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かしゃん。
その音を聞いた時の感覚をどう表現したらいいだろう?
やった! という気持ちと、え? 本当に? という疑い。期待と不安に心臓が跳ね飛んでいる。
いろんな感情が交じりあって固まる私の前で、金庫は鈍く光り、薄く扉を開いていた。
そう。雑貨屋のクエストである《雑貨屋店主のお宝》、古びた金庫の鍵開けがとうとう成功したのだった。
――やったあ!!
「なに? え、あの金庫開いたの。へえ、やるじゃない」
金庫破……げふんごふん、えっと金庫の鍵開けが成功したことを告げると、リーザはちょっと目を丸くしてから「おじいちゃんを呼んでくるわ」と奥に引っ込んだ。待つことしばし。やってきたのは、派手な赤の服と蜘蛛柄のズボンを着たおじいさんだった。
「よう。あんたかい? あの金庫を開けたっていうのは」
白髪をオールバックにしたやけにダンディなおじいさんは、にやりと笑って私を見た。
あまりにも予想外なおじいさん――雑貨屋店主の姿に呆気にとられていた私は、慌てて頷く。
「は、はい。こう、かしゃん、と」
「ふむ、かしゃんとな。で、中は見たのかい?」
「いいえ、まだです。あの……勝手に見たら失礼かと思って」
「なんだい、やけに礼儀正しい冒険者だな。いいから開けて見てみな」
「は、はい」
店主に促され、私は古びた金庫を開いた。中には、小さな箱と地図が一枚。
「そいつはあんたのもんだ。貰っていきな」
「え……いいんですか?」
「ああ。もう俺にゃあ必要の無いもんだしな。それをどう使うかは、あんた次第だ。ま、俺としちゃあ、挑戦して欲しいとこだけどな」
「挑戦?」
なんにだろう、と不思議に思って呟くと、店主はにやりと口角を上げて笑った。
「決まってるだろ? それは宝の地図。なら、やることは一つさ。……せいぜい頑張ってきな」
音楽が鳴って、クエスト達成のインフォメーションが流れる。
こうして雑貨屋のクエストは終わり、私は店主のお宝という小さな箱と地図を手に入れたのだった。
さて、どうしよう。
私は宿屋の部屋で地図を眺めてみた。場所は、西の旧鉱山をさらに西に行ったところ。
どうやら、以前トオルに聞いた《塔》らしかった。
「問題は、ソロじゃ厳しいだろうなってとこなんだよね……」
ベッドに腰掛けたまま、私は腕を組むと唸り声を上げた。むーん、困った。
実は、トオル達はギルドの仲間達とクエストの真っ最中なのだ。いつ終わるかわからないけど、待つか。それとも別の人に声をかけるか。
……まあ、フレンドが少ない私は、声をかける相手も決まっているんだけどね。
「駄目もとで、一応声をかけてみようかな」
ウインドウを開いて、まずは相手がログインしてるかチェック。うん、いるね。
無理だろうなーと思いながら声をかけてみると、思いがけず皆あっさりとオッケーしてくれた。
一人足りないけど、まあいいかと、チャレンジしてみることになった。
準備を整え、西の門で待っていると、声をかけたうちの二人がすでに来ていた。
「わんこのおねーさん、遅いよー」
「リンさん、今日はお誘いありがとうございます」
パールピンクのふわふわ髪を緩いお団子にした吸血鬼の女の子と、桜色の小袖を来た黒髪の和風美人。
マリアロッテくんと与一さんである。
「待たせてごめんね、マリアロッテくん。こちらこそ、今日は来てくれてありがとうございます、与一さん」
私は二人に挨拶してきょろり、と周りを見渡した。
「あの二人はまだ来ていないんだね」
「うん、そーみたい」
「あら。噂をすればなんとやら、ですわよ」
与一さんの示す先を見ると、確かにこちらに向かってくる三人がいた。……三人?
一人は、淡い緑色の髪に花の髪飾りをつけた妖精族の女の子、さやかちゃん。
その隣にいるのが、赤毛に角を生やした鬼族の青年、ユキトさん。
……そしてもう一人。
「なんで金髪男が……?」
ユキトさんの隣で仏頂面をしている、金髪のプレイヤー、紅蓮。彼は天龍族らしく、腕に独特の紋様が刻まれている。確か、ステータスがすごく高い反面、成長が遅い種族……だったかな。
声をかけていない相手が来ている事実に眉を寄せて呟くと、マリアロッテくんが頬に人差し指をあてて小首をかしげた。
「んー。よーせいの女の子が呼んだんじゃなーい?」
「仲良しでしたものね」
与一さんも微笑んで頷く。二人は紅蓮が参加することに不満はないらしい。
まあ、結論から言うと二人の推論通りでした。
「あのね、リンお姉ちゃんが一人足りないって言ってたでしょ? だから紅蓮お兄ちゃんを誘ったの。……ダメだった?」
うるうるとした目で見られると、嫌だとは言いづらい。私が渋い顔をしたまま紅蓮を見ると、彼も私を見ていた。
「なんか文句あんのかよ」
「……いつものメンバーはどうしたの?」
「さあ。狩りにでも行ってんじゃねーの。いつもつるんでるわけじゃねーから、知らねーよ」
「うーん……私がリーダーだからね? ちゃんと指示に従ってよ? あと、絶対にマナー違反は駄目だからね?」
「ちっ、うるせーな。わかってるよ」
本当かなー? まあ、もし他のプレイヤーに喧嘩を売ったりしたらパーティーから抜ける、とまで言ったので、パーティーに入れることにした。
それと、さやかちゃんには次からは事前に連絡して欲しいと言って、この話は終わりにする。
私達はアイテムなどの備を確認し、西の門をくぐり抜け歩き始めた。
爽やかな風が草原を吹き抜ける。今日の《World》は冒険日和の快晴だ。
皆で和やかに雑談しながら歩いていると、ジャケットの内ポケットがもぞもぞしだした。
「あ、ごめん。忘れてた。もう出てきていいよ」
「ピィ!」
私の言葉にポケットから出てきたのは、白蛇のレヴィである。
レヴィはそのまま羽根を動かしてポケットから飛び立つと、私の左肩に乗ってもう一度「ピィ!」と鳴いた。街中では目立ち過ぎるので、ポケットに隠れてもらっていたのだ。
皆はレヴィを見て驚きに目を丸くする。
「え? 蛇? なんでわんこのおねーさん、そんなの持ってるの?」
「召喚獣……ではありませんよね?」
マリアロッテくん、与一さんがまじまじとレヴィを見て呟く。身を引いたのはユキトさんで、歓声を上げたのはさやかちゃんだ。
「う、うわっ、蛇!?」
「わあ、きれーい。小さくてかわいい蛇さんだね!」
「ささ、さやか、危ないよ! 咬むかも! 毒を持っているかも!」
「えー、大丈夫だよー。ね、リンお姉ちゃん」
「うん、大丈夫だよ。咬みませんよ、ユキトさん」
「そ、そうかい?」
「毒があるかどうかはわかりませんけど」
「ひーっ!!」
「……おい」
そんな私達を少し離れたところで眺めていた紅蓮が、レヴィを顎で示して言った。
「その蛇、レーヴにそっくりじゃねえか。何か関係あんのか?」
鋭い。私はちょっと待ってもらい、フレンドコールでトオル達の了承を得てからシルト村で起きたレーヴイベントを話した。
「……あの森にそんなとこがあったのかよ」
「楽しそう! さやかもやってみたいな!」
「レーヴかあ。強そーだね。ボク、戦ってみたいなあ」
「あら、マリア。その時はわたしも一緒に行きます。呼んでくださいね」
「……巨大な蛇なんて、怖すぎる」
話を聞いた各自の反応は様々だった。悔しそうな紅蓮、はしゃいでいるさやかちゃん。好戦的なのはマリアロッテくんと与一さんコンビ。一人怯えているのがユキトさんだ。
レーヴの話をしながら歩いている間に、いつもの雑木林を抜けて鉱山跡に着いた。今日はそこも通り抜けて、さらに西へと足を進める。
しばらく進むと緑がまばらになっていき、やがて岩だらけの場所に出た。
「あれが《塔》……」
長い坂を登れば、すぐにその塔は目に入ってきた。 天を突くようにそびえ立つ白の塔。その最上階は首をどんなに上向けても見えない。あそこを攻略するのって、大変そうだな。
「……なんか、すごく高い塔だね。あれを攻略するのは骨が折れそうだなあ」
私と同じことを考えたらしく、ユキトさんが溜め息を吐く。その隣で与一さんが優雅に首を振った。
「そうでもないですよ。見た目はああですけど、中は32階しかありませんでしたもの。ちょっと残念でしたわ」
「ねー」
与一さんの言葉にうなずいたのはマリアロッテくんだ。もしかして、この二人?
「与一お姉ちゃんとマリアロッテお姉ちゃん、あそこに行ったことあるの?」
「うん。こーりゃく済みだよっ」
さやかちゃんの疑問にマリアロッテくんが得意気に答える。やっぱりそうなのか。
「シルト村にいる時に《塔》が攻略されたと聞きました。与一さん達だったんですね」
「ええ。ギルドのメンバーで攻略したんです。それなりに楽しめましたわ」
「それなりなのか……」
「与一お姉ちゃん、マリアロッテお姉ちゃん、すごーい」
「ちっ、自慢かよ」
「じまんだよ。ふふーん」
「あはは、金髪男の負けだね」
「けっ」
そんな感じでわいわいと話しながら坂を下りると、《塔》が間近に見えてきた。同時に、たくさんのプレイヤー達の姿も見える。
「うわ……人がいっぱいいる……」
「リンお姉ちゃん、大丈夫?」
「リンさん、お顔の色が悪いですわよ?」
さやかちゃんと与一さんが心配してくれるけど、大丈夫じゃない。最近は慣れてきていたのに、気分が悪い。吐きそうだ。
「どうしたんだよ、犬女。具合でも悪いのか?」
「わんこのおねーさん、凄い人見知りなんだって。人が多くて気分悪いみたい」
「はあ? なんだそりゃ」
マリアロッテくんと話していた紅蓮が大股で近寄ってきたかと思うと、ぎろりと睨まれる。
「おい。手前、いつもの生意気さはどこいったんだよ。俺に食ってかかる根性があるんだ。これくらいの人数でびびんじゃねえよ」
「……勝手なこと言わないでよね、金髪男」
「悔しかったらさっさと行くぞ、犬女。……中に入りゃあ、少なくなるだろ」
最後はぼそっと呟くように言って、紅蓮は私に背を向けて歩きだした。……なんだ。励まして、くれたのかな?
「素直じゃないねえ」
「うっせえ、へたれ鬼」
「うっ。へたれじゃないよ!」
「ユキ兄、涙目ー」
紅蓮とユキトさん、さやかちゃんのやりとりを聞いてるうちに、少し気持ち悪さが収まってきた。私がゆっくり歩き始めると、肩に乗ったままのレヴィが心配そうに「ピィ」と鳴いた。
与一さんも私を気遣って、ゆっくりと隣を歩いてくれているし、マリアロッテくんは珍しく与一さんの隣じゃなく、私の隣にいる。
美人と美少女に挟まれて注目されまくりだけど、うん。
「二人とも、ありがとうございます」
「いいえ。これくらい当然ですわ」
「うん。わんこのおねーさん、気にしないでいーよ」
笑みを浮かべて感謝したら、二人も花のような笑顔を返してくれた。眼福です。
塔の中に入ると、紅蓮の言っていた通りプレイヤーの数は少なかった。というか、全然いなかった。
私達の後から入ってきたパーティーは、すぐ手前にある階段に真っ直ぐ進み、二階に上っていく。いや、そのパーティーだけじゃなく、他のプレイヤー達は皆、一階は無視して二階に向かっている。
「ここ、一階はなにもない部屋がいくつかあるだけで、モンスターがいないんだよねー」
「だから皆、上に向かうんだね」
マリアロッテくんの言葉にうなずいて、私は地図を見た。
地図には一階の見取り図が描かれていて、奥にある部屋の一つに印が付けられている。
「まずはここに行ってみよう」
私の言葉に皆がうなずく。
塔の一階には、三つの部屋があり、印がついていたのは真ん中の部屋だった。
中に入ると、がらんとしていて何もない。
「なんにもないねー」
「気をつけろよ、さやか。もしかしたらトラップとかあるかもしれないからな」
「んー。たぶんなかったと思うよー。ボク達が来た時は、一階にはホントに何もなかったから」
「ええ、そうでしたわ」
キョロキョロと辺りを見回すさやかちゃんをユキトさんが嗜め、それに対してマリアロッテくんと与一さんが否定する。
私も皆と同じように部屋を見回していると、紅蓮がこちらを見た。
「おい。箱には何が入ってるんだよ」
「あ、そうだね。見てみようか」
すっかり忘れていたけど、金庫には地図の他にもう一つ。小さな箱も入っていたんだった。
箱を開けると、中に入っていたのは……
「……鏡?」
手のひらにすっぽりと収まるサイズの、丸い鏡だった。持ち手はなく、本当にただ丸いだけ。裏返してみると、塔の絵が描かれている。ただし、その塔は黒かった。
「……何かを暗示しているのかしら」
与一さんが唇に手をあてて思案深げに呟いた。
「うーん。とりあえず、部屋を調べてみよっか?」
「それがいいだろうね」
マリアロッテくんの提案にユキトさんがうなずき、皆で手分けして部屋を調べてみることになった。
そしてしばらくたって。それを見つけたのは、一番背の低いさやかちゃんだった。
「……あっ! 見て、リンお姉ちゃん。こんなとこに丸いくぼみがあるよー」
「えっ、どこに?」
「ここー」
さやかちゃんが指を差したのは、なんと石畳の床だった。部屋のちょうど中央にあたる部分に、丸いくぼみがあった。
「……その鏡、これにはまるんじゃね?」
紅蓮の言葉に皆はくぼみを取り囲んだまま一斉にうなずき、私を見た。うっ、なんか怖い。
「う、うん。やってみるよ」
ごくり、と誰かが唾を飲み込む。私は緊張しながらくぼみの側にしゃがみこみ、鏡をそっとはめ込んだ。
そのとたん。
「うわっ!?」
なんと、鏡から白い光があふれ出たかと思うと、鏡を中心にしてマンホール程度の円が地面に描かれた。くぼみの側にいる私は、その円の内側で光に包まれる。
「リンさん!?」
「わんこのおねーさん!」
与一さんとマリアロッテくんが驚いた顔をする。
「リンお姉ちゃん!!」
「あわわ、リンさん!」
さやかちゃんが泣きそうな顔で、ユキトさんが動揺した顔で私を呼ぶ。
「……犬女!!」
紅蓮が私に駆け寄ろうとしたところで光が一層眩しく輝き、たまらず目を閉じた。
しん、とした静寂が私の耳を打つ。
「……え?」
目を開くとそこには誰もいなかった。
足元には鏡と、光の円。私は恐る恐る立ち上がり、周囲を見回した。
そこは、先ほどの部屋とそっくりだった。明らかに違うとわかっていても、戸惑うほどに。
「ここは……《塔》?」
「ピィ?」
もしかして、と思いながらつぶやくとレヴィも不思議そうに鳴く。辺りを警戒しながら光の円から出ると、今出てきた円の中から紅蓮がいきなり現れた。
「犬女! ――って、どこだ、ここ」
「わんこのおねーさん、だいじょぶっ!? ……あれ?」
「まあ、ここは一体……」
「リンお姉ちゃん、大丈夫ー!? えっ?」
「あ、あれえ? なんでここ……黒いんだい?」
皆が次々と現れて、周囲の変化に戸惑いの声を上げる。
そう。さっきまでいた塔は全てが白かった。なのに、今いる部屋の中は……ううん、この場所全てが黒いのだ。
私達は、どうやらもう一つの塔に入り込んだようだった。
鏡の向こう側にある、黒い塔に。




