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 もう一つの、鏡の中の塔に入った私達。

 探索しようと決まり、さっそく黒い部屋を出ようとした私を止めたのは、さやかちゃんだった。


「リンお姉ちゃん。この鏡、どうするの?」


 さやかちゃんはくぼみにはまったままの鏡を指差している。すっかり忘れていたけど、確かに、そのまま置いていくわけにもいかないよね。この先、必要になるかもしれないし。

 でも、鏡はくぼみにぴったりはまっていて、指をかけるところもない。


「これ、どうやったら取れるのかな……あっ」


 鏡を見下ろして悩んでいると、光の円が消えて鏡が音もなく浮かび上がってきた。それを手にとり、インベントリにしまう。


「お待たせ。行こうか」


 振り返ってそう言うと、マリアロッテくんが渋い顔をした。


「わんこのおねーさん、金髪のおにーさんが一人で出ていっちゃったよ?」

「えっ!」

「引き止めたんですけど……」


 与一さんが眉を寄せてマリアロッテくんと目を見交わす。どうやら、言うことを聞かずに紅蓮が勝手に先に行ったらしい。


「リンお姉ちゃん、紅蓮お兄ちゃん大丈夫かな?」

「もう、金髪男め! さやかちゃん、追い掛けようか」

「うん!」


 うなずくさやかちゃんと一緒に入り口で待っていてくれた与一さん達と合流し、外に出た。


「……こうなっているのかあ」

「ピィ、ピィ」


 部屋の外もやはり全体的に黒く、塔の外に出る扉がなくなっていた。

 不思議そうにレヴィがキョロキョロと見回している。

 私の隣でユキトさんも同じように辺りを見渡し、首をかしげた。


「階段はあるけど、なんだかおかしくないかい? 違和感があるというか……」

「ユキ兄、どういうこと?」

「うーん……ここにあったんだっけ?」


 ユキトさんが首をかしげると、与一さんも唇に指先をあてて考え込んだ。


「そういえば……入り口から見て左にあったはずですのに、今は右になってますわ」

「位置が変わっているということですか?」

「ええ。そう思います」


 私が問いかけると与一さんはこくり、とうなずいてみせた。

 位置が変わってる、か。どういう意味を持つんだろう。


「うーん。とりあえず、先に行こーよ。上、あがろー」

「あ、そうだね。じゃあ、私が先頭で、マリアロッテくんが次、ユキトさんは最後尾で後ろからの攻撃に備えてください。与一さんとさやかちゃんは、真ん中で」


 マリアロッテくんがうずうずしている。私は流水を手に持つと、先頭にたって皆に指示した。皆はそれぞれ了解してくれて、すぐに隊列を組んだ。さて、紅蓮はどこにいるのやら。

 今更ながら、紅蓮をパーティーに入れたことに対する不安が湧いてきたけど、始めた以上は終わりまで頑張るしかない。

 私は溜め息を噛み殺して、階段をそろそろと上りはじめた。




「――うりゃあっ」


 二階に上ってすぐ耳に飛び込んできたのは、紅蓮の声だった。


「わんこのおねーさん! あいつ、一人で戦ってるよ!」

「金髪男……あの馬鹿!!」


 思わず悪態が口を突く。マリアロッテくんの指摘通り、二階に上がってすぐの部屋で、紅蓮が数体のモンスター相手に戦っていた。

 モンスターは、大きな水晶を幾つか重ねたような姿をしていて、赤い色をしたものと黒い色をしたものの二種類に別れている。

 マリアロッテくんが戦斧を構えながら言う。


「あの赤色のは物理こーげきしか効かなくて、黒い色のは魔法こーげきしか効かないよ」

「そっか、ありがとう。なら、さやかちゃんの出番だね」

「うん! 頑張る!」

「わたしもお役にたてますよ」


 私の言葉にさやかちゃんが銀のロッドを握りしめながらうなずく。その後ろから与一さんが弓を構えながら前に出て微笑んだ。


「わたしの弓には光の属性が付いてますから、ダメージを与えられます。黒い方はお任せくださいな」

「はい。なら、よろしくお願いします。それじゃあ、私とマリアロッテくん、ユキトさんで赤色のを倒しましょう」

「りょーかーい」

「うん、わかったよ」


 うなずくマリアロッテくんの隣で、赤い房の付いた槍をくるりと一回転させ、ユキトさんはにこりと笑う。

 戦闘準備を整えた私達は、一度顔を見合わせてから紅蓮のいる部屋に向かった。


「ちっ、犬女、遅いぞ!」


 私達を見て、苦戦していた紅蓮が舌打ちした。


「なに勝手なこと言ってるの、金髪男! いい? 次からは一人で先に行かないでよね!」

「あー、うるっせえな。とっとと来ねーから悪いんだろ」

「金髪男……言ったよね? このパーティーに入るなら、私の指示に従ってもらう、って。いい? 一人で、勝手な、行動は、しないで! ……わかった?」

「……わかったよ」


 もう一度舌打ちして、紅蓮はそっぽを向いた。本当に、もう! どうしようもないな、こいつは!

 しかし、今は喧嘩をしている場合じゃない。

 私は一つ深呼吸して気持ちを落ち着けると、近くにいた赤色のモンスター、【クリスタル・シャドウ】に斬り掛かった。

 流水が硬質な音と共に弾かれる。


「えっ!?」


 赤色が物理攻撃しか通用しないはずじゃあ!?

 赤いクリスタルが私に向かって体当たりをする。体のバランスを崩している私は、それを避けれずにまともに食らってしまった。

 大きく削れるHPバーを確認して、慌てて距離をとる。


「なにやってんだよ犬女! この赤いヤツは物理無効みてーだぞ!」

「えっ、だってマリアロッテくんが」

「わんこのおねーさん、こいつら、なんかおかしいよ!」


 私がマリアロッテくんを見ると、彼女もこちらを見ていた。与一さんも困惑の表情を浮かべて私を見ている。


「理由はわかりませんけど、どうやら逆になっているようですわ」

「逆? つまり……」

「赤いのが魔法しかダメで、黒いのが物理しかダメってことー。えいっ」


 マリアロッテくんは話ながら黒いクリスタルを一体切り伏せた。光の粒子になってクリスタルが消えてゆく。


「わかった。なら、逆を攻撃しよう。さやかちゃん、わかった? ユキトさんもいいですね?」

「うん、赤いのに魔法だね?」

「わかったよ」


 さやかちゃんとユキトさんの返事を聞いて、私ももう一度流水を構えた。今度は、少し離れた場所にいる黒いクリスタルを狙う。

 透明なクリスタルの真ん中を狙って斬り付けると、甲高い音が響き、粉々になった。よし、一体撃破だ。

 弱点さえわかれば難しい敵ではなく、私達はあっという間にクリスタルを殲滅した。


「もう終わりだよね? リンお姉ちゃん」

「うん、たぶんね」


 辺りを見回しながらさやかちゃんが尋ねてくる。それにうなずきを返して、私も部屋を見回した。

 ここも全体的に真っ黒。さっきの部屋と違う点は、奥の壁に銀で装飾された鏡があるところだ。


「あの鏡が怪しいですね。それとも、他の場所も見てから調べますか?」

「それもいいけどさ、ヨイチ。その前にすることがあるよね?」


 マリアロッテくんは与一さんから離れ、紅蓮の前に立った。なんだか……怒ってる?


「なんだよ。ネカマ」

「……勝手なこーどーしておいて、謝りもしないわけ? そーゆー人と一緒にパーティー組むのは、イヤなんだけど」

「もう先に行くのはしねーよ」

「それだけ? きちんと謝ってよ。皆にめーわくかけたんだしさ」

「うるせーな。別に俺が頼んだわけじゃねーだろ」

「助けてもらってそれなの? サイテー」


 マリアロッテくんと紅蓮の言い争いは加熱してゆく。ここはリーダーの私がなんとかしなくちゃ、と思うけど、どうしていいのかわからない。とりあえず、紅蓮に勝手な行動をとったことを反省させなくちゃ駄目だよね。


「金髪男、マリアロッテくんの言う通りだよ。勝手な行動をしたんだから、皆に謝らないと」

「ああ? 手前まで鬱陶しいこと言ってんじゃねーよ。もうしないって言ってるだろーが」

「それだけじゃ駄目なんだってば」

「……わんこのおねーさん」


 冷えた声にぎくりとマリアロッテくんを見ると、彼女は凍てついた眼差しで紅蓮を見据えていた。


「ボク、こいつキライ。こいつが謝るまでは一緒にパーティー組むのはやだから」

「え……マリアロッテくん」

「上等だ、ネカマ。俺も手前みたいなネチネチしてるヤツと組みたくねーよ」

「ちょっと金髪男!」


 マリアロッテくんの言葉に紅蓮も噛み付くような言葉を返す。睨み合う二人を、与一さんやユキトさんは困った表情で見つめていて、さやかちゃんはうつむいている。

 ……どうしよう。

 このままじゃ、パーティー崩壊だ。ダンジョン探索どころじゃない。それはわかるのに、解決策が思い浮かばない。

 一番いいのは紅蓮が謝ることなんだけど、素直に謝るようなら喧嘩になってないし。ああ、もう。今日は私が皆を集めた、リーダーなのに。

 自分の腑甲斐なさに泣きたくなった。


「ピィ……」


 レヴィが心配そうに私の頬に擦り寄る。


「……っく、ひっく。二人とも、止めてよぅ……」


 さやかちゃんが泣き出したのは、その時だった。


「さやか……」


 ユキトさんがさやかちゃんの側に寄る。さやかちゃんはユキトさんの服の裾を片手で握りしめると、紅蓮とマリアロッテくんを交互に見上げた。


「紅蓮お兄ちゃん、マリアロッテお姉ちゃん、喧嘩は止めようよ。皆でゲームしてるのに、喧嘩しちゃつまらないよ」

「……別に、俺から吹っかけたわけじゃねえよ」

「……ボクは悪くないもん」


 気まずそうにそっぽを向きながら、二人はぼそぼそと反論する。さやかちゃんがさらに涙をこぼしたのを見て、与一さんが溜め息を吐いた。


「いい加減にしておきなさい、マリア。それに、紅蓮さん、あなたも。悪い事をした時は素直に謝る方が男らしいですよ?」

「……ちっ」

「だって、ヨイチ。こいつムカつくんだもん!」

「マリア」

「……むー」


 紅蓮とマリアロッテくんは与一さんにたしなめられてそれぞれ眉を寄せた。ユキトさんがさやかちゃんの頭を撫でながら、苦笑する。


「僕も、せっかく新しいダンジョンに来たのに喧嘩別れするのは勿体ないと思うよ。仲直りして、先に進もうよ」

「それはボクも思うけど……」


 むー、とマリアロッテくんは唇をとがらせ、横目で紅蓮を見た。


「……こいつが謝るなら、仲直りしてもいいけど」


 その言葉に、皆は紅蓮を見る。紅蓮は腕組みをしてそっぽを向いたまま、何も言わない。

 その無駄に整っている横顔を眺めていると、だんだん苛々としてきた。こいつ……子供か? いや、さやかちゃんだって空気くらい読む。さやかちゃん以下のガキだ。

 私は無言で紅蓮の前に立ち――


「……ぐっ!?」


 その胸ぐらを掴んで締めあげた。


「な、に、しやがる!」

「いーい? 紅蓮」


 初めて名を呼ぶと、紅蓮は目を見開いて驚いた。その顔を睨み付け、私はきっぱりと言う。


「今回の件は、確実にあんたが悪い。一人で先に行って、一人で戦闘してて、謝りもしない。マリアロッテくんが怒るのも無理ないよ」

「…………」

「だから、皆に謝って。そして一緒に探索しようよ。紅蓮、あんたの力も私達に貸してよ。ね?」

「……ちっ」


 紅蓮は私の手を振り払うと、舌打ちしてから金髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。


「……かった」

「え?」

「……悪かったよ。今は俺がリーダーじゃねえんだよな。勝手な行動して悪かった。ネカマ、手前にも謝る。すまなかったな」


 紅蓮の謝罪に、マリアロッテくんは嫌そうに顔をしかめ、つぶやく。


「……そのネカマっていうのも止めてくんない? ボクにはマリアロッテって名前がちゃーんとあるんだしさ。……紅蓮」

「……わかった。マリアロッテ」

「うん。ボクも言い過ぎだったかも。ごめんね」


 マリアロッテくんは笑みを浮かべて紅蓮を見る。紅蓮も小さく笑みを返して、それから私とさやかちゃんを見た。


「……おい。これでいーんだろ。ちび、もう泣き止め」

「……ちびじゃないもん」


 まだぐすぐすと鼻を鳴らしながらも、さやかちゃんは涙を拭った。与一さんとユキトさんも安堵したように表情を緩めている。

 私は……。


「……次、勝手な行動したらパーティーから外すからね」


 きっちり釘をさしてから、許してやることにした。我ながらものすごく甘いと思う。でも、ゲームの中くらいは仲良く遊んで、楽しみたい。今回の冒険も楽しいものにしたい。

 だから、一度くらいは大目に見ることにした。

 ……トオルとかがこの場にいたら、叱られてたかもなあ。

 そんなことを思いながら、私も笑顔を浮かべたのだった。




「全部の部屋を回ったけど、鏡があるのはここだけだったね」


 紅蓮とマリアロッテくんが仲直りした後、私達は改めて二階を探索してみた。結果は、最初の部屋以外には何もなかった。


「上へあがる階段もありませんでしたしね」

「やっぱり、この鏡が怪しーよね」


 与一さん、マリアロッテくんが鏡を見つめる。他の皆も、少し距離を置いて鏡を眺めている。


「……調べてみるよ」

「リ……犬女、何があるかわからねーからな。油断するなよ」

「わかってる、金髪男も注意しててよ? 皆も、警戒はしていてね」


 私は皆に注意を促して、そろり、と鏡に近づいた。

 鏡に私の顔が映――らない?


「あっ」


 また鏡から白い光が溢れたかと思うと、私は見知らぬ場所に立っていた。

 広い空間。まるで夜空のように暗闇が広がる中、淡い光がぼんやりと漂っている。

 足元は階段で、それが左右上下、あちらこちらに伸びていた。階段の先には鏡がかけられていて、その数はざっと見ても十は越えている。


「……あれ全部がさっきみたいな部屋につながっているのかな」


 だとしたら、調べるだけでも大変だ。


「ピィ?」


 今まで大人しくしていたレヴィが私の顔を覗き込み、小さく鳴く。私はレヴィの喉を撫でて、後ろを振り替えった。

 後ろは壁で、そこには鏡が一枚壁にはりついている。たぶん、さっきの部屋につながっている鏡だろう。

 私は一度戻って、皆に相談してみることにしたのだった。

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