帰還
丘の上から迫る三人の姿を、現地人たちは早々に発見したようだった。
身を寄せるように並んだ列が、震えるように動いている。開拓軍から最も遠い隊列が移動した。三人の修身士からは姿が見えづらくなった。巧妙に高低差を利用して姿を隠蔽していた。
銃槍の刀身を伸ばしても、互いに体を傷つける可能性がない程度まで、距離を開ける。会話がままならないほど離れた為、三人は拡張知覚を起動した。
さ:「作戦があります」
マ:「さすが、さな!」
フ:「早く教えて。現地人はこっちを見つけてるみたい」
さ:「走行状態モードを、脚から車輪に変えます」
フ:「なんで? 砂で滑るんじゃないの?」
さ:「大丈夫だと思います。今はちょうど、砂が湿って土みたいになってるので、ぎりぎりいけると思います」
マ:「わかった! やってみよう!」
さ:「それから、あの丸いの、わかります?」
三人の視界に、マーキングが点滅する。現地人の陣地の真ん中に位置する、平たい半球形の建築物を、赤い円が囲んでいた。
マ:「見えるよ」
フ:「あれがどーしたの?」
さ:「あの建物を一番初めに壊しましょう」
マ:「いいよ! でもなんで?」
フ:「わかった! あれって鉄砲の弾とか入れてあるとこだから! 弾がなくなったら撃ちようがないわけだし」
マ:「そういえば似たようなの、前に島ジャングルで見たよね。頭良いな~! それでいこう!」
フ:「つか、マリなんも考えてなかったんだね、真っ先に飛び込んだくせに」
マ:「守さまに祈ったよ! マリ、祈るの初めてだからムリ目でもいけるかも、と思った」
さ:「初心者なのに、すごくハードル上げますね☆」
フ:「初めてっつって、高額サポお願いすんなよ」
マ:「じゃ、みんな行くよ!」
さ:「了解です!」
フ:「マリが仕切んなよ!」
戦騎の脚が瞬間的に折りたたまれる。複雑に折れ曲がり、円形のタイヤを形成した。急速に車高が下がり、戦騎は地面に落ちる。土塊がタイヤの周辺に飛び散った。
突然、三機の速度が上がった。猛烈な風が吹き付け、三人は思わず顔を覆った。背中の複腕機構に引っ張られ、かろうじて後方に吹き倒されずに済む。機体に沿うように、上半身を伏せた。
散発的に、銃声が聞こえてくる。
銃槍を水平に構え、前方に狙いをつける。目を細めて前方を見ると、拡張知覚によって銃槍の命中予測箇所がマークされた。まだ射程距離外のため、マーキングは警告色(赤)で点滅している。
初めは展示模型のように見えた敵陣が、大きさを増してゆく。初めは少しずつ膨れ上がっていくように見えた景色が、近づくにつれその膨張速度が増していくようだった。
現地人の放つ銃弾が、ときおり地面に穴を穿つ。三人にはもはや銃声を認識する余裕すらなくなっていた。息を詰め、前方に目を凝らす。
銃槍のマーキングの色が変わった。発射スイッチ(引き金)引く。
まばゆい排炎と共に、斥力弾が射出される。光の尾を引き、現地人の間に飛び込んだ。爆音が地面を震動させる。
斥力弾の着弾箇所は狙いのドームから外れていた。騎乗しながら射撃することに慣れていないため、まともに狙いがつかないようだった。次々と起こる爆発に、現地人の一隊はほとんど動揺を見せず、反撃する。攻撃に加わっているのは十数人程度だったが、さらに数人の隊列が加わりつつあった。
瞬く間に三人と現地人の距離が縮まった。
さ:「どうしよう、当たりません!」
フ:「一旦引き返す?」
マ:「もういいよ! 突っ込んじゃえ!」
マリアアリスは戦騎の速度を上げる。でたらめに発砲しながら、まっすぐ敵陣に向かった。現地人の顔が見えるほどに接近した。
マ:「跳ぶよ!」
マリアアリスは素早く車輪を機体に格納した。支えを失った戦騎が宙に浮く。次の瞬間、車輪から脚へ形状を変換し、地面を勢いよく蹴りつけた。
戦騎が高々と舞い上がった。最前列の現地人の頭上を飛び越える。マリアアリスは、息を止めた。眼下の景色が写真のように凍りつく。空を仰ぐ現地人の蒼ざめた顔と、大きく見開いた目が並んでいた。
一呼吸の後、腰の下から突き上げる衝撃に、マリアアリスは顔をしかめる。内臓がしゃくりあげられるように跳ねた気がした。
着地した瞬間、戦騎の四脚が衝撃を吸収しきれず、機体が地面に叩きつけられた。冷感がひやりとマリアアリスのうなじを覆う。戦騎は、多少もたつきながらも、立ち上がった。マリアアリスの鼻孔から、安堵の細いため息が漏れる。間髪をいれず、銃槍の穂先を伸張した。
現地人がぞろりと居並んだ隊列が、くるりと裏返った。ついさっきまで、丘陵の方向へ向いていた現地人たちが、いっせいにマリアアリスのほうへ振り返った。長い銃身が、ためらうように垂直に立った。七色に光る刃を振りかざし、マリアアリスは壁のような隊列に突進した。
火薬が炸裂する銃声と、斥力弾の破裂音が入り乱れ、爆風が荒れ狂った。戦騎を走らせ、動揺する隊列にさなええりなとフィオナナンシーが突っ込んだ。三人は戦騎を縦横に駆け巡らせ、刃を旋回させる。宙に複数の鏡のような半円が輝く。真紅の飛沫が吹き上がり、雨のように地面を濡らした。斬り飛ばされた現地人の残骸が、石ころのように地に落ちた。
現地人は隊列を整え、三人に一斉射撃を加えた。剣戟を免れた現地人も、至近距離から決死の反撃を試みる。
さなええりなは全身を硬直させた。大腿に火がついたような強烈な熱さを覚える。全身を衝撃が走りぬけた。痛みは無かったが、何か肉体にとってまずいことが起こったことは理解できた。短い悲鳴を上げる。さなええりなは、複腕に固定されたまま、コントロールを失った戦騎に振り回された。
マリアアリスの背中を猛烈な打撃が襲う。呼吸もできない苦痛に掴まれ、事態を把握できないまま視界が渦を巻いた。四肢に固いざらついた感触が押し付けられた。状況を把握しかねて、本能的な恐怖に苛まれつつ目を見開くと、焼け焦げた土のような褐色の空が飛び込んできた。窒息寸前の苦しみに駆り立てられ、空気を吸い込もうとするが、体がいうことをきかない。背中で、肉が引き裂かれるかのような痛みが広がった。
フィオナナンシーは視界の端に、戦騎から転落するマリアアリスを見つけた。焦りにとらわれ、がむしゃらに左右をなぎ払う。現地人は素早く逃げ、距離を保ったまま銃撃を繰り返した。つかのま、先日、撃たれて負傷した傷がうずいた。機首を巡らせ、逃げ散る現地人を追いかける。空中を貫くいくつもの至近弾が、フィオナナンシーを擦過した。弾幕をかいくぐり、フィオナナンシーはとっさに逃亡を試みる。次々と銃弾が周囲の地面に長い爪あとを穿つ。恐慌がフィオナナンシーの心を急速に侵食してゆく。
背中をそらし、マリアアリスは土の上でのたうちまわった。生乾きになった砂の臭いが、鼻をついた。霞む瞳に、縦になったドームが映る。悪態をつきながら、無意識に銃槍の切っ先を向けた。穂先を収める。引き金を引いた。銃身の震動と共に、斥力弾が発射された。
弾がドームに吸い込まれる。命中した斥力弾はドームの外壁を貫通した。
轟音と共に、ドームが爆炎を上げた。猛烈な爆風が、周囲の地面を引き剥がし、粉砕して空中に舞い上げる。巨大な砂の王冠が立ち上がり、瞬く間に膨張した。砂の壁が、周辺を席巻し、砂嵐の中に巻き込みながら打ち倒した。地震のように大地がうねり、爆音が空気を揺さぶる様子は、空間そのものに修復不能の亀裂が入ったかのような凄まじさだった。
マリアアリスは、波にもまれる小魚のように滂沱と降り注ぐ砂の洪水の中を翻弄された。両目に強烈な痛みを感じると共に暗闇に閉ざされる。鼻孔から侵入した大量の砂粒に咳き込んだ。苦しい呼吸に喉を鳴らし、マリアアリスはおそるおそる、固く閉ざしたまぶたを開いた。霞む視界に、すすけた朱色が現れた。涙でゆがんだ空だった。
仰向けの体を転がし、四つん這いになった。回転しているかのような感覚に捕らわれている。爆発の衝撃で平衡感覚が異常をきたしていた。体の至るところで燃える痛みを堪え、頭を巡らせる。
もうもうと黒煙を上げるドームの残骸を中心に、箒で掃いたような筋が走っていた。耳鳴りに圧倒され、頭を振った。口の中がじゃりじゃりと音を立てる。唾液と共に砂を吐き出した。
よろめきながら、マリアアリスは立ち上がる。銃槍を探した。
歩いて数歩の距離に、銃槍が転がっている。歩きながら叫んだ。
「さな! フィナ!」
自分の声が聞こえなかった。銃槍を拾い上げる。耳を押さえ、数回声をあげる。耳鳴り以外何の音も伝わってこない。
拡張知覚の通信画面に入力した。
マ:「ねえ! 生きてる? 答えて!」
反応はない。恐怖の色が滲み出た震えるような瞳を、周囲に巡らせた。砂に覆いつくされた空間が空虚にひらけていた。
「ああ……守さま、二人が生きてたらマリはもう命なんかいらないから、お願い、二人を助けて……」
マリアアリスは目を血走らせ、足どりを速めた。
ならしたように平坦になった地面に、虫が這い出るかのような隆起が蠢く。爆風に押し倒されていた現地人だった。マリアアリスは爆発した時、地面に倒れていたために回復が早かったようだった。
マリアアリスを、弾けた弾痕が包囲した。
反撃をしようとマリアアリスはしゃがみこんだ。銃槍を水平に構える。同時に、頭に眼前に閃光が炸裂した。
背後から、数人の現地人が忍び寄っていることにマリアアリスは気付いていなかった。頭に銃床を力任せにたたきつけられた。マリアアリスは半ば意識を失い、崩れ落ちた。その体を小柄な現地人が取り巻いた。長い銃の銃口側を両手で握っている。膨らんだ銃床を棍棒のように振り上げる。
倒れたマリアアリスは現地人たちの冷静な、むしろ悲しそうにすら見える瞳をぼんやりと見上げた。現地人の目が、鋭い光を放つ星々の円環に見える。マリアアリスは自分がすでに死んでいるような気がした。頭上に輝く光点の冠は超常の存在が眼前に到来する兆しのように思えた。かつてない平安な気持ちで、マリアアリスは不可思議な光景と同化してゆくかのように、無心に眼前の光景を見つめた。
夢見心地のマリアアリスは、現地人の囲みがなぎ倒される光景を見た。数条の光芒が空中を駆け抜け、現地人の銀色の髪が光のきれはしとなって飛び散る。消失した頭部の代わりに、真っ赤な柱が立ち上がる。赤い霧に霞む視界を、閃光が真っ黒に染め上げた。
残像をふりはらおうとまぶたを開閉するマリアアリスの体が宙に浮いた。
何かがマリアアリスの胴体を吊り下げていた。とっさにマリアアリスは自分を持ち上げているものにしがみつく。褐色のそれは、TD次元人の腕だった。拡張知覚に文字列が踊った。
?:『一人見つけたぜ!』
マリアアリスを抱えたDT次元人が叫んだ。
「どういうこと?」
マリアアリスは耳から聞こえる自分の声に、我を取り戻した。反射的に身もだえし、腕から逃れようとする。
「離せ!」
?:『おとなしくしろ! おい、こいつ!』
強引に腕を振り払い、マリアアリスは地面に転がり落ちる。
戦場には、開拓軍のDT次元の騎兵たちがなだれ込んでいた。隊列を乱した現地人と入り乱れている。悲鳴と銃声が入り混じる叫喚のただ中で、マリアアリスは迷子のような面持ちで辺りを見回した。双眸が一点に釘付けになった。
「フィナ!」
マリアアリスはうずくまる人影に駆け寄った。黒く土にまみれた藍色の髪の毛は、フィオナナンシーのものだった。フィオナナンシーは頭の片方に手のひらを当て、目を閉じている。
「大丈夫? 怪我してんの?」
驚いたような色を浮かべて、フィオナナンシーの金色の瞳が、マリアアリスを見上げる。
「あ、無事だったのお……?」
「良かった!」
マリアアリスはフィオナナンシーに抱きついた。フィオナナンシーは顔をしかめる。
「痛ったあい……離してよお、ヤリマン」
「なんだよ、もっと喜んでよ、オカマ」
憎まれ口を叩くマリアアリスの目が涙で潤んでいた。フィオナナンシーは舌打ちして顔をそむけた。後悔するように唇を噛む。
「さなは?」
「一緒に探して」
マリアアリスとフィオナナンシーは頭を巡らせる。激しく行き交う人影の向こうに、目を凝らした。
「いた!」
いくぶん離れた場所に、薄く土がかぶさった人の体が見えた。土まみれの金髪がわずかに露になっていた。横たわったまま、身動きする気配はない。
マリアアリスはフィオナナンシーの制止も気に留めず、転がるように走り出す。
「ちょおっとお!」
よたよたとフィオナナンシーはあとを追った。
無防備なマリアアリスへ、現地人が銃を鈍器のように振り立てて飛び掛る。フィオナナンシーはあわてて銃槍で斬り上げた。血煙をくぐりながら、フィオナナンシーは肝を冷やした。
「いいかげんにしろよお、もおお」
マリアアリスは地面に倒れ伏す体に両手をかけ、揺さぶった。砂が滑り落ちる。意識を失ったさなええりなだった。声をかける。
「動ける?」
眉根を寄せ、さなええりなはうめき声を漏らす。
「だれ……?」
「マリだよ。あとフィナもいる」
「はやくう!」
フィオナナンシーの銃槍がめまぐるしく乱舞する。風を切る音が三人の周囲に鳴った。切断された現地人の体が地面に散らばった。
さなええりなはマリアアリスにしがみついた。胸元に顔を押し付ける。
「怖かったよー……」
「大丈夫、大丈夫」
マリアアリスはさなええりなを両腕で抱きしめた。周囲の喧騒を威圧するかのような鋭い眼光を放った。砂丘を走り降りた時の、狂おしげな炎とは違った、まっすぐな明るく強い視線だった。
砂まみれで地面に座り込んでいる三人の修身士はみすぼらしく哀れな有様だった。が、表情はこの上なく明るく輝いている。
三人の目の前に、説教使の姿があった。
説教使は腹部に薄い青の包帯を巻いている。褐色がいくぶん色あせ、白っぽくなっていた。やせて骨ばった顔の黄緑色の双眸から、透明な液体を流している。涙だった。DT次元人は、次元間最適化現象によって、見た目と身体能力は異質だが、おおむね三人としぐさがあらわす意味に大差はなかった。
「よくぞ無事で……」
説教使は最後まで言えずに悶絶する。感情が昂ぶるあまり、腹部の傷に激しい痛みが走ったようだった。包帯を手で押さえ、背中を丸める。三人は説教使に飛びついた。
「センセー、大丈夫……?」
「ムリしないでー!」
「怪我してるのお?」
「これくらい大したことはありません。ですがみんなさんはいかがでしょうか?」
マリアアリスは感極まった様子で、声をあげて泣きだした。さなええりなは唇を震わせ、涙ぐんでいる。二人より若干平静を保っているフィオナナンシーも、説教使の手を握り、はにかむようにうつむいていた。
彼らの周囲を、人垣が取り巻いていた。説教使の背後には司令官が堂々とした態度で、誇らしげな表情すら浮かべて立っている。その周りに兵士たちが密集していた。いずれもものめずらしそうな、嬉しそうな様子だった。
三人の修身士は開拓軍の兵士たちから大喝采を受けていた。
マリアアリスたちが、砂丘の上から開拓軍と現地人の戦闘を発見した時、すでに開拓軍は劣勢に立たされていた。現地人の大軍に用意周到な奇襲を受け、敗走の危機すらあった。
三人が決死の突撃を敢行したことによって、現地人の軍勢は大幅に隊列を乱した。開拓軍はその隙を逃さず、全軍で攻勢に打って出、圧倒的に優勢だった現地人は敗走した。
現地人の大軍が崩壊するきっかけを作った三人の修身士は戦場の兵士たちに手厚く保護され、開拓軍の居住地に運ばれた。そこで、話を聞きつけた説教使と再会を果たしたのだった。
彼らを取り巻く兵士たちは口々に三人を褒め称えている。
?:『こいつらのおかげでおれたち助かったな』
?:『主人の指示だけを頼りに、実に見事な戦闘だった』
?:『育てたパンフィロロドリゴ使はたいしたものだ』
?:『司令官直々に訓練を授けたとも聞く。まさに英才教育の賜物だろう』
?:『HF次元人がこれほど強力な戦力になるとは予想外だったな。もうAO次元は制したようなものだ』
?:『全く、修身士さまさまだな』
一度、砂漠に置き去りにされながら、開拓軍の窮地を救った三人の修身士は、あくまでDT次元人に忠実で、かつAO次元人との戦争において有能な尖兵となり得る頼もしい存在と称揚されていた。
三人の修身士はまんざらでもない様子だった。おびただしい開拓軍兵士から手放しの賛辞を受け、三人に対する扱いは、以前と比べて極めて丁重かつ友好的になっていた。
修身士が開拓軍の破滅を回避したことにより、兵士たちの説教使への態度も、邪険なものから礼儀正しく改まっていた。
説教使の背後に陣取っていた司令官がにこやかな表情で、親しげに話しかけてきた。
「このたびは大手柄だった。お前たちの献身的な行動に感謝の意を表するぞ」
「あ、えーと」
マリアアリスは涙を浮かべた瞳で、戸惑ったように司令官を見上げる。フィオナナンシーがそつなく答えた。
「恐れ入りますう。お役に立てて光栄でえす」
にっこりと微笑んだ。さなええりなと、マリアアリスも無言で満面に笑顔を浮かべる。
フ:「こいつ、フィナたち置いてきぼりにしたくせによく言うよ」
マ:「別にこいつ助けようとか思ってねーし」
さ:「この人、完全に勘違いしてますね」
教:「いきさつは後ほどくわしくお話します」
説教使は、司令官に話しかけた。
「修身士たちは疲れきっているようです。ひとまず休息を与えていただきたい」
司令官は鷹揚にうなずいた。
「よかろう。またほどなく忙しくなるだろうが、今日はゆっくり休むといい」
「ありがとうございます」
口々に挨拶する兵士たちに見送られ、説教使と三人の修身士はその場を離れた。集まっていた群衆の興奮も次第に醒めてゆく。司令官の指示に従い、現地人との戦闘で破損した建築物などの後始末に従事した。
開拓軍の根拠地は、ジャングルを解体して得られた樹木を使用した背の低い建物がまばらに立つ、貧相な集落だった。その中でも、河岸に近い湿気の多い場所に、粗末なあばら家があった。
その河岸は、開拓地の中でも下流にあり、よどんだ水の流れが放つ腐敗臭がたちこめていた。ぬかるんだ地面に、黒ずんだ漂着物の切れ端が落ちている。捨てられたような建物に、説教使は三人の修身士を案内した。
薄暗い建物の奥には、やせ細ったDT次元人が座っていた。説教使と同じような質素な服装をしており、黄土色の皮膚がたるんでいた。
虚ろな目付きで、説教使と三人の弟子を見る。説教使はうやうやしくDT次元人に声をかけた。
「師よ。わたくしの修身士でございます」
師と呼ばれたDT次元人はわずかにうなずいたようだった。
異様な雰囲気に、三人の修身士は気圧されたように立ち尽くす。説教使は穏やかな声を三人にかけた。
「わたしの恩師、フベナルルイス使です。この方のご指導によって、信心の道へと進んだのですよ」
三人は怪訝な面持ちでフベナルルイス使へ挨拶する。
「お初にお目にかかりますう。フィオナナンシーでえす」
「マリアアリスです」
「さなええりなです。よろしくお願いします」
フベナルルイス使は、突如として眼光を炯々と輝かせ、三人に視線を向けた。不明瞭な言葉が漏れる。
「己に業あらば、告白するが良い」
脅えた表情を浮かべる三人に、フベナルルイス使は、背後から長い板を取り出した。柱で背比べした後のように、傷が刻み込まれている。板を三人の前に放り出し、ぞんざいに指差した。
「言葉にできぬ業苦は、そこにしるしを刻むがいい。その清なる木がすべての悪をおまえたちから吸い取り、おまえたちは全ての罪業を守から許されるだろう」
きょとんと三人はフベナルルイス使と、板を見た。ディメンズ校では聞いた事のない奇妙な儀式だった。本来の告白では、説教使は個人を特定できないように間仕切りを施した小部屋で、告白を聞き、共に祈るという段取りを行う。然る後、償いにふさわしい行為を行い、罪業は許されるのだった。
「無ければ、行け」
戸惑う三人から、フベナルルイス使は興味を失ったように目をそらした。遠くを眺めるような顔付きを虚空に向けた。
三人の背後から、説教使が静かに声をかける。
「では、わたしたちはそろそろおいとまいたしましょう」
三人は安堵したようにうなずいた。説教使はフベナルルイス使に丁重に一礼する。
「失礼いたします」
説教使を一瞥すらせず、フベナルルイス使は無言だった。説教使と三人の修身士はそそくさとその場を離れる。説教使の住む建物へと向かう。
説教使が、開拓軍によって貸与されているという建物は、真新しいが、質素な建築物だった。周囲の環境はフベナルルイス使の住む土地と同じく湿気が多く、油染みた光を反射する甲虫が姿を見せる不快な場所だった。
建物に入るなり、説教使は三人に深々と頭を下げた。
「このたびは申し訳ありませんでしーた。みんなさんを置いて逃げてしまい、お詫びのしようもありませーん。気の済むように、好きにしていただいても構いませーん」
三人は仰天して、説教使の謝罪を止めようとする。
「そんな、別に気にしてないよ」
「ぜんぜん平気だからー!」
「いまさら、謝んなくてもいいよお」
説教使は事情を説明した。
現地人の居留地を占拠したものの、反撃を懸念した司令官は、充分な食料を入手したこともあり、第一陣開拓軍の居留地まで強行しようと計画した。その際、三人の修身士には現地人の反撃をひきつける囮として放置したとのことだった。
重傷のため体が動かない説教使も、DT次元人であることから強引に連行された。開拓軍にはすでに第一陣開拓軍を率いる総督と司令官、さらに彼らを精神的に補佐し、かつ中央者(王)のお目付け役でもある説教使、フベナルルイス使が存在するはずだった。それら既存の権力者の指揮下におめおめと入りたくない司令官は、対抗できる地位のものが一人でも多く必要だったらしい。
元々優秀な指揮官で、本国での家柄もそこそこの格式を持っている第三陣開拓軍の司令官は、開拓地で歓迎された。第一陣開拓軍の指導者たちは、現地人との戦闘、開拓地の劣悪な環境、指導者間の権力争いで死亡、あるいはフベナルルイス使のように失脚しており、適切な指導者が待たれていたからだった。
生存していた第一陣開拓軍の総督を差し置いて、司令官は開拓地の指導者の座に着くこととなった。第三陣開拓軍の総督は、初日の奇襲で死亡しているとの情報が、兵士からもたらされた。
現状、司令官はAO次元で開拓軍を率いる第一人者となった。
「さっきの人さ、センセーのセンセーってわけ?」
マリアアリスが訊ねた。説教使はうなずく。
「そうでーす。わたしは、もともと兵士をやっていたのですが、師の話を聞き、説教使を目指そうと決意したのでーす」
「なんで兵士やめたの?」
説教使は、一瞬考えるように口を閉ざした。遠慮がちに言う。
「殺すのに疲れたのでーす」
三人の修身士はぎくりと口を閉ざした。見知らぬ土地で取り残された窮地を脱し、今、説教使と再会できるまでに運命を切り開いた戦闘であったが、一方で相当数の現地人の命を奪っていることは理解していた。忘れていた都合の悪い事実を不意に思い出した三人は、分厚いカーテンに覆われた部屋のように、つかのま暗澹とした気分に陥った。
さなええりながとりなすように言う。
「よかったねー、久しぶりの再会って、嬉しいと思うー!」
「そうでーす。わたしはとても喜びましーたよ」
「きっとえらい人なんですよねえ。あの板になんかするのってえ、新しいしい」
説教使は空々しい笑い声をたてた。
説教使が開拓地で再会した時、すでにフベナルルイス使は精神を失調していた。外次元開拓に伴う現地人への迫害を抑制する為、開拓軍に同行したフベナルルイス使だったが、苛酷な自然環境、現地人との熾烈な戦い、開拓軍の凄惨な暴力によって極度に心身を消耗させ、ほどなく精神的に破綻をきたしたらしいとの話を聞いていた。
“守”という自我を超越する上位存在を想定することで、常に教義に照らして内省と自戒を求め続けるDT次元の信仰にとって、背負った罪業に関する精神的な負荷をもたらす贖宥を行うことなく、赦しが得られることは紛れもない堕落だった。みずからの罪業を口に上せることさえなしに、流木まがいの材木に引っかき傷をつけることを償いとし、守の許しを得るという占いじみた儀式は形骸化の極致であり、かつて守の名の下に行われる悪徳を鋭く糾弾したフベナルルイス使が忌避していた信仰の荒廃だった。
しかし、師を責める気は説教使には湧いてこなかった。むしろ共感すら抱いていた。しばらく以前から、守が人に与えようとしているのは何なのか、という疑問が頭にこびりついていた。
説教使のかもし出す重苦しい雰囲気を敏感に察知した三人は、とっさに話題を変えた。
「そう言えば、お腹すいたー!」
「ほとんど寝てないし、超々々々々(ファイナル)ぼろぼろだよ」
「もおお、かあなり疲れたよねえ」
「おお、気がつかなくて申し訳なかったね」
説教使はいそいそと立ち上がろうとする。三人はあわてて説教使をおしとどめ、部屋の中をかいがいしく行き来した。
ほどなく、空腹を満たした三人は、親猫にまとわりつく子猫のように、深い眠りに落ちた。
「突撃!」
司令官の鋭い指示と同時に、三人の修身士は猟犬のように飛び出した。最前列の兵隊を追い越し、開拓軍の先頭に立つ。兵士たちの歓声が、彼女たちの背後から沸き立った。
夜明け直後の空が鉄錆び色に濁っていた。三人は司令官引きいる現地人追討の軍勢に参加していた。
三人の修身士は戦騎にまたがり、銃槍を振りたてて現地人の横隊に殺到する。
まばらな反撃を尻目に、マリアアリスは無造作に敵陣へ突入した。銃槍の穂先が左右に閃き、現地人が恨みがましい悲鳴と共に地面に倒れ伏す。
反抗する現地人の数は少なく、真っ先に突入したマリアアリスたちへの攻撃は散発的で統制の取れていない、威力の弱いものだった。
さなええりな、フィオナナンシーも悠然と現地人を追い散らす。徒歩の現地人に比べて、戦騎を使用し、長柄で長大な刃を持つDT次元の武装は、中、近距離においては圧倒的な優位に立つ。特にそれは追撃において顕著だった。
背後の司令官の様子を、三人はうかがった。
司令官は厳しい面持ちで、銃剣を振り下ろしている。追撃を要請しているようだった。
「行こ」
マリアアリスは戦騎の速度を上げた。二人はその左右に従う。司令官の訓練によって、戦闘時の指揮権はマリアアリスが持つことに決められていた。
三人は、背中を見せて逃走する現地人を追った。
現地人の大軍との対峙、劇的な勝利と三人の修身士の帰還から、一夜が明けた。
敵勢力が大きく減退したこの機会を捉え、開拓地の周囲に潜んだ現地人を一網打尽に壊滅させるという司令官の計画に、三人の修身士は参加させられている。HF次元人の意外な戦闘力の高さを見込まれてのことだった。
三人は司令官に対して内心不信と不快感を抱きつつも、おとなしく命令に従った。現状、開拓軍の最高権力者である司令官の命令は、たとえ説教使も拒否できないようだった。説教使の苦衷を察し、三人は戦闘時には司令官直接の指揮下に入ることをこころよく承諾した。
昨日の昼間に斥候が把握した、周囲に存在する現地人の集落を一つ一つつぶしてゆく。現地人の抵抗は微弱なものだった。すでに昨日の激戦で、兵士の大半を失っているようだった。非戦闘員と思しき、矮躯の現地人が多数見られた。比較的体の大きな現地人が、体の小さい者をかばうようにして逃げてゆく。
三人の修身士は、島ジャングルから這い出る現地人たちの進行方向へ回り込んだ。七色の光が渦巻く長い刀身を目の当たりにした現地人は、諦念と恐怖の故か、抵抗をあきらめ、その場に力なく座り込む。
抵抗の意志を失った現地人の周囲を、三人は取り囲んだ。武器を構え、威嚇しつつ後続の兵士が到着するまで待った。
すぐさま司令官が兵隊を引き連れてやってきた。三人を追い払うように言った。
「なにぼんやりしてる! 逃げる現地人は全て討て!」
反抗的な目付きで司令官を一瞥すると、マリアアリスは戦騎の機首を巡らせ、走り始める。さなええりなとフィオナナンシーが後を追った。
マ:「センセーにカンケーなかったらこんなやつの言う事なんか聞かないのにさ。自己中オヤジ!」
フ:「どうでもいいよ。ほっとこうぜ。言われたことだけやってりゃ良いんでしょ?」
さ:「あんまり気が進みませんけどね」
マ:「そーだよ。もうなんか飽きちゃっていやになった」
フ:「そう? もう慣れちゃったよ。疲れてるんじゃない」
さ:「いまだにちょっと慣れない部分があります☆」
マ:「あ~あ! やっぱ疲れてるのかな」
さ:「今日中に攻撃を仕掛ける予定の、現地人集落って、十箇所以上ありましたよね。日が沈むまでに終わるんでしょうか……?」
マ:「もう、かったる~い。司令官いっつも、やたらせかせかしててうっとうしいわ~」
フ:「ま、開拓軍の指導者になっちゃったから。こんな状況じゃのんびりってワケにも行かなくない? ちょっとでも油断したらすぐ死んじゃうような世界なんだから」
マ:「それこそ、どうでもいいよ。なんかすっとこない」
さ:「必要、というのは確かにわかるんですけどねっ……!」
フ:「とにかくフィナたちがやんないと、センセーにも悪いでしょ」
マ:「どうなんだろ。センセーはマリたちにどうして欲しいのかな」
さ:「立派な修身士になって欲しいんじゃないですか」
マ:「でも、もう夏休み終わったら、これも終わりでしょ」
フ:「先の話じゃね? とにかく目先のことをなんとかしないと」
三人は逃げ散る現地人に追いつき、次々と銃槍で突き倒していった。義務的なマリアアリスとさなええりなとは対照的に、フィオナナンシーの動きはひときわ生彩を放つ活躍ぶりだった。
司令官の指示では、逃げないようにできればよいので、身動きがままならなくなる程度の重傷を与えるだけで良しとした。
白い砂に赤い染みをなすりつけながら這いずる現地人を、炎天下に置き去りにする。半死半生の身体は、あとから司令官と共にやってくる兵士が回収した。死体はその場に捨て置かれた。
マ:「そーだよね。確かに今やんなきゃってことはある。あるんだけど……」
さ:「どうかしましたか?」
マ:「不安。本当に大事なことを忘れてるような気がする」
フ:「大事なことって?」
マ:「……わかんない。でもきっとあるんだよ、どっかに」
さ:「なんとなくわかる気がします。その、わからない、というところも含めて」
フ:「どうも、マリとさなにはついていけない。完全に電波トークじゃね? だいたいマリはどーしちゃったの? バカのクセに、気の効いたこと言えるんだね。フィナには全くわからないよ」
マ:「バカだから、ちょっとじっくり考えたいよね。きちんと考えないとわかんない気がするし」
フ:「要するに、今の仕事が、楽しくないってことでしょ?……フィナはむしろ楽しくやってるけどね。要は、慣れじゃね?」
さ:「さなは、楽しくはなりそうにないです、多分」
マ:「マリはそこんとこもよくわかんない。そもそも、楽しい楽しくないってなる理由もわかんない」
フ:「大丈夫? だいぶ疲れてるんじゃない」
マ:「かも知んない」
さ:「休み欲しいですね。一学期ほとんど休んでましたけど、また休みが欲しいです」
フ:「さなは今はがんばって体力をつけたら?」
マ:「休みグセをまず治したほうがいいよね」
さ:「お二人からの優しさも欲しいです……」
追い立てられるように、三人は次々と現地人の集落を巡ったが、半分ほどがすでにもぬけのからだった。
最後の集落も、現地人の姿はひとりもなかった。
司令官は信じられないとでも言った様子で、何度も首をひねっていた。不機嫌そうに言った。
「斥候の奴ら、偵察中に現地人に気付かれたんじゃなかろうな? それとも、現地人どもは河岸の土地をあきらめたのか?」
開拓軍が駐屯している大河沿いにある土地は、広大な砂漠の中に希少な、肥沃な広い平地だった。
もともと現地人が小規模の都市を作っている中心的な場所であった。島嶼状のジャングルとは異なり、そこに繁茂する植物は容易に食用にでき、飲料水にもことかかない。現地人はもともと開拓軍に対しては非常に友好的で、食料や居住地、案内など援助を惜しまなかった。しかし、第一陣開拓軍は現地人の行為につけこみ、巧妙に土地へ入り込んだ上で、居住していた現地人の指導者を不意打ちで殺害、生存者を奴隷として捕獲した。
それ以来、現地人は、不倶戴天の敵へと変貌した。絶え間ない戦争を開拓軍に挑み、徐々に破滅に追い込んでいたのだった。
今回の大規模な戦闘で得た勝利をどれだけ有効に活用できるかによって、開拓軍の未来は変わるはずだった。
司令官は表情を不審で曇らせながら、兵を率いて帰途に着いた。彼らの背後には、おびただしい数の捕虜が数珠繋ぎに付き従っていた。三人の修身士たちが追い立て、集落から飛び出したところを捕獲された捕虜たちだった。その大半は体格が小さく、おそらく女性と子供のようだった。兵士たちは大戦果に浮かれていたのか、ときおり、軽口を叩き、笑い声を上げていた。司令官は特にとがめるでもなく、無言で戦騎にまたがっていた。




