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◇◇◇


 サイラスがドラゴン討伐に選ばれた時、ミアは、サイラスを失ってしまうのではないかと悲しくて、不安で、泣き喚いて困らせてしまった。

 そのことを思い出すと、まるで子どものような自分に恥ずかしくなる。

 けれど、サイラスは、力強く抱きしめて、帰ってくると約束してくれた。そして、約束通り、苦難を乗り越え、見事ドラゴンを打ち倒したのだ。


 サイラスの名前は、ドラゴン討伐の立役者として国中に広まった。

 ちょうど、サイラスが開発した通信魔法具が実用化され始めた時期と重なったこともあり、多くの人々がサイラスを称え、ついには「英雄」と呼ばれるようになった。


 サイラスはいつもの調子で、『五月蝿いし面倒』とぼやいていたが、ミアが、凱旋の式典を見に行きたい、とこぼすと、『それなら、出るからちゃんと見にきてよ』とぶっきらぼうに言った。

 相変わらず、幸せになるのが下手なサイラスが愛おしい。


 サイラスは、何か褒められれば、如何に自分がその賞賛に値しないかを述べ立てて、自分を貶めようとしてしまう。

 そんな彼が、唯一他人からの賞賛を受け取るのは、魔力に関することだ。だから彼は、魔術に全身全霊を傾けてきたのだろう。


 その不器用さというか、愚直さが、ミアは好きだった。周囲からの侮蔑に負けず、真摯に努力するサイラスを尊敬している。


 世間にサイラスの力が認められたことは嬉しかったし、このことをきっかけに、サイラスの存在が受け入れられれば、サイラス自身ももう少し自分に優しくできるかもしれない。

幸せを素直に受け止められるようになるかもしれない。


 そうなったら、もっと嬉しい。


 ミアは、心からそう思っていた。


 約束通り見に行った式典には、貴族、平民問わず、多くの人が詰めかけていた。

 サイラスが口ききをしてくれたおかげで、ミアは、貴族の友人であるアリシアと一緒に、一等席で観覧することができた。

 

 他の討伐隊員の影に隠れ、つまらなさそうにぼんやりと国王の祝辞を聞いていたサイラスだったが、壇上に立たされると、いつも目深に被っていたフードをとった。


 その美貌が世間の目に晒され、人々にどよめきが広がる。これまでサイラスが顔を出すことに消極的だったこともあり、その特異な髪と目の色ばかりが注目されていた。牙がある、なんて噂をいまだに信じている人もいたほどだ。


 そんなサイラスを太陽の下で見た人々は、もうその色を貶めることは出来なくなった。艶やかになびく濡れ羽色の髪と、きらめく星空のような黒曜石の瞳。魔物の子なんてとんでもない。壇上に立つのは、まさに夜の女神のような美貌の青年だった。

 サイラスはそんな民衆には気にも止めずに、いつもの張りのない小さな声で囁く。


「あなたの、重恩に感謝して、帰還のご報告とさせていただきます」


 きっと、会場の観客たちには、誰一人として届いていないだろう。壇上の国王にすら、聞こえたかどうか定かではない。

 

 しかし、少し離れたミアにだけ、それがすぐ耳元で囁かれたかのようにはっきりと聞こえた。驚いてサイラスを見ると、まっすぐに、ミアを見つめて、ふ、と小さく得意げに微笑むと、内緒話をするように人差し指を口に当てた。


 心臓が高鳴って、頬の温度が上がっていく。

 

(サイラス…!!)


 ミアは、声に出さずにその名を叫んだ。サイラスは、その人差し指をゆっくりと空に向け、上を見るように促す。

 

 誰かの感嘆の声と共に空を見上げると、何かがふわふわ空から降ってくる。花だ。白くて小さな花が、輝く太陽を反射するように艶やかに、風と遊びながら会場に降っていく。ほのかに薄紅色の模様が入ったその花を、ミアはよく知っていた。

 割れるような歓声が響く中、ミアは、サイラスから目が逸せなかった。

『ミア、ただいま』サイラスの小さな声が耳元で響く。『通信でしか言えなかったから』と続けて言う。

 りんごの花の向こうで、照れたように笑う笑顔は、ミアが一等好きな力の抜けた顔だった。


 どきどきしすぎて、涙が滲む。

 

「おかえり、サイラス」

 

 こんなの、もう、降参だ。

 これ以上心臓が早まったら死んでしまう。

 そうしたら、サイラスに責任を取ってもらおう。いたいけな乙女を弄んだ。

 

 ミアは、ただ、無事に帰ってきたサイラスを、努力の末に認められたその姿を見られれば、それでいいと思っていた。それなのに、こんな風にミアの心を根こそぎ奪っていくなんて。


 魔物の色を持つ不気味なほどの魔力を持った魔術師だと忌避されていたサイラスは、この一連の活躍で世間の評価を一変させた。


 英雄サイラス・ブラッドフォード。稀有の天才魔術師で、女神の如き美貌を持つ。


 その日、彼は、紫色の月桂樹が輝くローブを美しく身に纏い、魔術師としては史上初の士爵の称号を得た。

 人々の歓声は、サイラスが壇上を降りても終わらなかったが、彼のひねくれた答辞を受け取ったのはたった一人の少女だった。



 

 その日、ミアは、きらきらした光景が頭から消えてくれなくて、なかなか眠りにつけなかった。


 普段、あんなことしないくせに、ずるい。ずるい。

 サイラスの声が耳元で思い起こされて、ミアはもう、嬉しくて、恥ずかしくて、枕に顔を押し付けて足をバタバタ動かして打ち消そうとしたが、何の効果もなかった。



 その時は、サイラスをとても近くに感じていた。

 そう、その時は。



 周囲の評価とともに、サイラスは少しだけ変わった。

 

 王都に立派な屋敷を賜り、高価なものに囲まれて、舞踏会や夜会の招待がひっきりなしに届いた。

 魔力以外にも、自信ができるものが出来たようだった。

 これらこそ、これまでの努力で勝ち得たものだ。そこに、サイラスが語らない多くの苦悩があったことをミアは理解している。


 だから、周囲に認められて、サイラスが幸せになることを願っていた。その心に嘘はなかった。


 それなのに、どうしてか、ミアは疎外感を感じるようになっていった。


 サイラスから夜会に誘われたときは、正直心が躍った。素敵なドレスを着て、サイラスとダンスする。そんな想像をして、どきどきした。

 けれど、ふと鏡を見ると、質素なワンピースに身を包んだ自分が映っているのだ。ただの野暮ったい農園の娘が。

 きらきらと輝いていた夢が一気に色褪せて萎んでいく。


(私はきっと、場違いね…。)


 貴族ばかりの夜会に、ミアのような娘が行ってもどじを踏むだけだ。せっかく誘ってくれたことは嬉しい。けれど、その場に行くには、どうしても勇気が出なかった。

 『着ていく服がないから』と断ると『僕が用意する』と興奮気味に返されたが、何だかより惨めな気持ちになって、結局断ってしまった。


 思い返せば『次はいつ王都に来るの?』と頻繁に尋ねられるようになったのも、その頃からだと思う。王都に行った際に、お洒落なお店で食事をご馳走してくれたり、贈り物をくれたり、羽振りもよくなった。


 その度にミアは、少しずつ寂しくなっていく。

 

 好きな人の努力が実って、少しずつ自分の道を切り開いているのに、どうしてそれを喜べないのだろう。

 どうして、以前の、二人だけの関係性を懐かしく思ってしまうんだろう。

 サイラスと話していると、自分の醜さを噛み締めるようで、苦しい。


 サイラスのことは好きだ。

 その気持ちは、だんだん大きくなって、もはや、友人とは思えなくなっている。

 

 でも、サイラスは今や、数多の女性たちが留まろうと美を磨くような国の英雄である。

 対してミアは、お化粧もお洒落も今ひとつ。自慢できるのは、丈夫な身体と、珍しい赤毛くらい。

 ミアは、自分の思いが大きくなればなるほど、サイラスと共にいることが怖くなっていた。


 自分がこんなにも幼稚で、制御できない感情を持て余すことになろうとは思っても見なかった。


 サイラスから、『次に王都はいつ来られる?王都に来たら自宅に寄ってよ』とお屋敷に誘われたが、祖母の体調もあってしばらくは行けない、話も出来そうにない、と返してしまった。


 落ち込んだように返された返答に罪悪感と絶望が募る。

 サイラスのことが好きなのに…どうしてこうなってしまうのだろう。


 

 サイラスは最近、転移魔法装置を開発中だ、と近所のおばさんが噂していた。こんな田舎まで近況が届くなんてさすが英雄だ。

 転移装置ができたら、会いに来てくれたりするのかな…そんな想像をして、笑って誤魔化した。


 サイラスと会いたい。でも、同じくらい、サイラスと会いたくない。


 矛盾する思いを抱えて、ミアは、自分がどうしたいのかも分からなくなっていた。


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― 新着の感想 ―
二人の続きが気になっていたので更新めちゃくちゃうれしいです!ありがとうございます!
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