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46. エピローグ


「──で、来年の五月だって? 何だかトントン拍子に進んだなあ……」


 久しぶりに帰った実家で、八つ橋を頬張りながら弟の直樹が口にする。どうやら急に史織が京都にいき、そのまま嫁に行くという事に、現実味が無いようだ。……まあ史織も同じようなものだけど……


 母もまた相当驚いていたが、丁度SHAPと握手をしてきたタイミングだった為、暫く夢と現実を行き来しており、質問攻めは免れた。


 麻弥子もまた良縁に恵まれたらしく、お見合い相手と結婚に向けて順調に交際を進めているらしい。



 そうしてこうして、いつの間にやら──

 師走、大晦日である。

 最後だから盆と正月は実家で過ごして来いと朔埜から帰省を勧められた。本当は年末年始、旅館は忙しそうで、手伝うというか、現場を知りたかったのだけれど。

 来年からは帰れないと言われ、頷いた。


 あれから──

 紅葉が盛んな秋から三ヵ月以上が経った。


 京都での生活は目まぐるしい。

 花嫁修行というよりは旅館業の勉強に近いような日々だけど、とても充実していた。

 そしてこの話を決めた時、仕事は退職した。


 休職という言葉が頭を過ったが。戻るつもりは無かった。

 それを意を決して上司に話に行った時、寿退社だと伝えたら喜んでくれた事が意外だった。


 辞めざるを得ない状況を惜しんでくれたのも嬉しく思った。引き継ぎをしながら、自分は京都でやっていけるのか不安で仕方が無かったくらいだ。


「それで朔埜さんて、どんな人? 明後日の新年会に顔を出すんだろ? うちの祖父さんが反応するなんて珍しいからさ。俺も楽しみ」

「……」


 朔埜とは一週間前に先に入籍を済ませてしまった。

 だから直樹が義兄と呼ぶのもおかしくないし、夫を紹介するのも当然だ。


 入籍ついでに四ノ宮家の事情は聞いた。

 けれど家名より、史織には朔埜の方が大事で大好きなのだ。

 だから頬が緩むのは止められない。


「どうって……」



 三ヵ月前……

 京都、四ノ宮家で開催されたパーティーに史織は急遽朔埜のパートナーとして立席する事となった。

 一応千田家の令嬢の端くれ。最低限のマナーは身につけてはいるが、家ではいつも会場の端で壇上を見上げるだけだったものだから、こうして人前に立つのは恐ろしく緊張する……


 しかも和装なんて成人式以来で、着崩れが怖くて仕方ない。そんな隙を見せれば三芳の叱責が飛んでくるだろう事は明白で、史織は必死に笑顔を貼り付けていた。


「……史織さん」


 振り返れば良家の令息然とした昂良が、いつもの笑顔で立っていた。

 身構える史織の肩を抱き、朔埜が笑顔で牽制する。


「ようこそ、こんな遠くの会場をわざわざ選んで貰って嬉しいわ」

「謙遜しないで下さい兄さん。別にこの旅館が交通の便が悪い上に古臭いなんて事はありませんから。ほら、参加客も珍しそうな顔をしているでしょう?」


「……ああ?」

 びきりと朔埜の笑顔にヒビが入る。


「ああ、嫌だ。ちょっと挑発すればすぐ本性を表して。史織さんも兄さんに愛想が尽きたらすぐに僕に相談してくださいね。あくせく働く必要も、有閑に押し潰される事も無くしてあげますから」

 そういうと昂良はすかさず手の甲に唇を触れさせ、朔埜の怒りが届く前にひらりと躱す。


「振られた奴は引っ込んでろ!」

「振られてませんもん、縁が無かっただけです」

「一緒や!」


 ぎゃいぎゃいと騒ぎ出す二人に、けれど不穏なものは感じない。それはきっと昂良の雰囲気が変わったからのように感じる。

 貼り付けた笑顔から垣間見える素の表情からは、憑き物が落ちたような、何かを吹っ切れたような顔をしていた。


「落とし物が見つかったのですか?」

 思わず口にすれば昂良は一瞬驚いた顔をしてから、気まずそうに笑ってみせた。

 ……朔埜も時々見せる、隙のある表情。

「いえ、それはまだ……だけど、もう少し頑張ってみようかなあと思ってね」

 

 あの後、昂良が旅館に来るという噂が聞こえて来たけれど。結局は立ち消えになったらしい。……本人の意思なら間違いは無いと思う。

 今の昂良からは、悩んで間違えても、今度はやり直してでも行きたい道が見えているような、そんな真っ直ぐな決意が感じられたから。史織もほっと息を吐いた。


「誰かを求める前に、自分がなりたい者になるのが先ですよね。結局はそれが、選んで貰える秘訣となる訳ですから」

「そうですかね……?」

 ふふと忍び笑いをする昂良に再び緊張感が込み上げる。すると朔埜の不機嫌な声が落ちてきた。

「おい、もういいやろ。学生は黙って勉強だけしてりゃええんや。未練がましい真似は止めや」

「はいはい、分かったよ。じゃ、またね。史織さん」

「あ、はい……失礼します」


 明るく手を振り背を向ける昂良に頭を下げれば、隣で朔埜が昂良の背を追いかけているのに気付いた。

 その先に二人の父、そして母が昂良を待っている。

 彼らがこちらに向ける眼差しは、険しい。

 兄弟間の隔たりに胸が詰まり、史織はぎゅっと朔埜の手を握った。


 困ったように笑う朔埜と視線が絡む。

「すまんな」

「いえ……」

「家族の事……家の事では、きっと迷惑を掛ける事になると思う」

「はい、望むところです。あなたとなら、乗り越えてみせます」

「……うん」

 いつも強気な朔埜の自信の無さそうな顔。

 腰に添えられた手に自らのものを重ねて、大丈夫だと大好きな人を見上げる。


 この人の言葉で変わりたいと思った。

 努力は楽しいばかりじゃ無かったけれど、成長している自分に満足していた。でも、自分の欲しい未来がどこにあるか分かっていなかった。……だからもしかしたら、一歩違えば自分も昂良のように過去を悔やみ嫌悪していたかもしれない。


 ……でも、


 こうして手を繋いで見る先は、今から満たされている。

「良かった」

「……何が?」


 変わりたいと思った事。

 あなたに会えた事。


「一緒に未来が見れる事」


 そう言って振り仰ぎ、同じように顔を綻ばせた朔埜と一緒に笑う──



「素敵な人よ」


 呆れ顔を返す弟に胸を張る。

 自分もまた同じように誇って貰いたい。その為にできる限りの努力をする。きっと困難も乗り越えてみせる。


 そう頬を緩めていると、玄関からぴんぽんとチャイム音が聞こえた。


「義兄さんじゃない?」

「そうかも!」


 一足先に家族に挨拶に来てくれると言っていた。

 インターホンを除けば朔埜がいる。

 逸る気持ちを抑え鏡を見てから。一番の笑顔で大好きな人を迎えた。


【おしまい】


お読み頂きありがとうございます。

おまけ一本用意しました。お付き合い頂けると嬉しいです。


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