だから、彼はそのリボンを捨てられない。
「これは一番のお気に入りなの!」
彼女は溌剌とした笑顔でそう言った。
「これを結っておうちに帰るとね、ママがわたしの一番好きなケーキを焼いてくれているし、いつもわたしに吠えてくる角のおうちのコワーイ犬も、ぐぅぐぅ寝ているのよ!」
自信満々にぎゅっと拳を握って力説する小さな少女。
おひさまみたいな金の髪と、明るい茶色の瞳。陽に焼けた健康的な頬にはそばかすが散っていて、幼い自分はよくそれを揶揄っていた。
やがて自分が故郷を旅立つ日、見送りに来てくれた彼女は大切にしていたそれを自分の腕に結んでくれた。
「……お守りだよ。大丈夫、これがあれば必ず、帰って来れるから」
離れていく指先が僅かに震えていたことに、気づいていたのに掴んでやることが出来なかった。
そのことを後悔するのは数年後のことで、以来ずっと悔やみ続けている。
旅立ったばかりの故郷は、その数日後に大きな自然災害の所為で地図からぽっかりと、消えた。
そんなことも知らずに、あまたの魔物を屠り、ついに魔王まで倒した自分の腕には、あの日彼女に結ばれたリボンがずっとそこに在る。
大丈夫、これがあれば必ず、帰って来れるから。
そう言った彼女の言葉を信じて、今や勇者となった自分は、いつまでの色褪せたリボンに願いを託し続けている。
帰る場所など、もう何処にもないのに。




