4歳 12
夜、俺は再びコルザの元を訪れていた。
「あ~・・・えっと~・・・」
すみません?ごめん?失礼?
瞑想中の従姉にどうやって話しかければ良いのかわからず困り果てる。
「・・・くっくくく」
む?
「あははっ!なんだい?いつまでそうしているんだい?待てど暮らせど一向に話しかけてこないから耐え切れなかったよ」
瞑想を止めて腹を抱えて笑うコルザ。
こいつ、こんな風に笑う事も出来るんだ。
「あ、いや、すまん」
「ん?どうして謝るんだい?」
「いや、邪魔しちゃったかなと思って」
「うーん。別に邪魔ではないよ。それにフェリスがここに来ることはブリランテさんから聞いてたし」
「え?」
「サティスが僕に勝つために、僕から『守』派の技術を学びに行くと思うって」
・・・お見通しか。
にやりと嘲笑するコルザ。
あ、こいつ煽ってやがる。
「・・・その通りだ」
言い当てられて悔しいが素直に肯定する。
「そうかい、それで?どうする?僕で良ければ教えるよ?」
挑発的な赤みの強い橙色の瞳に食って掛かりそうになるが、我慢だ。
あれはコルザの技術・・・。
俺は頭を下げる。
「頼む。俺を鍛えてくれ」
負けた相手に勝つ為に、負けた相手に教えを乞う。
少年漫画だと王道だ。
絶対にサティスを勝たせるために、俺が強くなって見せる。
「頭を下げないでくれ。そこまで重たい頼みじゃないだろ」
俺は頭を上げる。
「じゃあ、頼む」
俺は握手を求める。
コルザは立ち上がって俺の前まで歩いてくる。
俺は前まで来たコルザの顔を見上げる。
「良いよ。ただし、サティスも一緒にだ」
「え?」
「いや、強くしたいのはサティスだろう?だったらそっちの方が良い。というか、なぜ君は1人で強くなろうとしているんだい?」
「いや、サティスは『攻』派だろ?だったら、そっちを伸ばしてもらって俺が『守』派を極めて相手した方がいいだろ?」
俺の言っている事が分からないのか首を傾げる。
「いや、効率が悪いだろう?僕と直接手合わせした方が学んでくれることは多いだろ」
「だが・・・」
「うん。フェリス。どうして君はサティスと一緒に修行したがらないんだい?」
俺の動きが止まった。
「君の話を聞いたよ。サティスを異常に気にかけている事や、1人で特訓したがることとか他にも色々」
「それが何だっていうんだ?」
俺は手を下ろして腕を組む。
「うん。1つ仮の話をしよう」
言いながらコルザが俺の回りをくるくると歩き始めた。
「君は彼女の事を誰かと同一視している」
「・・・は?」
「だから仮の話。その誰かは分からないけれど君はあの子にその誰かを重ねて見ている。だから異常に気にかけるし、努力や自分が傷ついているところを見せようとしない」
「・・・」
「それは言ってしまえば君の我儘だ」
腹の底を抉られた気分だった。
正直図星だった。
俺は前世を思い出す。
思い出すのは俺自身と『幼馴染』の事。
前世の俺は本当に駄目な奴だった。
努力は死んだら無駄になる。
明日出来る事は明日やればいい。
明日から本気出す。
言い訳だらけで何もやらない。
そんな、格好悪い奴。
だからきっと、『幼馴染』は俺との約束を破って・・・。
「やめろ!」
「なにをそんなに怒っているんだい?僕は仮の話をしているだけだよ?・・・だけどもし図星なんて事があるなら直ぐにやめた方が良い。サティスはサティスだ」
「ぐっ」
分かっている・・・でも・・・だから・・・。
・・・怖い。
あの『幼馴染』・・・。
あの好きだった『幼馴染』のように。
かっこ悪い俺を捨てるのではないかととても怖いのだ。
だから、酷い顔になる朝の体力づくりは1人で行った。
だから、ボロボロになるだろう深夜の特訓もサティスが眠った後に行った。
だから、負けてかっこ悪い所を見せる事になるだろう対人戦は避け続けた。
だから、必要以上にサティスの機嫌をとって来たし守ってきた。
だから、サティスの隣に立てる努力をした。
「・・・どこで気付いた?」
年に1回会うだけだ。
どこで気づかれたんだ。
「だから仮の話なんだって・・・まさか、図星かい?」
答える事が出来ない。
そんな俺の様子に立ち止まり、ため息を吐くコルザ。
彼女は道場の奥を見る。
そこに誰かいるのか目で何か訴えている。
「いいかい?」
俺は奥の方を見ようとして、コルザに止められた。
「サティスはサティスだ。フェリスが重ねて見ている誰かじゃない。あの子の人生はあの子の人生だ。君が弊害になってはならない。あの子はもっと強くなる。その為にまずは君が強くならないといけないよ」
「・・・だから頼んでるんだろう?」
「違う。力の面じゃない。心の面だ」
「じゃぁ、どうしろってんだよ!」
俺の怒声に、コルザは嘲笑で返す。
「簡単な話さ、あの子の前で1回ボロボロになりなよ」
「サティス!あれが本当のフェリスだ!」
バゴンッと扉が開き、人が入ってきた。
「なになにどういうこと!?」
それは紐でぐるぐる巻きにされた寝間着姿のサティスを、両手で抱えたセドロ。
隣にはブリランテ。
先ほどコルザが視線を送っていた道場の奥からボカとコラソンが現れる。
「・・・どういうことだ?」
「さぁ、やろうか」
言いながら模造剣を一本、俺に投げて渡してくるコルザ。
意味が理解できず、混乱する。
コルザは真剣な視線を俺に送るのみ。
「・・・本気か?」
俺はコルザが冗談を言っているわけではないと理解し、その真剣さに怯えながら、震える手で模造剣を拾って握る。
「こんな事になんの意味がある?」
俺はセドロが道場の端に座らせた、動けないサティスを見て問う。
「・・・やってから考えなよ」
俺は周りで俺とコルザの様子を見ている人たちの様子を伺う。
いつもと違う緊張した雰囲気。
プレッシャー。
ボカが睨みをきかせている。
この緊張感は、全員のどこか警戒している面持ちからだろう。
ブリランテでさえも表情が強張っている。
明らかに手合わせを見るだけの雰囲気ではない。
「・・・皆で俺を囲ってどういうつもりだ」
誰もしゃべらない。
俺はイラつく。
「答えろ!!」
自分で思っていたより強い声が出た。
俺の声に驚き、身を強張らせるサティス。
「・・・フェリス。怖いわ」
「予想が当たってしまったわね」
ブリランテが一歩前に出る。
「予想ってなんだ」
ボカが腕を組みながら鋭い眼光を向ける。
「今回の件、俺が仕組んだ」
「は?」
ボカの方を見て、言っている意味が分からずに首を傾げた。
「ブリランテからお前の異常さは聞いていた」
「異常?」
「お前、本当に4歳か?」
俺は固まった。
え?は?
「先ほどお前は認めた。4歳にも関わらず誰かとサティスを重ねて見ていることを。そんなに人生経験を積んでいないはずのただの子どもがだ。お前、『転生者』なんだな?」
転生者・・・?
まて・・・なんでそうなる?
「どうして・・・?」
「普段の行動を聞いていれば分かる。お前、色々やりすぎなんだよ。4歳が出来る事をゆうに超えてしまっている」
俺は不安になった。
異世界転生者だと気付かれた。
今この場を用意したのはボカ。
目の前では模造剣を握るコルザ。
俺は嵌められた?
どこの誰かも知らない奴が家族に紛れ込んでいたんだ。
全員が警戒している理由が分かった。
最悪・・・殺されるかもしれない。
「だったらどうする?」
声が震える。
抵抗はしよう・・・。
まだ死ねない。
この人生は満足して終えたいんだ。
全然生き足りない。
構える。
「・・・殺すのか?」
視界の中でサティスが「うそよね・・・?」と状況が飲み込めず視線を動かしているのが分かった。
俺は覚悟を決めて模造剣を握る手に力を込める。
震えは止まらない。
これが人生初の殺し合い・・・。
俺はボカを睨む。
心臓が激しく鳴り続ける。
極度の緊張状態。
「フェリス」
それを崩したのはブリランテだった。
「馬鹿なこと言わないで。貴方の魂は何処かの誰かなのでしょう。でも・・・。ここでの私たちは貴方の家族なのよ。簡単に殺したりするはずないわ・・・というか」
ブリランテは珍しく目を開けて真顔になる。
美しい青い瞳が、俺を見つめる。
「貴方は殺さないし殺させない」
ブリランテの圧にこの場にいる全員が生唾を飲んだ。
「貴方に聞きたいことは1つだけ」
激しいプレッシャー。
怖い。
久しぶりに感じた、純粋な恐怖だった。
「この世界に来たのは貴方の意思?」
口の中が乾く。
枯れる声で言葉を紡ぐ。
「違う。気付いたらこの世界に転生していた」
沈黙。
「そう・・・やっぱりあの時なのね」
それだけ言うといつもの糸目と笑みに戻った。
あの時・・・?
「フェリス、あなたが前世でどんな人生を送ったかは知りません。ですが、あなたは私達の子です。安心なさい」
そう言ってボカに視線を移す。
「あ、あぁ、そうだ。俺がこの場を作った意味はお前が俺達家族にとって害があるのか無いのか確認する為だけだ」
朗らかな雰囲気に戻り、俺は腰が抜けた。
尻もちをつく。
「・・・いいのか?こんなあっさり信じてしまって」
「私はフェリスの母親です。嘘かどうかぐらいは分かるわ。たとえ4年だけの付き合いでもね」
「ボカは?安心できるのか?」
「ブリランテが言うならそうなんだろう。転生者の中には気づいたらこの世界に居た事の方が多いからな」
「結構いるのか?俺みたいなやつが」
「まさか、上手く隠しているやつもいるだろうから何とも言えないが、殆ど居ないさ」
「ただ、稀に居るのよね。大昔からこの世界には『転生者』や『転位者』が」
ボカとブリランテが教えてくれた。
一つ、魔術を思い出す。
『召喚魔術』。
それに巻き込まれた人がいるという事なのだろうか。
やっぱりあの家も『転生者』か『転位者』の持ち物だったという事なのだろう。
まじかぁ・・・。
一気に俺の特別感が薄れた。
俺は肩を落とす。
実はちょっと期待していたのだ。
魔王との戦いに巻き込まれたり、実は最強でしたみたいな事になるのを。
「じゃあ俺に特別な力があるとか、魔王が復活してヤバいから倒せとかそう言うのは?」
「どうかしら?」
ブリランテがいつものように頬に手を当てて考える。
「私たちの『限定魔術』はちょっと特別だけれど・・・」
ボカが続ける。
「魔王は確かに復活したが、今は『勇者召喚』の研究が進められているから、お前には関係ないな」
あぁ・・・そうか。
俺は倒れこむ。
俺は特別ではない。
魔王を倒すチート主人公や親しい人たちに裏切られて見返していく成り上がり系主人公なんかと言った人生は待ち受けていない。
そうか・・・。
だが、良かった。
俺は自由に自分の人生を謳歌できるという事だ。
「すまない、話が見えてこない」
セドロが口を挟んだ。
「私はフェリスの本当の姿をサティスに見せてやれるって聞いたんだが」
「セドロ、あっちで教えてあげるわ」
「お、おう。そうか、助かる。で?サティスは?まだ一応縛っておいた方が良いんだよな?」
「・・・そうね、これから行うことはサティスが黙ってられないと思うもの」
「そうか・・・サティス、すまん、もう少しだけ我慢してくれ。フェリス、頑張れよ」
セドロがサティスに謝り、俺を応援した後にブリランテについて行った。
頑張れって一体何を頑張ると言うんだ?
ボカはコルザに後は任せると言い残してコラソンと共に道場から出て行った。
俺は立ち上がってコルザを見る。
「話は終わったよな?サティスを開放しても良いんじゃないか?」
俺は「何だったの?」と頭を混乱させているサティスを指さす。
「駄目だよ。君をボロボロにする事に変わりはない」
「なんでだよ。さっきので俺はお前らの敵じゃないってわかったろ」
「うん、だからなおさらだよ」
「意味が分からない」
「君は僕の家族だ。だから君をここでボロボロにして分からせてやる必要があるんだ」
分からせってやつですか・・・?
俺は首を振る。
ふざけてごまかそうとしたが、そろそろイライラが限界に近い。
「なに?自分の方が上だって?それならもうとっくに分かってるよ」
言いながらサティスの元に向かう。
「さっきも言ったはず、サティスはサティスだって分からせるんだ」
俺は話の見えない会話にイラつきながらサティスの元にたどり着き、膝をつく。
「話にならないな」
俺は会話を区切ってサティスの拘束を解き始める。
「逃げるの?」
俺は無視して縄を解こうとする。
あれはコルザの挑発。
俺は自分に言い聞かせる。
「君はそうやって逃げて来たんだね」
無視する。
硬いな・・・。
拘束。
「強敵を前にして」
おかしいな。
全然ほどけない。
「壁を前にして」
目の前が潤んできた。
気にするな。
解いてやれ。
大切な『幼馴染』が動けなくて困ってるんだぞ。
「努力も何にもせずに逃げてきたんだ。これからもきっとそうだね」
図星だった。
痛かった。
挑発なのは分かってる。
それでも心が痛かった。
限界だった。
サティスの顔を見る。
驚いたような、心配そうな、そんな顔。
俺は模造剣を握る。
これから俺は多分、サティスにかっこ悪いところを見せることになる。
前世の『幼馴染み』のように俺から離れてしまうだろう。
だけど。
それでも。
俺は駆け出した。
もう泣いていたと思う。
持てる限りを尽くしてコルザに立ち向かう。
挑発なのは分かっていた。
それでも逃げる訳にはいかなかった。
だって、この世界では努力するって決めたんだ。
もう、何かを理由にして逃げる訳にはいかない。
「うわぁあああ!!!」
「おいで」
俺とコルザの模造剣がぶつかった。
10分後に短い話を1つ上げます。




