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ハートロックネジは不良品

 それは紛れもない、ロボット史に残る伝説の1ページであった。煙の中から現れたのは赤い生地に黒の格子の模様が描かれたワンピースを着用しているニンゲンの少女。古生物学の書物の中でしか見たことのないその存在が、今目の前にいる。ボルトもナットも、そしてレンチ教授でさえ、このあまりにも現実味のなさ過ぎる事実に変な夢でも見ているような心地であった。まず、ボルトにとって不思議だったのが、彼女の肌であった。古生物学の書物では見ていたものの、普段慣れ親しんでいる犬や猫などの動物とは違い、体毛のない奇妙な肌はボルトの興味をそそった。


「…すごい、全然ナットみたいに毛むくじゃらじゃないね」

「毛むくじゃらと言うな!敬意を持ってモフモフと呼べ!」


「……」


だが、少女の興味はどうやらこちらのようで、指をくわえながらガラスの玉でできた眼を不思議そうにのぞき込む。


「…ろ、ロボット…?」

「う、うん…」


「ロボットが…喋れるの…?」

「え?ロボットはみんな喋れるよ」

「ロボットどころかモモンガだってしゃべれるぜ」


この世界では当たり前のことなのだが、ロボットが目の前で鋼鉄でできた唇を動かして滑らかに話すその姿は、彼女にはさぞ不思議に見えたようだ。それに加えて、動物までもが体内に埋め込まれた機械を通して言葉を話して意思疎通ができるようになっている。


 目を丸くして、口をぽかんと開け、小さくゆっくりと頷くこと2度3度。決して意味を介したわけではなく、たとえば張り子の虎のように、ただそうすることしかできないと言った様子で首を縦に振った。そんな少女の様子を見かねてか、レンチ教授が優しく声をかける。だが少女は肩をこわばらせている。どうやら、目の前でロボットやモモンガが話す光景を見て、まったく見知らぬ世界に来てしまったことを自覚したようだ。


「……ここは…どこなの…?」


その質問の回答には、困るが、どうにも真実を伝えるしかない。取り繕うための嘘など見当たりもしない。


 レンチ教授は黒い金属光沢を放つ眉の間をひそめて、ため息をひとつついてから、この世界のことを彼女に話した。ここが、彼女ら「ニンゲン」が生きていた時代から遥か遠い未来で、「ニンゲン」は既に絶滅してしまったということ。そして、その間の時を越えて、彼女がタイムスリップしてしまったということも。少しずつ、ことを理解し始めたのか。怯えに満ちていた彼女の眼差しは少しずつ、いや、、生気を取り戻すどころかバネ仕掛けで跳ねあがるような勢いで加速度的にキラキラと輝いていくのだった。


「す…すごい!ドラ〇もんみたい!」


「…ナット、ドラ〇もんってなに?」

「え…、なんでボクが知ってることになってるの?」


「いや、さっきからの台詞見ていると、

 今回そう言う役回りなのかなと思って…」

「メタ発言多いな!この小説!」



どういった根拠で、彼女がドラ〇もんみたいと現したのかは分かりかねたが、それでもこの世界に対する怯えがある程度彼女の中で薄れたのは、大きかった。なぜならば、次元転送装置がオーバーヒートを起こしてしまった以上、彼女がもとの時代に帰る手段が断たれてしまったことになるのだ。この世界に、ロボットだらけのこの彼女にとっては奇妙なこの時代に、彼女には留まってもらうことになる。


「…こんなことを言うのは心苦しいんだが、君が暮らしていた

 元の時代に戻るには、しばらく時間がかかりそうなんだ…」


「……え……?」


せっかく輝きを取り戻していた瞳が再び曇り、両の手をだらりと垂らす。彼女を悲しませるのは心苦しいが、真実を伝え、理解してもらうしかない。さらにレンチ教授は続ける。


「次元転移装置の駆動には、想像以上の出力が必要だった。計算を大幅に超える

 エネルギー量の要求に耐えかねて、電源装置が

 オーバーヒートしてしまったらしい」


「先生、電源装置の修理はすぐできるんですか?」


ボルトがそう尋ねると言葉に詰まるレンチ教授。


「…短くて3年かかる……、原因をつくっておきながら、本当に…すまない」


 顔を歪めて、深々と頭を下げるレンチ教授。出し渋ってしまうのも無理はない残酷な答えだ。だがひとつ思うところがあるらしく、うまく行けば電源装置を修理しなくても、次元転移装置を再び駆動させることができるかもしれないというのだ。ボルトとナットがその根拠について尋ねると、レンチ教授は、次元転移装置の操作に使っていたコンピュータから気象予報のウェブサイトにアクセスする。


「ちょうど3日後に落雷注意報が出ている。この街では建物の形が

 詳細に調べられていて、シミュレーション計算によって、落雷確率が一番高い

 建物を特定できるようになっている。それによるとちょうど

 この前史文明研究所の建物のてっぺんにある時計のところだそうだ。

 そこに雷から電気を得るための避雷針を立ててその電力を使えば…」


「すみません、そのタイムスリップの仕方どっかで聞いたことあるんだけど」


だが、それがうまく行くとしても、彼女がこの世界に3日間滞在することになるのは避けられない。そのためには、この世界で彼女に生きてもらわなければいけない。


「……、…あたし、…帰れるの…?」


胸に募る不安からか、明らかに声が小さくなっている。眉の端が下がり、困り顔になる彼女の手を、ボルトがそっと優しく握った。そして、初めて出会ったときに彼女がボルトにそうしたように、彼女の瞳の中を覗き込んだ。


「大丈夫だよ。きっと、帰れるさ」


力強く優しい声だ。その声が耳に響くと少しだけ心が安らいだのか、彼女の顔から緊張が解けて、微笑みが浮かび上がって来た。


「……信じていいの?ロボットさん」

「…ああ。ところで、君の名前を教えてくれるかな」


「あたしの名前はドロシー」

「ドロシー、…珍しい名前だね。僕はボルトって言うんだ」


 ここでようやく少女の名前が判明した。ボルトやナット、レンチにスパナ。機械でできた身体に与えられた、機械じみた名前が溢れる中、その響きはひどく珍しく、同時に美しくボルトの頭の中の歯車を刺激した。


「ボルト?足が速いの?」

「…ナット……」

「何だ…?」


「ボルトと足が速いことってなんか関係あるのか?」

「そういうのボクに聞くのやめろよっ!!」


さらにドロシーの視線は、ボルトの肩に乗っている言葉を話す身体に機械が埋め込まれたモモンガの方へと移る。


「そう言えば、この喋るモモンガさんは?」

「ボクの名前はナット!よろしくな!」


「……、桃太郎って名前じゃないんだね…」

「…読者の何パーセントがそのネタ分かるんだよ…」


「ところで、単純な興味として聞きたいのだが…

 タイムスリップはどんな感じだったのか、教えてくれないか」


ここでレンチ教授がドロシーに質問する。彼女がタイムスリップしたっきり、元の世界に帰れなくなってしまったという事をつくっておきながら、チャンスを逃すまいとするのは、やはり学者としての彼の性分らしい。


「…なんか、すごかった。ごぉ~って、竜巻が起きてそれに巻き込まれて

 飛ばされちゃって、気づいたらここにいた」

「…た、竜巻…?それはそれは…心があるニンゲンなら、さぞ怖かったことでしょう」


レンチ教授の言い回しに何か違和感を感じたのか、ドロシーは少し顔を歪める。何分初めてのニンゲンとの対話だ。心があるニンゲンと会話をしたことがない故に、なにか心というものに失礼があったのではないか。レンチ教授は焦るがままに謝ってしまう。


「…なんで、謝るの?」

「いえ、何かまずいことでも言ったのかと思いまして、失礼をお許しください」


「…失礼じゃないけど…」


どうやらドロシーの胸に引っかかったのは、ロボットがニンゲンと言う存在に無知であるがために、犯してしまった失礼というわけではないらしい。


「あの…、ロボットには心はないの?」


「…はい、残念ながら。心というものはニンゲンだけが持つ大変高等な

 外部刺激に応答する感情器官であり、他のいかなる技術を以ってしても

 近づくことのない不可侵の存在と私共ロボットは考えています」



「…よ、よく分からないけど…」


見かけどおり、まだ齢の幼いドロシーにはレンチ教授のご高説は難しすぎたらしい。


「とにかく、君はすごいってことだよ!

 僕たちはみんな、心を持ったニンゲンに物凄く憧れているんだ!」


 首をかしげるドロシーの背後で、ついに興奮を抑えきれなくなったボルトが口を開く。開いた途端に身体中のジョイントのたがが外れてしまったようで、奇妙なステップを踏みながら、まるで舞踏劇のように大きな身振り手振りを加えて踊りながら話し始める。


「そんなに、すごいことなのかな……」

「すごいよ!だって、こんなに!こんなに!

 僕達ロボットをつくった存在に出会えた、こんなに動力部のピストンが激しく

 上下する感覚…初めてなんだ!こんなときに僕にも心があれば…

 きっと、もっと嬉しいはず!もっと想像つかないくらい喜べるはずなんだ!」


「…でも、それって心があるってことなんじゃないの?」


ドロシーが放ったその一言で時間が止まってしまった。ニンゲンだけが持つとされる心。それを鉄でできた身体に電気回路を通したものに過ぎないロボットなどが持っている。そんなおこがましいことはあり得ない。あり得るはずがない。それがロボットたちの考えだった。


「ですが、私共は所詮ロボットなのです。ニンゲンが持つ心など到底…」

「…そうかな、あたしはみんなが持ってるものだと思うけど

 たとえば、ナットさんにも心はあると思うし、ボルトさんも、レンチ先生も…

 みんなみんな持ってると思う…」


「君が言っていることは、光栄ですよ。でも、どうも納得できない…」


 ロボットにも心はあると言うドロシー。だが、レンチ教授もボルトも、ロボットが持つべきものではない、どうあがいても届くことのない存在として心を位置付けているのだ。いくら、それを言われたところで考えがすぐに揺らぐことはなかった。これ以上の議論は優先すべきではないとレンチは考え、ドロシーの身柄をどこで預かるかに話題は移った。研究室の窓からは西日が射しこんでおり、太陽が間もなく沈もうとしている。少なくとも3日間は過ごす宿を考えてやらねばならない。


「それなら、大丈夫です。僕の家が空いてます」


だが、この議題はすぐに話が進んだ。ボルトが自分の家で彼女の面倒を見てくれると言うのだ。レンチ教授の中には、せっかくのニンゲンとのコンタクトを味わいたい節もあったが、同時にドロシーにとってはボルトの方が接しやすい存在であるという事も自覚していた。そうと決まれば、ボルトは早速家まで案内すると嬉嬉として彼女の手を引こうとするのだが、レンチ教授が差し止める。


「待ちなさい。ニンゲンを生身で外に出すのは危険かもしれない。

 念のために、このロボットスーツを着用させなさい」

「ありがとうございます、先生」


「…すみません、ボクには段ボールにしか見えないんだけど」

「何を言う、ちゃんとメーカーのロゴも入ったきっちりとした

 正真正銘のロボットスーツです。ほら、Awazon.co.jpって…」

「正真正銘たる段ボールだろうがっ!!」


ボルトとレンチ教授に手伝ってもらいながら、段ボールもといロボットスーツを着用するドロシーの様子を呆れた眼差しでナットが眺める。



「…あれじゃ、完全にダンボーなんだけど…」




ところが、対照的にボルトはかなり楽観的なのか常に明るい笑顔を段ボールもといロボットスーツの中のドロシーに向けている。飼い主の笑顔はペットにとっては安心のタネとなるはずなのだが、ナットにとってはどうやらそうではないらしい。それもそのはず、これから始まるのはロボットとはいくつも勝手の違うニンゲンとの共同生活なのだから。


「…だいたい、食べ物どうすんだよ…」




*****




 その頃、ロボトミーインクに一本の電話がかかった。相手は、昼にプレゼンテーションをしたハートロックネジの試供品を手渡されたモニターの妻にあたる方だそうだ。


「はい、お電話ありがとうございます。ロボトミーインクでございます」


受話器の向こうからはただ事ではないような声が聞こえ、顔を突き合わせてなどいなくても不安が読み取れてしまう。心を持たず、その存在にあこがれ続けるロボットに心を外部メモリとして実装するという誰もが夢に描いた画期的な商品のモニターからの最初の一本の電話は、どうも良い話ではないらしい。


「いかがなされましたか?」

「…夫が、ハートロックネジを搭載してからおかしくなったんです…」


「…変と言うのは、どのようにでしょうか。変がありましたところを

 具体的にお聞かせ願いたいのですが…」


 電話の相手の夫は、ロボットの中では有名な資本家であり、ロボトミーインクに大量の投資を行っていた。それもこのハートロックネジをいち早く手に入れて、心を持ったロボットと言う、ロボットなら誰しもが憧れる存在となるためだ。だが、彼はそのハートロックネジを搭載してから、食べ物の好みや音楽の好みが変わったというのだ。彼と今朝まで、「ふたりの好きな最高のクラシック音楽を聞きながら、最高の晩餐会を行おう、そして心を以ってして至高の幸福を味わおう」と話していたのが、全て打ち砕かれてしまったと。さらには夫からの愛情も感じられなくなり、まるで中身が別の物に変わってしまったようだと。夫を返してほしいと涙声になりながら訴えたのであった。



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