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タイムスリップ

 時は西暦5236年、この西暦と言う言葉を発明したニンゲンが絶滅してから、1500年あまりもの月日が流れた。ニンゲンの生態は謎に包まれており、彼らが持っていた文明に関する研究も、まだまだ発展の途上である。だが、この世界で初めて我々ロボットという存在を作り出したのはニンゲンであり、ニンゲンはその類まれなる英知と文明技術の発展を、我々ロボットに託した。それだけは紛れもない事実である。そんな我々の創造主たるニンゲンの身体には、「心」というたいへん特殊な機関があったと言われている。ものに触れて何かを感じ取ったりする機関だそうなのだが、その詳細はわからない。なぜなら、これを書いている私自身もロボットに過ぎないのだから。


以上は、今から10年ほど前にロボット大学の前史文明研究所の所長であるレンチ教授が行ったスピーチを音声出力装置で文字に書き起こしたものだ。


「へぇ、難しくてよく分からないや」


 平たいタブレットと呼ばれる携帯型の情報管理端末の液晶画面に映し出されるその文面をヒマワリの種をカリカリと貪りながら、一匹のモモンガが眺めている。そのモモンガを肩に乗せているのが、この声明文に非常に感銘を受けたクチで、レンチ教授の研究の魅力を、このモモンガに説明しているのだが、当の本人、いや本モモンガはあまり理解してはくれていないようだ。


「でもナット、すごいと思わない? 僕たちを作り出したんだよ。

 ニンゲンか、一度は会ってみたいなー」

「う~ん、ボルトがそういうなら、すごいんだろうけど…カリカリ…

 そんなの気にしなくても、生きていけるからな~…カリカリ…」


 モモンガの名前はナット。そして、その飼い主はボルトという少年。もちろん少年とは言ってもロボットであり、身体は金属の部品をつなぎ合わせて電子回路で制御をしたものとなっている。無機質で無生物的なボルトと比べれば、モモンガであるナットは紛れもなく生物であり、有機的で滑らかなふさふさとした毛並をしている。だが、モモンガである彼が言葉を交わせるというのは、彼の身体に機械が埋め込まれているからであり、背中にはその機械の一部がはみ出て露出してしまっている。


「そんなことを言ったら、ほとんどの学問は廃れてしまうよ。

 僕だって歴史書や小説を読まなくても、生きてはいけるんだから」


 ボルトとナットという名前の組み合わせとは対照的に、両者は不釣り合いな見た目をしており、ボルトはまたその身体に不釣り合いな自転車を漕いで坂を下って行く。彼らロボットが暮らす町並みは、窓の少ない鉄を貼り合わせて作った要塞のような格好の高層ビルがひしめき合っており、無機質なジャングルという言葉がふさわしい。ペダルから鉄製の足を外して股を開き、坂の勾配に任せて風を感じながら坂を下りていく。


「それにしても、ボルト今日は随分と嬉しそうだな。

 なにかあるのか?」

「今日はスパナー博士の講演を聞きに行くんだ」

「スパナー博士?」

「レンチ教授と同じくニンゲンについて研究している研究者で

 ロボトミーインクっていう大企業の社長なんだ。

 今回は研究成果がいよいよ商品化されたということで記念講演とともに

 販売モニターの公式募集を行うんだよ」


ボルトが嬉々として自転車を漕いでいる理由は、ロボトミーインク本社の巨大ホールで行われる代表取締役スパナー博士直々による特別記念講演ということらしい。


「ボルトは、勉強熱心なんだな…、そのスパナー博士ってのが

 商品化させたのは、なんだってんだ?」

「ロボットが持っていなくてニンゲンが持っているという心を

 ロボットに組み込む研究だよ」


 ハンドルのブレーキが握られて、きぃと甲高い音を立てて自転車が急停止する。ボルトが見上げるは、鉄のジャングルの中でもひときわ高いロボトミーインクの本社ビル。首、もとい頭部連結部位が痛くなってしまうほど見上げてもてっぺんが見えないくらいだ。だがそれを感慨に浸って眺めている暇はない。すぐにでもホールに入らなければ講演が始まってしまう。巨大ホールの中は既にこの歴史的瞬間を見逃すまいと、ロボットたちがごった返しており、はるか前方のステージを取り囲むように、警備隊と報道陣がひしめき合ってツートンカラーの縞模様を作り出している。そして、その背後からボルトのいるところまでは、色とりどりの金属頭部で彩られたマーブル模様が広がる。




「うひゃあ、すごいロボ混みだね。ロボいきれがすごくて、息苦しいよ」

「静かにして、ナット。もうすぐスパナー博士の講演が始まる」




 鉄でできた指を青くて固い唇の前に持ってきてしーっと言ってみせると、突然観客たちが拍手を始め、歓声がどっと沸き上がる。どうやら講演者のスパナー博士のお出ましのようだ。やけに胸をはっており、ただでさえ逆三角形のいかつい身体をしているのが余計に目立つような素振りでステージ上を歩く。その様子はまるで自分の成果に陶酔しているとも取れる。それが、仇となったのかステージの中心に置かれた教団に足をつっ掛けて転倒してしまう。もとより上半身の極端に大きい彼の設計ではバランスを崩しやすいのだろう。


「……、あれ、本当に頭いいのか? この何千体もの聴衆の前でこけたぞ」

「…い、一応…ロボトミーインクは世界で最も大きい企業だよ」


「え…す、すまない、見苦しいところを見せてしまった」


こけて打った膝の部分を払っているつもりなのだが、ひどくバランスの悪い設計のせいで手の平は膝に届いておらず、虚しく宙を払っているのみだ。なんとも科学者らしからぬ威厳のない登場をわざとらしい咳払いで濁した後、講演が始まる。


「本日は我々ロボトミーインクが開発した新商品と

 それを使ったこの世界に捧げる新事業の話をしたい。

 我々ロボトミーインクは今日この日を以って、ニンゲンが持つ心を

 ロボットの実装部品として発売しよう!」


高らかに大きな声を上げてスパナー博士が両手を広げると、プロジェクターの映像を映すスクリーンが天井から垂れて来てスパナー博士の頭を直撃した。バランスの悪い身体は再び崩れてステージの上にあおむけにぶっ倒れる。


「…おい、またこけたけど…あいつ何? 忍た〇の八方斎?」

「この世界で誰も知らないであろうものを例えに持ってこないでくれるかな。

 リアクションし辛いから」


 スクリーンには、部品の接続に必要不可欠なロボットにはなじみの深いネジの形をした装置が映されており、「感情模倣外部メモリ ハートロックネジ」という品種名・商品名が銘打ってある。教壇に手をかけて立ち上がろうとすると、今度は教壇が重みに耐えきれず、ステージの奥側に向かって倒れて、スパナー博士は教壇に馬乗りの格好になって顎を強打する。


「おーい、もはやヨボヨボのじいちゃんだぞー」

「や…やってることは、すごいんだけどね…」


「え、えー、大変申し訳ない。今回我々が開発したこの感情模倣外部メモリ

 ハートロックネジはその名の通り、ロボットになじみの深いネジの形をした

 特殊な次世代型外部メモリで、ニンゲンの持つ心に最も近い機能を

 持っていると自負しております。このネジを外部メモリとして

 頭部に搭載することで、ロボットも心を持つことができるようになるのです」


 口の中で部品を噛み切ってしまったのか、唇の端から黄金色のオイルがだらりと垂れている何とも締まりのない格好だが、特別記念講演はその研究内容をたたえる盛大な拍手とともに幕を閉じた。ボルトはこの会場に来たときは、自分がこの商品の販売モニターに選ばれて、無料で試供品を提供されるということを淡く期待していたが、もちろんそんなはずはなく、販売モニターはロボット税の納税者のうち、高額を収めている長者番付上位のごく一部の中から抽選で選ばれるということだそうだ。公の発売が決まったとしても、高額なことは間違いないため、ボルトにとっては結局、手の届かない存在でしかなかった。



*****



「ボルト、そんなに落ち込むことかよ。分かってたじゃないか」

「それは…そうだけど、どうせ僕は貧しい貧乏ロボットだよ」


 ボルトの家庭は裕福なものではない。父も母も給料が少なく、家はトタンを組み合わせて造られた簡素な家がひしめき合うロボットスラムで暮らしている。高所得者の上位ごく一部からの抽選など、ボルトには当たるはずもないのだ。


「あり?まだ寄り道するのか?」

「うん、レンチ教授の研究室に寄って行く」


スパナー博士の特別記念講演の次は、自らが感銘を受けたレンチ教授のもとを訪ねると言う。なんとも勉強熱心なことだ。


 スパナー博士のロボトミーインクの馬鹿でかいビルと比べればかなりこじんまりとした研究所ではあるが、レンチ教授が所長を務める前史文明研究所も学問の最高権威のひとつだ。建物は5階建て程度しかないが、それがかえって親しみやすさも感じられる。事実レンチ教授は、すごく腰の低いことで有名であり、研究所も常に一般公開をしていて、常に興味を持った民衆を招き入れて研究所の案内と啓蒙活動を積極的に行っている。今日のように特別な講演でもない限り、固く門を閉じて企業関係者以外の立ち入りを禁じているロボトミーインクとは対極的だ。そんなオープンなレンチ教授の研究室をボルトは毎日のように訪ねており、レンチ教授もボルトのことを半ば弟子のように慕っている。


「やあ、また来たのか」


弟子の来所はレンチ教授にとってはすっかり日々の楽しみであるらしく、朗らかな笑みを浮かべて学士帽を脱いでお辞儀をする。


「レンチ先生、スパナー博士の講演聞いてきましたよ」


「ああ、心を外部メモリとして商品化させた研究だろ?」


 だがその朗らかな表情も、なぜかスパナー博士という名前を上げると険しくなってしまう。どうもレンチ教授はスパナー博士のことを信用の置けない、食えないロボットだと思っている節があり、今回の特別記念講演の内容を生中継で見てはいたが、眉唾物だと考えているらしい。


「所詮、私達ロボットが心を持てるようになるなどまやかしだろう

 そんなまやかしより、もっとこっちの方が世紀の大実験だ」


レンチ教授はそう言って、ボルトをある機械の前に案内した。煙がもくもくと立っている。雷がバチバチと音を立てて放たれている。炎が煌々と燃え上がっているかと思えば、配管には霜がまとわりついてがちがちに凍ってしまっている。


「…なんだ、この熱いんだか冷たいんだかよく分からない装置は?」


ナットが言う通り、この装置の身なりは異様で訳が分からない。いったい何をどうするための装置なのであろうか。


「ニンゲンという生物は、ある国の大統領が自分の冷蔵庫に入れた

 プリンを勝手に食べられた腹いせで起こした核戦争で滅んだと言われている」


「そんな理由で核戦争起こしたの? ニンゲン馬鹿なの?偉いの?どっち!?」


「レンチ先生、これは……?」

「ここで、ニンゲンの滅んだ原因を回想するということはわかるだろ?

 次元転移装置。ニンゲンの滅ぶ前の時空を超えた空間から

 我々ロボットの時代へ物質を転送する装置だ」


なんとこの訳の分からない装置は時空を超えて物を転送する装置だというのだ。


 時空間の移動と言えば、ニンゲンが発明を成功しないまま滅び、ロボットたちにそれを託したと言われている技術のひとつだ。それが今ここに正にあると知り、ボルトは機械の身体をぎしぎしと鳴らしてしきりに跳び上がって大喜び。まあ待て落ち着けとレンチ教授は、ボルトをなだめて次元転移装置の操作に取り掛かる。機械の横についているレバーを一思いに倒すと、機械の駆動音がよりけたたましくなり、大声で叫ばなければ至近距離の会話さえままならなくなってしまった。


「うぁああ、うるさいー!鼓膜が破れそうだよー!」


唯一の生物であるナットは耳を前足でふさいで目をつぶって悶える。だがロボットであるボルトとレンチ教授も、聴覚には許容範囲というものが存在するらしく、耳にあたる部位を手で塞いでいる。


「先生っ!こ、これ…大丈夫なんですかぁ!」

「いや!設計して初めての駆動だ!場合によっては暴走して

 ハエと合体してしまうこともあるかも知れん」

「なんで、よりによってザ・フ〇イを実演しなきゃいけねえんだよ

 やだよ、ボクはモモンガのままでいさせてください。

 代わりにこのポンコツをスクラップにしていいんで」

「誰がポンコツだぁ!」


ボルトがそう叫んだ瞬間に轟音が轟いて爆炎が噴き上がり、2体と1匹は吹き飛ばされてしまった。世紀の大実験はどうやら装置のオーバーヒートと大爆発という散々な結果になってしまったらしい。


「…けほっ、先生…これは…失敗ですか…」

「…そのよう…だな…大丈夫か? アフロになったりしてないか」

「そんなドリフみたいなことあるわけねえだろ。

 だいたいロボットに髪の毛はな……」


ここでナットが床に落ちていた鏡に映った自分の姿を見て驚愕する。


「なんで、ボクがアフロぉおおおっ!」


「仕方ないよ。この世界で毛があるのはナットだけだから」

「だからって、モモンガをアフロにする小説なんてねえよ!

 というか、あってたまるかぁあ!」



「いたたた、ここは…どこ…?」



とそのとき、煙の中から耳慣れない声がした。


 ボルトの声でもない、レンチ教授の声でもない。そして、ナットの声でもない。明らかに声質が違う。オス型のロボットではなく、メス型のロボットから発せられる高い声だ。だがそうとも断言できない。声の表面からロボットや、ナットのような改造動物から出される声とははっきりと違った何かが感じられる。言ってみるならば、声が馴染んでいるというか声を出して言葉を話すということを本来の生命活動として行っているような、ちょうどモモンガのナットが本来のモモンガの声で鳴いたときの様な質感がボルトには感じられた。


「…まさか……」


 声を出して言葉を話すということを、動物が鳴く様なかたちで行う。レンチ教授が操作したのは時空を超える次元転移装置。このふたつから導かれる答えが、ボルトの脳裏に浮かんだ。そう、次元転移装置はオーバーヒートを起こして壊れてしまった代わりに、とんでもない置き土産をしたのだ。煙が晴れて、その正体が現れる。長い髪をして背は小さい、血色のいい体毛のない肌で布を身にまとって肌を所々隠している。まだあどけない顔立ち。どれをとってもそれは、滅んでしまってもうこの世にはいないニンゲンそのものだった。



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