少なくとも、私が死ぬ……ああ、イチイチ泣かないでくださいませ! その、えーあー期限? まであと半年あるようですし、話を聞く時間ぐらいは、ありますわ」
そうして瞼を赤く腫らしてもなお、とびきり美しい公爵様から告げられたのは、驚くべき話だった。
なんと彼は、もう何度もこの人生を繰り返していて、何度も私に出会い、毎回互いに一目で恋に落ち、やがて毎回私がある事件で彼を庇って命を落とすという運命にある、という、
与太話。
「……残念ですが閣下、お疲れのようですわ……」
私が眉間に指をあててそう言うと、彼はまたワッと泣き出した。ええい、いい加減鬱陶しい。いい年した男が泣くな! むしろ私が泣きたい!!
「君は驚くほど前向きだから、そんな運命を告げられようと信じてはくれないんだ……! このひとつ前の生でも、かかって来いとばかりにあの日を迎えて……やはり君は俺の腕の中で絶命した」
……妄想が過ぎる。
美形でも無罪に出来る範囲も限られているだろう。子爵家の私ごときが訴えても意味はないかもしれないけど、国際的なスキャンダルになる前に閣下には、どこか遠くで静養(という名の監禁)などの措置が必要かもしれない……と私が真剣に悩んでいる、と。
公爵様は私の顔を見つめてそっと呟いた。
「……負けず嫌いのミーシャ、君は何度でも同じ過ちをおかす」
……へぇ?
びき、と私の中の何かが音をたてた。
何か分からないけれど、この尊い方は初対面の私を最上級に煽ってくださいましたわ。
ええ、まるで、何度も同じ失敗をするおバカさんだと。
言った。
言ったなこの泣き虫!!
「……私のことをよく知りもせずに決めつけるのはいかがなものかと」
「では俺と一緒に、君が死なずに済む方法を考えてくれるか」
素早く返されて、私は更に素早く返す。
「それが、私が過ちをおかさない、という証明になるのでしたら喜んで!!!」
かかって来い!!!
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高らかに宣言した私は、まだ知らない。
「結婚してくれないと死ぬ」と言ったくせに、公爵様と結婚した所為で死ぬような危険な羽目に陥ることを。
彼が本当に私のことを愛していて、何度もこの人生を本当に繰り返していたことを。
そして何度も繰り返した結果、最速で私に事情を把握させる為にあのように、誰よりもよく知る「初対面の私」を煽ったことを。
美形死すべし!!
その前に、半年後私が何としても生き残る!!!
来世はお預けよ、まずは今世で、その形のいい頭に拳骨をお見舞いしてやるわ!