5歳 17
「ここは・・・」
知らない天井だ・・・。
いや、まさか素でこれを思う日が来るとは。
「ベぁでぃず!?」
声が聞こえた方に視線を向ける。
そこには涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたサティスがいた。
サティスはそのまま俺に抱き着く。
「よがっだよぉおっ!ぼうあえないがどおぼったぁあ!!!」
きつく抱きしめられて苦しい。
「ぼういなぐならだいでぁえ!」
もう居なくならないで・・・か。
このサティスの様子に安心したと同時、頬を涙が伝った。
あぁ・・・。
俺はサティスともう2度と会えなくなるかもしれなかったんだ・・・。
怖かった。
正直死んだと思った。
怖かったんだ・・・。
「おれも・・・ごわがっだっ」
そして俺もサティスをきつく抱きしめて大いに泣いた。
心の底から泣くなんていつ以来だろう。
良かった・・・。
良かった・・・。
まだ生きてる・・・。
2人でオイオイと泣いた。
「良かった・・・気を取り戻したんだな」
部屋にセドロが入ってきた。
隣にはブリランテもいた。
「すまなかった。私が居ながら防げなかった。これは私の落ち度だ。本当にすまなかった」
「ぢがうっ・・・ぐずっ・・・わっわたしがっ・・・ひっく・・・わたしがわるいのぉお」
「サティスは悪くない!」
「わだじぃいいいっ!」
2人が永遠謝ってくる。
「セドロ?」
それをブリランテが黙らせる。
「・・・すまん」
ブリランテはこちらを見る。
「体調は大丈夫かしら?」
俺は言われて自分のお腹を見る。
熊に抉られえた事を思い出してぞっとする。
・・・良かった。治っている。
「ふぉっふぉっふぉっ。わしが治したのだから、完璧に治っているはずじゃ」
言いながら部屋に入ってきたのはプランターおじさん。
すごい笑い方は健在である。
「本当にありがとうございました」
「よいよい」
ブリランテの礼に続いて俺も頭を下げて礼をする。
「ありがとうプランターおじさん」
「・・・おぉ、気にするでないわ。以後、気を付けるようにな」
なんだ?今の間は。
「その、頭を下げる癖も前世の名残・・・なのよね?」
ブリランテに言われる。
はっとする。
この世界で頭を下げる事が意味するのは屈服や忠誠だ。
プランターおじさんは変に思ったのだろう。
「そう・・・そうよね。やっぱり今までのもそう・・・」
1人でぶつぶつ言い始めるブリランテ。
「気をつけます」
俺の言葉に反応し、俺の目を糸目で見つめるブリランテ。
「・・・セドロ、サティスを連れて少しこの部屋から出てくれるかしら」
ブリランテがセドロに言うと、セドロは何も言わずに頷いた。
そのまま俺に抱き着きながらズビズビしているサティスを引きはがして連れて行った。
プランターおじさんも空気を読んで、すぐに立ち去り、俺とブリランテの2人が残った。
「・・・どういうつもり?」
俺はブリランテに問う。
こういう時はあまり良い事は無い。
いつもの笑みがブリランテにはないし。
糸目のままではあるが、顔が強張り、こちらを睨んでいるようにも見える。
1年前、俺が『転生者』である事を問い詰めていた時と同じ表情だ。
俺が頭を下げた事がそんなに気に食わなかったのだろうか。
ブリランテは頬に手を添える。
しばしの沈黙。
「・・・やっぱり前世に思い入れがあるのよね?」
ブリランテが口を開いて俺に聞いてきたのはそう言った事だった。
「・・・どうして突然?」
質問の意図がわからず警戒する。
「私はあの日、フェリスは私達の子だから殺さないし殺させないって言ったのは覚えているかしら」
俺は頷く。
以前、コルザの家で俺が『転生者』だと皆にバレてしまった時のことだろう。
・・・なんだ?やっぱなしとか言う気か?
「あれに嘘も偽りもないわ。あの時、私たち家族に害があっても無くても貴方を殺させない覚悟はあったし、今でも貴方を大切に思っている・・・それに変わりはないわ。だって、『フェリス』は私達の大切なこどもなのだから」
表情は強張ったままだが、それは怒りと言うよりは不安にも見えた。
「あの日から貴方は『フェリス』として生きようとしているのが見て取れた」
よく見ている。
まさしくその通りだ。
俺はあの日、この世界ではブリランテ達の息子である『フェリス』として生きる事を決めた。
信じてくれた家族のために、『フェリス』として生きるべきだと思ったからだ。
「それが貴方なりに考えた、私達の家族としての生き方であるならと思って何も言わなかった・・・貴方なりに私たち家族の一員になるべく頑張っているんだと思って」
ブリランテはそこで一度言葉を区切り天井を仰いだ。
「でも・・・駄目ね。貴方が頑張っているのは伝わってきているけれど、前世の癖や風習を隠しきれていないわ。前世とはいえ、一度生きて死んだのだもの、そう簡単にいくものじゃないわ」
ブリランテが言葉を選びながら俺に言葉を紡ぎ続ける。
「だからもう・・・無理はしなくていいわ」
言ってこちらを向いた。
目は開かれている。
その青い瞳に不安は無い。
覚悟のようなものがあった。
「前世もひっくるめて貴方は『フェリス』。私達の息子よ」
言い終えたブリランテはどこかほっとして、いつもの糸目と微笑みに戻った。
あぁ、緊張してたのか・・・。
俺を不快にさせないように考えながら話していたのだ。
それに気づいてほっとした。
ブリランテも1人の人間なのだ。
優しい、1人の母親だったのだ。
あまりにもすごい存在である彼女の事をどこか、遠い人。
相容れない人だと思っていた。
だが、違ったのだ。
彼女は、俺という存在までも息子として認めてくれる、優しい1人の母親だったのだ。
・・・良いのだろうか。
俺は前世を思い出す。
嫌な事が多かった人生。
最後は一人寂しく死んでいった悲しい人生。
・・・それでも63年生きたのだ。
少なかったが友人が『いた』のだ。
彼らとの関わりは楽しい物だった。
俺には大切な家族が『いた』のだ。
父と母には十分過ぎる程の愛情を注いでもらったのだ。
そこに不満は愚か、あるのは感謝のみ。
更には弟と言う肉親がまだ『いた』のだ。
弟家族との関係も自信を持ってとまではいかないが、良好な関係を築けていた。
最後は生きるために働いたそんな人生。
それでも楽しみや喜びは少なくとも確かにあったのだ。
十分すぎる人生63年。簡単に割り切れるものでは無かった。
「俺は・・・前世を捨てなくても良いのか?」
「えぇ、貴方は『フェリス』。ちょっと変わった『個性』を持っているだけの大切な私たちの息子。今回の件。本当に大事なくて良かった」
ブリランテの頬に涙が伝った。
「あ、ごめんなさい」
言いながら涙をぬぐうが、次々とあふれ出てくる涙。
我慢していたのだろう。
涙はとめどなく溢れていた。
「・・・フェリスが。居なくならずに済んで安心してしまったわ。このまま壁のある関係で別れるのは嫌だと思っていたの。2人きりで話がしたかったわ」
そう言って笑うブリランテは、前世で辛いときに支えてくれた母さんと重なって見えた。
あぁ、この人は俺の母親なんだ。
「ありがとう母さん。あんたの息子で良かった」
俺の言葉に目を見開いた。
そして、くしゃっとした笑顔で言葉を続ける。
「まだちょっとでしょ?これからもっと長く生きてからもう一度聞かせてちょうだい」
その笑顔は心底嬉しそうで。
あぁ。
前世でもちゃんと言っておけばよかったな。
と、思うのだった。
『転生者』って言う『障害持ち』。
『転生者』を『障害』ととるか、『個性』ととるか。
ブリランテは、『個性』と捉えてくれる人でした。
と、言っても『障害』は本来持たなくても良い物なので、『個性』として受け入れられるまでは時間がかかっちゃったみたいですけどね。
でも、この世界に『発達障害』、いわゆる『ADHD』や『自閉症スペクトラム』等と言った物の名前や存在は認知されていないのにも関わらず、それでも『個性』としてブリランテは受け入れてくれました。
実は、ブリランテの中で、ぼんやりと『障害』と言う物の認識があったのかも・・・。
ま、何はともあれ、やっとフェリスはブリランテを母と呼ぶことが出来ましたとさ。




