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鏡の迷宮の探索には、私の【直感】スキルが役に立った。
「うーん……そっちは間違いのような気がするから、こっちかな?」
「ピィ!」
なんとなく、の勘だよりに不安はあるけど、全ての鏡を調べるのは時間がかかる。ということで、私が選んだ鏡を皆で通ってみることになった。
片手で鏡に触れると視界が歪み、別の場所に立っている……はず。
私は周囲を見回し、首をひねった。
「あれ? さっきと同じ場所……じゃない、よね?」
「ピィ?」
選んだ鏡の向こう側も、さっきと同じように宇宙空間のような場所で、階段と鏡がある以外何もなかった。
「また似たような場所だな……」
「むー。モンスターがいなくて、つまらなーい」
暗闇に伸びる階段を眺めながら紅蓮がつぶやき、マリアロッテくんがピンク色の唇を尖らせた。
「ふわぁー、ここ、落ちたらどうなるのかなぁ?」
「ささ、さやか! 危ないから下を覗き込むんじゃない! ほら、こっち来なさい、こっち!」
「あらあら。そんなに恐がらなくても大丈夫だと思いますわ」
階段の下を覗き込んで目を丸くするさやかちゃんを、ユキトさんが震えながら手招きする。その後ろでは与一さんが口元に手をあてて上品に苦笑していた。
「皆、警戒は忘れないでね? じゃあ、次行こうか」
「ピィピィ」
機嫌良く相づちを打つように鳴くレヴィを肩に乗せたまま、私が先導して歩きだすと、皆もぞろぞろとついてきた。
なんだかツアーガイドか何かになった気分だ。
そのまま皆で次の鏡を抜けると、今度は黒い部屋に出た。
「塔にもどったのかな?」
「ピィ?」
部屋の中には三枚の鏡が左右と真ん中の壁にかけられていて、私達が出てきた鏡を入れると、四枚の鏡があった。
「出てきた鏡がどれかわからなくなりそーだね。ボクがここに立ってるよ」
マリアロッテくんが気を利かせて、今出てきた鏡の前に立ってくれる。
「三枚の鏡……どれを選びますか?」
「うーん……」
与一さんに尋ねられて三枚の鏡を見たけど、勘が働かない。
「ごめんなさい、わからないです」
犬耳と尻尾が垂れ下がっているのがわかる。しょんぼりとしていると、紅蓮が舌打ちした。
「ちっ、【直感】が使えねえのか。なら、ひとつひとつ調べるしかねえな」
「そうだね。でも、気をつけないと迷いそうだね」
鏡を見ながらユキトさんが困った顔をする。確かに、一度わからなくなると迷いそうだ。
「なら、まず私が行きますから、皆はここに居てください」
「一人で行くの? 危ないよ、リンお姉ちゃん」
「そうだね、危険じゃないかな」
私の言葉にさやかちゃんとユキトさんが難色を示す。紅蓮と与一さんも渋い顔をした。
「モンスターがいたらどうすんだよ。俺も行ってやる」
「そうですわね。わたしも行きますわ」
「えー、ずるーい。ボクも行きたーい」
「はは。なら、僕がさやかと留守番しておくから、行っていいよ」
マリアロッテくんが手を上げて主張すると、ユキトさんが笑って言った。
「えー。さやかも留守番なの?」
「この鏡から出てきたって事を誰かが覚えておかないと不味いだろう? 我慢しなさい」
「ぶー」
さやかちゃんは頬を膨らませながらもユキトさんの言葉に頷いた。それを見ていた紅蓮が肩をすくめる。
「……へたれ鬼だけじゃ不安だからな。やっぱ俺も残ることにするわ」
「へえー、やさしーじゃん」
「うるせー」
マリアロッテくんのからかいに紅蓮は憮然としながらもさやかちゃんの近くに立つ。
うん、もしかしたら何かあるかもしれないもんね。モンスターが出たりしたら、ユキトさんだけじゃ厳しいかもしれないし。
紅蓮にしては気が利くね。
こうして、鏡探索メンバーは私、与一さん、マリアロッテくんになり、留守番役は紅蓮、ユキトさん、さやかちゃんになった。
「じゃあ、まずは右側を調べましょうか。与一さん、マリアロッテくん、準備はいいですか?」
「いつでも大丈夫ですわ」
「オッケーだよ」
二人に確認して、私は右側の壁にかけられた鏡の前に移動した。
「ピィ!」
レヴィがやる気に満ちた鳴き声を上げる。それに笑って、私は片手を伸ばし鏡に触れた。
「……部屋、か」
鏡の向こう側には、同じような部屋があった。ただし、鏡は奥に一枚かけられているだけ。
「あの鏡も調べてみますか?」
「うーん、そうですね。私が調べますから、ちょっと待っていてください」
「わんこのおねーさん、気をつけてねー」
「うん、ありがとう」
与一さんとマリアロッテくんに見守られ、私は用心深く鏡に近づいた。
……なんとなく、だけど、嫌な予感がする。
銀縁の鏡は上半身が映る程度の大きさで、私がそっと覗き込むと、犬耳を持つ地味な女が映った。
ショートの明るい茶髪で目は深い緑色。焦げ茶色の犬耳はふわふわで垂れ下がっている。もちろん、私の姿である。
「……別におかしいところは、ない、かな」
勘も外れることがあるのかな、と考えたけど、どうにも違和感がある。むう、なんだろう……なにか足りない?
「ピィ?」
私が眉を寄せて鏡を見つめていると、レヴィが不思議そうに鳴いた。レヴィ……そうだ、レヴィだ!
「レヴィが映ってない」
鏡の私の肩には、白蛇が乗っていない。思わずつぶやくと、鏡の中の私がにやりと笑った。
「なっ……うぐっ」
「ピィ!?」
驚きの声は途中で途切れた。鏡の中から出てきた手に、喉を絞められたからだ。
「ピィ!」
レヴィが小さな口で噛み付くが、ダメージは与えられていないようだった。
「リンさん!」
「わんこのおねーさん!」
与一さんが弓を構え、マリアロッテくんが戦斧を振りかざす。私も、とっさに腰から引き抜いた流水で、鏡から突き出ている腕を切り裂いた。
どろり、と腕が溶けた。
「ええっ!?」
溶けた腕は黒い塊となり、べちゃりと音をたてて床に落ちる。鏡からも同じ物体がにじみ出てきて、床に落ちた塊と合体した。
まるで黒いスライムだ。 私が固まっていると、マリアロッテくんが鋭く言った。
「退いて、わんこのおねーさん、ドッペルンだよ!」
「ドッペルン?」
私はマリアロッテくんの言葉に従って後ろに下がりながら、おうむ返しにつぶやいた。
「触った相手に変化するモンスターですよ。ふっ!」
与一さんが私の疑問に答えながら光の矢を放つ。狙い過たず、矢はドッペルンに突き刺さった。
再び私に変化しようとしていたドッペルンは、苦痛の声をあげて身をよじる。
うう、自分と同じ顔で悲鳴をあげられるのって、地味に精神に堪えるよ。
「わんこのおねーさん、ごめんねー」
マリアロッテくんがたたき込んだ戦斧の一撃で、私の姿を真似たドッペルンは光の粒子となって消えていった。……マリアロッテくん、謝らなくてもいいんだよ?
「……でも、まだ私だったから良かったかな」
「ピィ?」
もしドッペルンが化けたのが力のあるマリアロッテくんや、弓を使う与一さんなら、厳しい戦いになりそうだ。
「鏡は、真っ黒になってますわね」
私が考えていると、与一さんがつぶやいた。確かに、ドッペルンが出てきた鏡は墨で塗り潰したように真っ黒になっている。
「うーん。トラップだったのかなー?」
「そうかもしれないね。一旦戻ろうか、マリアロッテくん」
「そだね、わんこのおねーさん」
話がまとまり、私達が来た方の部屋に戻ると、紅蓮達が厳しい顔をしていた。さやかちゃんもロッドを握りしめ、ユキトさんの後ろでこちらを伺っている。
「なに、なんかあったの? 金髪男」
「……本物の犬女だな」
「本物、ですか? もしかしてドッペルンが出たのですか?」
与一さんの質問に、ユキトさんが困ったように槍を下げる。
「ドッペルン……っていうのかい? さっき、さやかが左の壁にかかっている鏡を覗き込んだら、いきなりさやかそっくりのモンスターが出てきてね……」
「もちろん、すぐ倒したけどよ。鏡は真っ黒になるし、また出てくるかもしれねーから、一応警戒してたんだよ。で、そっちはどうだった?」
紅蓮に尋ねられ、私達もドッペルンに襲われたことを話した。
「じゃあ、残った真ん中の鏡が当たりなのかな、リンお姉ちゃん」
「うん、その可能性が高いね。でも、まずは私が確かめるから待っててね」
「はーい」
素直にうなずくさやかちゃんをユキトさんに任せて、私は残った鏡の前に移動した。ドッペルンが出てきた場合に備えて、皆は武器を構えている。
そっと覗き込んでも、特におかしな点はない。
「ちゃんとレヴィも映ってるしね」
「ピィ!」
レヴィの頭を撫でて、私は片手を伸ばし、鏡の表面に触れた。ひんやり、と冷たさが感じられ、視界がぐにゃりと歪む。
次に気が付いた時、私は螺旋階段の一番下に立っていた。
ここも黒の塔らしく、全体的に真っ黒で、どこからか鐘の音が聞こえてくる。
「……今度はここを登れってことかな」
「ピィピィ」
「うん、長いねー」
螺旋階段は高く伸びている。溜め息を吐いて、私は皆を呼びに戻ったのだった。




