6歳 9
俺はサティスと供に森の奥に来た。
サティスが先に茂みを抜けた。
サティス曰く、この辺りにブリランテたちがいる気がするらしい。
早く会いたい。
「お母様!?」
サティスの驚いた声。
俺も急いで隣に行く。
目を疑った。
激しい戦闘は地形を変えていた。
巨大なクレーター。
無数の穴。
巨大な切り傷が多数。
その中心。
腕を組んで立つ無傷の『魔族』。
『四天王』『第三位』『トゥリア・アサーナトス』。
漆黒の肢体とポニーテール。
鍛え抜かれた体。
彼女の右隣に青いプレートの飾りが柄についた直剣が突き刺さっている。
そんな、彼女の黒い瞳が鋭く見つめる先で。
ブリランテとセドロが膝をついていた。
「母さん!!」
思わず叫んでしまった。
「フェリス!?サティスも!?」
驚いた顔のブリランテ。
「くっ・・・待ってろって言ったじゃねぇか」
苦しそうな顔でこちらを見て、眉をハの字に変える。
悲しそうなセドロ。
「はっ!」
セドロはさらに続けて目を見開いた。
セドロの握る剣の柄につく、『赤』色の宝石。
そこに、どこからか、朱色とこげ茶色の光がやってきて、吸い込まれるように宝石の中に入っていった。
「うっ・・・くそ!ブリランテ!フェリスとサティスだけは!」
悔しそうな悲しそうな。
そんな悲痛な叫び。
「分かってるわ!必ず戻るから、耐えて!」
ブリランテも歯を食い縛って答える。
「いや、一緒に逃げろ!」
ブリランテに詰め寄るセドロ。
強く首を振って否定するブリランテ。
「できるわけないでしょ!?」
叫んで、俺達に向き直るブリランテ。
瞬きすると、目の前にブリランテが現れた。
「・・・え?」
なんだ?
瞬間移動?
ブリランテは俺とサティスを抱えて走り出した。
セドロと『四天王』の女がどんどん遠ざかっていく。
「母さん!!どうなっているんだ!!」
俺は、さっきのは何だったのか問う。
「・・・想像よりも強かったのよ」
しかし、ブリランテはさっきの状況を聞かれたのだと思ったらしい。
それか、話したくないか。
「・・・あいつは何なんだ」
どちらにせよ、先ほどの状況も気になるのは確かだ。
ブリランテの言葉に耳を傾ける。
「『四天王』『第三位』『トゥリア・アサーナトス』。フェリスも『勇者伝説』で読んだことはあるわよね?」
俺は『四天王』の記述を思い出す。
確か、強靭な肉体。
不老不死。
まさしく『無敵』。
「知ってるけど、確か、『ジュビア』が討ち取ったんだよな!?」
『勇者パーティー』の一員。
『無敵』の2つ名を持つ天族の少女。
俺たちが目指す場所。
反対の腕に抱えられていたサティスが、『ジュビア』の名を聞いて悲しそうな顔になる。
「えぇ、そのとおりよ。『『ジュビア・ピントゥーラ』は幾度の敗北を経て『無敵』に至る』有名な一説ね。その、『無敵』に至った際に倒した『四天王』。それが『トゥーリア・アサーナトス』」
「じゃあ、なんでここにいるんだ!」
「それはあいつが『不老不死』だからよ。あの日、確かに討ち取られたわ。でも、彼女は復活した。復活してすぐに姿を消していたのよ」
「じゃあ、なんでそんな危険な奴と戦ってんだよ!早く逃げろよ!」
「あいつが持っていた剣。あれは、あの人・・・フェリスのお父さんのだわ・・・」
俺はハッとする。
まさか、あいつが俺とサティスの父を殺したのか?
「それに、あいつから逃げることは、『プランター村』と『ブランコ村』を捨てるも同然。それはあり得ないわ」
森を駆け抜ける。
そして、『プランター村』に帰り着いた。
「くっ・・・」
ブリランテが村の現状を見て表情を険しくした。
俺は視線をブリランテから『プランター村』に移す。
愕然。
サティスも驚いた顔で口を押えていた。
村は凄惨なありさまと化していた。
崩れ落ちた家たち。
上がる煙。
さっきまでの風景が嘘みたいだ。
俺とサティスはブリランテから降ろされる。
「まだ『魔族』がいるわ、慎重に、私から離れないで」
ブリランテの後ろをついて歩く。
俺もサティスも、しっかりと剣を握っている。
周囲を見渡すと、嫌なものばかりが目に入った。
酷いものだった。
俺たちと大して見た目が変わらない『魔族』の死体。
『自警団』の人たちの死体。
「あ、待って!」
サティスが俺たちを止めた。
指さす先。
「・・・嘘だろ」
崩れ落ちた。
「止まってはいけないわ・・・家まで急ぐのよ」
ブリランテが俺の腕を引っ張って立ち上がらせる。
反対の手は剣を鞘に納めて、サティスの手を引いていた。
目に入った2人の死体。
離れていく死体。
ベンタロンとブリッサだった。
髪は無色となっていたが、間違いない。
ベンタロンがブリッサを庇うように折り重なり、槍で2人ともに貫かれていた。
吐き気がする。
サティスは涙を流し続けていた。
「もう、周りを見てはいけないわ」
ブリランテが唇をかんだ。
それでも、嫌でも目に入る。
『団長』『エスタシオナ―ル』。
彼の妻『ブリマベラール』。
『雑貨屋』『店主』『ベンダバール』。
『鍛冶屋』『鍛冶師』『ブエン』。
知っている顔が何人も息絶えていた。
髪色は変わっていないが、中には五体満足ではない物があった。
耐えきれずに目を瞑った。
ブリランテに手を引かれてたどり着いた我が家。
「ついたわ」
目を開ける。
屋根は吹き飛び、2階は崩壊。
かろうじて1階が残っている。
隣の『道場』は半壊。
出来たばかりだと言うのに。
「ブリランテ、セドロの元に戻ろう。心配だ」
俺はブリランテに提案する。
あの状況で、セドロを1人にしては危険すぎる。
それをブリランテは首を振って拒否した。
「フェリス。あなたはサティスと一緒に逃がすわ」
そう言ってブリランテは俺達に掌を向ける。
「何言ってんだ!?セドロは今も1人で戦っているんだろ!?助けに行かないと!!」
「それは私が行くわ。あなたはサティスと一緒に逃げるの。そして助けを呼んできて頂戴。2人を逃がすので精いっぱいなの」
「逃がすってどうやって!?ここからあっちまで飛べってか!?無理だろ!!早くしないとセドロが死んでしまう!!」
俺が叫ぶと、隣で意気消沈していたサティスが顔を上げる。
「お母様も皆みたいに!?」
「母さん!」
「『空間魔術』 『空間把握』『全』 『空間掌握』」
ブリランテは、俺達の言葉を遮って『魔術』を発動させた。
周囲の空間が青く輝く。
目が開かれる。
今まで見てきた中で一番大きな青いもやの揺らぎ。
『空間魔術』・・・だと?
俺とサティスは柔らかな青い光に包まれる。
本で読んだ。
『絶滅危惧魔術』『空間魔術』。
空間に干渉できる魔術。
今では使用できる人が限られていると言う。
それを母さんが・・・?
「本当はフェリスが『剣舞術』を修めるまで秘密だったんだけどね。もう、なりふり構ってられない。全力を出さないと死ぬわ・・・きっとお兄ちゃんも許してくれる」
言いながら微笑む。
「母さん!!何がどうなっている!!」
「なにこれ!?」
ゆっくりと体が浮き始めた。
暖かい感触が体を包む。
まるで、母の腕の中のように居心地の良い空間。
「フェリス。よく聞いて」
ブリランテは語り始める。
「2人を『ディナスティーア』まで『転移』させるわ。『転移』したらまずお兄ちゃんに助けを頼んで。それから、お世話になる事を頼んで」
助けは分かるが、なんで世話まで?
それじゃあまるでブリランテが・・・。
「どういうことだよ!これから死ぬみたいなこと言うなよ!」
ブリランテは俺の言葉に微笑む。
「頑張るけれど、夫を殺した奴だもの。私達もどうなるか分からないわ」
「まて!じゃあ一緒に行こう!死ぬな!!」
俺は手を伸ばす。
「それは無理よ。だってもう1人、大切な人が戦っているんだもの」
言って俺たちに背を向けるブリランテ。
「あの日、あの人が死んで絶望したとき、隣にいてくれたセドロ。いつだって私の隣にはあの子がいてくれたわ」
ガタンッと音がして何かが入ってきた。
「だから最後まで一緒に居たいのよ」
「最後なんて言うなよ・・・」
何度目かの涙を流す。
「フェリス。『幸せ』をありがとう。私の人生、素敵な思い出で沢山。満足よ。あなたは私達に『幸せ』を届けに来てくれたのかもね!」
「■■■!■■■!!」
家に侵入してきたのは『魔族』が5人。
体の大きなやつが1人と、一般成人男性が4人。
「母さん!!俺はあんたの息子で幸せだ!!まだ全然返せてない!!まだ夢も叶えてない!!セドロと一緒に行く末を見届けてくれよ!!」
視界が青く塗りつぶされていく。
「フェリス!!ずっと見ているわ!!」
ブリランテが剣を抜く。
足を揃えて、剣を横に構える。
始めて見る構え。
「『転移』!」
ブリランテが叫ぶと同時に、青く染まる速度が上がり、どんどん塗りつぶされ、世界が見えなくなっていく。
「サティスと2人、頑張って生きなさい!!」
母の後ろ姿が見えなくなる直前、振り返って満足そうに泣き笑う顔が一瞬見えた。
「愛してる」
それを最後に世界は暖かな青で塗りつぶされた。




