5歳 10
俺はとりあえずサティスを追いかける事にした。
しかし、道場の出口でセドロに止められてしまった。
セドロの隣にはブリランテ。
ブリランテが口を開いた。
「ご飯が出来たから呼びに来たのだけれど、全部聞いてしまったわ」
ブリランテにセドロが続く。
「大丈夫だ。私がサティスを何とかする。サティスの事をいつまでもフェリスに頼むわけにはいかないからな」
そう言ってすぐに、サティスをセドロが走って追いかけていった。
ブリランテは聖母のような微笑みで口を開く。
「セドロってば、コラソンにこっぴどく怒られたらしいわ。この間の件で」
「この間の件?」
俺に特訓禁止令を出したことだろうか?
それとも、サティスの事だろうか?
「貴方の特訓禁止の時、前日にサティスがセドロに泣きついていたのよ」
泣きついていた?
それは聞いてなかった。
「サティスはとっても切羽詰まった様子だったわ」
「・・・そうだったのか?」
なんてこった、気づかなかった。
「えぇ、貴方においつけなくて、相談できる相手が居なかったのね。だから、最後の砦であるセドロに泣きついた」
・・・最後の砦?
「待ってくれ、サティスはセドロの事をそんなふうに思っていたのか?」
俺の問いに頷くブリランテ。
「えぇ、いつだって、1番最初に頼るのは貴方、次にソシエゴと私、その最後にセドロだったのよ」
「そうだったのか・・・」
俺の顔を、いつもの糸目で見ながらブリランテが少しだけ考える素振りを見せた。
何を考えているのか分からず首をかしげていると、意を決したように切り出した。
「・・・もともと、セドロは育児にとっても不安がっていたのよ」
・・・あのセドロが不安がる?
いつも快活で、思い詰めることはあってもすぐに前を向く。
そんな彼女が?
「フェリスはセドロの明るい所ばかり見てるものね」
俺の様子に苦笑するブリランテ。
「フェリスに比べて私の娘はしゃべらない。おねしょも治らない。きっと私の馬鹿が移ったんだって泣いていた日もあったわ」
確かに一時期、距離をとっていたこともあったが。
まさか、そこまでとは・・・。
「セドロって本心を出すのが凄く苦手だから、本当は私だけの秘密にしておきたかったのだけれど教えてあげる。育児に不安だったからかしらね?『剣舞術』を習い始めたあの日、あいつは私より才能があるかもしれないってとっても喜んでいたのよ」
そうだったのか。
「ジュビアとの『決闘』の時も喜んでた。私の娘が年上の男を叩きのめした!あいつは私の力無しでどこまでもいける!すごい奴だ!・・・って」
別にいい事じゃないのか?
「だけど、それがいけなかったのよ」
「何がいけなかったんだ?」
「セドロは、サティスが勝手に成長すると思い込んでしまった・・・そして、サティスはセドロよりも沢山の時間を貴方やソシエゴと一緒に過ごしてしまった。やがて、一番に頼る人は貴方になっていた。次にソシエゴ、そして私、本来一番に頼るべき母が一番では無くなっていた」
「・・・そうか、そう言うことだったのか」
「えぇ、サティスは、セドロに頼ることが出来なくなっていたのよ」
あぁ・・・。
俺の失敗は、まだ終わっていなかったのか。
「だから、あの時、貴方とうまく『協奏』できないとセドロに早く伝える事が出来なかった。だから、あんなになるまで追い込まれてしまった」
俺は肩を落とす。
何たる失態だ。
常に一緒にいてくれるから嬉しくなっていたのだろう。
・・・恥ずべきことだ。
子ども同士ならまだ許せる。
だが、俺は『転生者』だ。
しかも、保育に携わってきていたのだ。
気づくべきだった。
「お義姉ちゃんは、こどもは勝手に成長するけれど、親はそれに甘えてはならない。子どもが甘えられるような存在であれるように頑張らなきゃならないって怒っていたわ」
「そうか・・・俺は」
ブリランテが頷く。
「その機会を奪ってしまっていたのか・・・?」
「えぇ、だからセドロは今、やっと親としても成長し始めたのよ」
激しく後悔した。
思い出せば、俺とサティスは常に一緒にいた。
サティスの甘える先は何時も俺だった。
これはおかしい事だったんだ。
乳幼児保育、その中で5つある大切な領域『人間関係』。
そこで習う最も基本的なこと。
『安全領域の確立』。
親や保護者など、その子の一番身近な人がその子の『安全領域』となることで安心感を与え、徐々に外の世界へ人間関係の輪を広げていく。
それを、俺が歪ませてしまったのだ。
本来、そこにいるべきはセドロだった。
なのに俺はそこに居座ってしまった。
分かっていたじゃないか・・・。
俺は何をしてきたんだ!
「でも、フェリス。これは貴方だけが悪いわけじゃないわ」
俺は頭を上げる。
「まず、私。セドロが私を頼ってくれるのが嬉しくてなんでも許してしまった。結果として、サティスから距離を起きたいと言うセドロの思いを肯定してしまった。そして、もっと早く、サティスとセドロの関係の異常さに気づくべきだったわ」
言いながら胸を押さえるブリランテ。
「次にセドロ。彼女がサティスから一度逃げてしまったのがいけなかった。そして、信頼と放任を履き違えた」
息を吸って続ける。
「だから、これは私たち家族全員の失敗よ」
確かにそうかもしれないが、今回も俺が『転生者』でなければ問題にならなかったはずだ。
『転生者』でなければ、サティスが俺と言う存在と長い時間をともにする事も無かったのだ。
「だから、全員で当分ね」
ブリランテの優しい物言いに俺は肩を落とす。
こんな俺なんかの事も庇ってくれるのだ。
優しい母親なのだ。
『フェリス』にとって。
俺は深呼吸する。
「分かった。ここは俺の行くところじゃないな」
俺は振り返る。
これ以上は無粋だ。
今のサティスはセドロと一緒にいるべきなのだ。
俺の出るべき場面ではない。
だから、俺の視線の先にあるもう一つの問題。
肩を落としながら瞑想を再開させようとしている従姉。
コルザの方に行けべきだ。
「俺はあっちにいくよ」
「そうしてくれると助かるわ。落ち着いたら昼食にしましょう」
俺はブリランテに手を振り、背を向けて従姉の元へと向かう。
ブリランテは扉を閉めて家に戻って行った。
「ん?なんだい?僕なんかに構っていていいのかい?」
俺はコルザの元まで歩く。
むっさい顔である。
「何ふてくされてんだよ」
「ふっふてくされてなんかないよ!」
「ふてくされてんじゃん」
「ないから」
「すみませんでした」
突然の無表情の圧に完敗。
頭を下げて平謝り。
そんな俺をうえっとした顔で見た後、ため息を吐いて再度肩を落とす。
「・・・。ねぇ、サティスはやっぱり怒っているかな」
コルザの初めて聞く不安そうな声。
俺は顔を上げる。
そこには毎年見る、『無敵』のコルザは居なかった。
何かに悩む、年相応の女の子がそこにいた。
「・・・まぁ、怒ってはいるだろうな」
「だよね・・・はぁ・・・僕っていつもこうなんだ。何が言いたいのか分からない。言葉がキツイ。一緒にいて楽しくない。この一年で沢山言われたよ。僕、これでもちょっと前までは学校に通ってたんだ」
「学校・・・?」
「あぁ、父さん、それなりの地位の人だから、貴族が通うような学校に行かせてもらったんだ・・・まぁ、行きたくはなかったけれど。それでも父さんの言う事だから従った。父さんは学は力になるとか言うから信じたのに。知っている事ばっかりでちっとも楽しくなかったよ。僕はお父さんに猛抗議して辞めさせてもらった」
ムッとした表情である。
「そうだったんだ。で、そこで言われたと」
俺の相槌に再度肩を落とす。
「うん。サティスは言葉がストレートだ・・・正直『修型』の一撃より効いた」
その一言に思わず笑ってしまった。
「何笑ってるんだい!」
「あぁ、すまない」
「はぁ・・・まったく・・・。ねぇ、どうして僕は上手く話せないんだと思う?」
俺は一考する。
たぶん、コルザは気遣いが苦手なのだ。
相手の側に立って考えるという行為が苦手なのだと思う。
そうなると、自分の頭で完成された会話にしようと、自分勝手な話し方になる。
なんでも直球で、人の話を最後まで聞く事が苦手なサティスとは正反対だ。
相性最悪だ。
「コルザはもうちょっと相手の事を思ってみれば?」
「は?僕が相手の事を考えていないとでも?」
キッと睨まれるが、怯まない。
「うん」
俺は、頷くと同時に襟首を掴まれた。
苦しっ。
「僕は常に相手の事を考えている!こう言えばこう返ってくるだろう。これを言ったら嫌な気持ちにさせてしまうだろう。これはだめ、あれもだめ。これならいいかどうかずっと考えて話をしているんだぞ!」
いや、それは考えすぎだろ。
ていうか。
「それは結局自分の考えだろ?人の事なんてわからないよ」
話を遮る。
襟首を話されて息が肺に入る。
「げほげほっ」
咳き込んで顔を上げる。
目から鱗とはこういう事だろう。
まん丸と見開かれた瞳。
紅潮する頬。
「本当だ・・・僕。考えてばかりだ」
俺はその一言に思わず吹き出してしまった。
前世で俺は人とのやりとりが怖かった。
それは、会話の内容を考えすぎていたためだ。
そういう事をするとどうなるか。
答えは明白。
会話が出来ない。
仕事は仕事内容の話が出きるため、なんとかなっていたが、プライベートでの会話は晩年、ほとんど無かったように思う。
不安が常によぎる会話に俺は恐怖を感じていたのだ。
常にストレス。
人と会って話すのが億劫になっていた。
だか、それでもこの世界では楽しく会話する事が出来ている。
それはなぜか。
考える前に相手を知るようにしたからである。
教えてくれたのはサティスやソシエゴ、『アルコ・イーリス』の皆。
彼女たちと会話を続ける中で、互いの事を知っていくにつれて会話が怖くなくなったのだ。
無知は不安。
俺はそれを骨身にしみて知ったのだ。
俺の従姉はそれに気づいた時の俺と同じ顔をしていた。
「そうだな。だから、会話するんだ」
「うん・・・なんとなくわかったような気がするよ」
表情が少しだけ明るくなったコルザ。
「サティスは話を聞くのが苦手だ。しかも、言葉を素直に受け止める。だから、伝えたいことを短く簡潔に正しく伝えた方が良い」
「そうだったのか。じゃあ、僕の考えていた会話は長すぎるな・・・しかも、ただの練習相手は冗談のつもりだったんだが・・・あぁ、なんだろう、恥ずかしくなってきた。あの会話じゃあ、ただの嫌な奴だよ・・・。」
真っ赤になった顔を両手で覆うコルザ。
意外と表情が変わるもんだな。
つか、冗談って。
サティスじゃなくてもその冗談は通じないぞ!
「今からでも遅くない。しっかり謝って、伝えたかった事を伝えに行こう」
俺が提案すると頷いた。
「うん。ありがとうフェリス。まさか君なんかに気付かされるとは」
なんか・・・ね。
うん。
あぁ、うん。
そもそもの話だなこれは。
「あとは、言葉選びだな」
「へ?」




