6歳 10
一瞬だった。
気付くと俺は『人属領』『ディナステーア王国』『城下街』『ディナステーア』にある、従姉の家、『アロサール家』の『道場』前にいた。
白い石が敷き詰められた道。
その上で、四つん這いの姿勢で呆然とする。
隣ではサティスが丸まって泣き続けている。
不意に、『道場』扉が開いた。
「おや?もうそんな季節だったかな?」
道場の中から出てきた、槍を右手に持ち、左手でタオルを使って、首の汗を拭く少女。
頭の上から肩下まで落ちる青のインナーカラーが映える栗色のポニーテール。
整った相貌に収まる、切れ長の透き通った赤みの強い橙色をした二つの瞳。
背が伸び、9歳になった彼女は俺の従姉である『セロコルザ・アロサール』だった。
「コルザ・・・」
俺は力なく彼女の名を呼ぶ。
俺たちの様子にコルザが表情を引き締める。
静まった道に、サティスのすすり泣く声が響く。
「・・・どうやら。緊急事態の様だね。母さん!!ちょっと来てくれ!!」
何かあったことを察したのだろう、大きな声で自身の母を呼ぶ。
コルザが身を屈め、俺の傷を心配そうに見ながら泣いてうずくまるサティスを優しく抱きしめる。
コルザが、サティスの背中を優しくさする様子を見ているとほどなくして、入り口からコルザに良く似た、栗色の長いポニーテールの女性。
彼女の母である、『コラソン・アロサール』がやってきた。
「・・・どうしました?」
彼女の、眼鏡をかけた切れ長の瞳が細まった。
俺の近くに来て傷を見つめる彼女はきつそうなイメージとは裏腹に優しい口調だった。
「ボカはいるか?」
俺は、ここに『転移』とやらをさせた母の言葉を思い出す。
母の兄である、『ボカ・アロサール』に助けを求めなければ。
「父さんなら、緊急事態で城に行ったけど」
俺はコルザの腕をつかむ。
早く、助けを!
「うわっ!?なんだい!?そんな必死な顔をして!?」
驚いた顔のコルザに詰め寄る、
「俺をボカの元に連れて行ってくれ!頼む!急いで!!」
必死に言う。
急がなければ、母達が死ぬ。
死んでしまう。
俺の切羽詰まった物言いにコルザが戸惑いながら頷く。
「わっ分かった。なにか事情があるんだろう?僕に任せてくれ」
言って、コルザの瞳が青く輝いた。
「そうだ、確認なんだけど、フェリス。『転移』・・・してきたのかい?」
頷く。
「そうかい、という事はブリランテから教えて貰ったんだね?『空間魔術』について」
コルザが一応の確認を取ってきた。
「いや、緊急事態だったから、『空間魔術』は初めて見た」
「そうか・・・」
コルザが言いながらサティスをコラソンに渡す。
「母さん、ブリランテは約束を破っていきなり『魔術』を教えるような人かい?」
「いえ、ありえませんね。ましてや、兄との約束です。彼女が破るわけがありません」
コラソンがコルザから受け取ったサティスを優しく抱き抱えながら答える。
「うん。そうだよね。僕もおかしいと思う。思っているより事態は深刻かもしれない」
立ち上がり、俺に手を伸ばすコルザ。
「母さん、行ってくるよ」
「はい、分かりました。私は、『道場』内でサティスを見ています。気を付けて行ってきなさい」
「はい。それじゃ、フェリス。行こうか」
俺は頷き、彼女の手を取る。
「『空間魔術』『転移』」
一瞬だった。
気付くと『アロサール家』の上空にいた。
真下で、コルザがサティスを抱えながら道場の中に入っていくのが見えた。
落ちかける浮遊感。
突然足場がなくなった恐怖。
「酔ったらごめんね!『転移』!」
視界が変わる。
10メートル程城に近づいた。
浮かび上がっては落ちる。
船の上で、大波に乗っているような感覚。
それを何回か繰り返し、城門前に辿り着いた。
三半規管がやられたのだろう、気持ち悪い。
「うえっ」
吐き気をこらえる。
「やっぱり酔ったか・・・ごめん。僕はブリランテ程器用に『空間魔術』が使えないんだ」
頬を掻きながら申し訳なさそうに言う。
「だっ大丈夫だ・・・。それよりボカは!?」
今は俺の吐き気など構っていられる時間はない。
飲み込め。
「大丈夫だよ。ちょっと待っててくれ」
「急いでくれ!!」
コルザは俺を落ち着けるように、優しく笑って門番に向かっていった。
慣れた様子で話しかけ、少しだけ会話した後戻ってきた。
「おいで、入場許可を貰えた」
城に入っても良いんだな。
その言葉を聞いて俺は駆け出した。
「あ!待ってよ!!」




