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 《白の都》には、たくさんのイベントやクエストが隠されている。

 今ではその大半がプレイヤーによって発見されていて、発生条件や攻略法とかも掲示板に載っているけど、中にはランダムだったり、まだ未攻略だったりするものもある。

 そして、攻略が難しくてプレイヤーに嫌われているクエストもある。

 その日、私はそんなクエストの一つである《悪戯少年カイとおいかけっこ》を強制的に行っていた。




「こら、待ちなさーいっ!」

「へへーん、こっこまっでおいでーだっ」


 カイ少年は十歳前後の少年で、そばかすのある顔は整っていて愛嬌があり、つんつん跳ねてる赤い髪をつばのある帽子で押さえ付けている。

 そして一番の特徴は、悪戯少年であること。

 《悪戯少年カイ》のクエストは数多くあり、プレイヤーなら誰もが一度は何かで関わるキャラクターだ。

 通りを行き交うプレイヤー達が私達を見て、あーあって顔をする。中には「頑張れよー」なんて声をかけてくれる人もいたりして。うう、恥ずかしいよー。


「待ちなさいってばぁー! もう、卵、返してよぉーっ!」


 《白の都》の大通りに、私の情けない声が響いていった。




 始まりは、小路を歩いていた時だった。《白の都》には小路がたくさんあるから、探索するのも楽しい。時々、小さな喫茶店とかもあったりするし。プレイヤーがいっぱいのところは入りにくいけど、そうじゃないところには入ったりもする。

 この間もサンドイッチがすごく美味しい喫茶店を見つけたばかりなんだよね。パンはふわふわでしっとりしてて、挟んであるレタスはしゃきしゃき。白身魚のサンドイッチを頼んだのだけれど、たまねぎとソースがぴりっとしていて、とても美味しかった。うん、また食べに行こう。

 まあ、そんなわけで。今日は何をしようかな、と考えながら小路をぶらぶら歩いていた時だ。


「ん?」


 ポケットに入れてあったレーヴから貰った卵が揺れた……気がした。


「え? まさか?」


 もしかして? とドキドキしながらポケットから取り出した。レーヴの眷属の卵らしいそれは、鶏の卵より一回り小さくてほんわか温かい。

 そのまましばらく立ち止まったまま待ってみたけど、ぴくりとも動かない。


「気のせいだったのかなあ……?」


 期待した分ちょっとがっかりしながら卵を撫でる。そこへ、元気いっぱい、という感じの声がかかった。


「犬のねーちゃん! その卵、なに? 見せてくれよ!」


 年は十歳前後。赤毛にそばかすの男の子が緑色の目を輝かせて、私が持っている卵を見つめていた。


「え? これ?」

「そう、それ! なんの卵? オレにも持たせてくれよ、なあ、いいだろ!?」

「え……えーと」


 ぽんぽんっと畳み掛けるように言いながら、私に詰め寄ってくるその男の子に、私はたじたじとなった。でも、うーん。


「ご、ごめんね。これ、何の卵かはよくわからないけど、大事な卵なの。だから、駄目かな」

「えー!? ちょっと持つくらい、いいじゃん。ケチ!!」

「け、ケチ?」

「ケチケチどケチ! 犬のねーちゃん、いや、犬のおばちゃん、心狭いぜ!」

「お……おば……!?」


 がぁぁーん!! 私はショックのあまり固まった。ま、まだ二十歳前なのに、おばちゃん……!?

 あまりにも大きな衝撃を受けて呆然としていると、なんと、男の子は私の手から卵を取った。


「へへっ、もーらいっ。へー、何の卵なんだろ。温かいから、もうすぐ孵るのかな……?」

「あっ、こ、こらっ。返しなさいっ」


 慌てて取り戻そうと手を伸ばしたけど。


「やーだよっ」


 するり、と男の子は私の手を掻い潜り、距離をとった。

 そして、悪戯っぽくにんまり笑うと言ったのだ。


「返して欲しいなら、オレを捕まえなよ、おばちゃん! じゃないと、これ、オレのにしちまうからな!」

「ええっ!?」


 またおばちゃんって言った! ……じゃなくて、捕まえないと卵を自分の物にするって、どういうこと!?

 驚く私の耳に音楽が流れ、目の前にメッセージが現れた。


 ――クエスト《悪戯少年カイを捕まえろ!》

 悪戯少年カイを捕まえ、取られた物を取り返しましょう。失敗すると、取られた物がロストする可能性があります。


 い、悪戯少年カイ!? この子が、あの!? そ、それにロストって……!?

 いろんな事に驚いていると、男の子――カイが走りだした。


「あっ……こ、こら、待ちなさいっ! 卵、返して!」

「へっへーんっ、捕まえられたら返してやるよーだっ」


 な、なんていうクエストなの!? これってただの物取りだよね!? なのに捕まえられないとロストって……信じられない!!


「卵、返してよーっ!!」


 ……と、いうことで冒頭につながるのだった。




 足の速さにはちょっと自信のある私だけど、カイはそれ以上にすばしこく、かつ、道を知り尽くしていた。

 大通りから小路、小路から大通りへと、ちょこまか道を変えて走り続けている。つまり、行き先の見当がつかないので、先回りが出来ない。ついでに、小さいので油断すると見失いそうになってしまう。

 おまけに、走るのは道だけじゃないのだ。


「こらーっ、いい加減、返しなさいっ!」

「やっだよーだっ」

「ふしゃーっ!」


 大きなお屋敷の塀の上で追い掛けっこをして日向ぼっこをしていた猫に怒られたり。


「今返してくれたら、怒らないよ!?」

「別に怒られても平気だしー」


 屋根の上を逃げるカイを追って、私も屋根から屋根に飛び移っては追い掛けたり。


「ほら、もう疲れたでしょ? もう大人しく返してよ」

「全然平気。おばちゃんこそ疲れたんじゃねえの?」

「おばちゃんじゃないってば!!」


 《白の都》をあっちこっち走りまくって、とうとう中央にそびえ立つお城にまでやってきた。

 白亜の優美な城は深い堀で囲まれていて、城門の橋ははね上がったまま、通行禁止だ。門番の兵士もいたりして、さすがにここでふざけたら良くないということはわかるはず……と、思ったんだけど。


「何やってるの、危ないよ!」


 カイは両手を広げて堀の淵を歩きだした。卵は、ポケットに入れてあるみたいで、手をひらひらさせている。


「平気だって。それよか、捕まえなくていーの?」


 と、にやっと笑う。捕まえたいけど、今無理やり捕まえると一緒に堀に落ちそうだし……むーん。くそう、本当に悪ガキだなあ。


「なあおばちゃん」

「おばちゃんじゃないよ! お姉さん!」


 これだけは譲れない。びしっと言い返すとカイは肩をすくめた。


「いーじゃん、どっちでも。でさ、おばちゃん。卵、返して欲しい?」

「もちろん! 返してくれるの?」

「そーだなー。今から出すなぞなぞに答えられたら、いいよ」

「なぞなぞ?」


 カイはにんまりと笑うと口を開いた。


「見えるのに見えないもの、なーんだ?」

「ええっ?」


 見えるのに、見えない? なんだそりゃ。


「制限時間は、十分!」

「ええーっ!?」


 しかも、制限時間まであるの!?

 カイの言葉とともにウインドウが現れ、時間をカウントし始める。

 えーっ!?


「えーと、うーん、うーん……あっ」


 腕組みして悩んでいた私は、ふと気付いた。攻略掲示板みたらいいんだ!

 早速掲示板を覗こうとしたけど、あれれ? ……ウインドウがタイマーで固定されたまま、動かない。

 『制限時間が終了するまでは、ウインドウを操作することは出来ません。ご了承ください』って、なにそれ。

 自力で解かなきゃ駄目ってことなの? ううう、謎解きとか、あんまり得意じゃないんだけどなあ。


「どう? 降参?」


 にやにや笑いながらカイが私を見ている。


「ううん、まさか。えっと、何回でも答えていいの?」

「うーん。5回まで! それ以上ミスすると、失格!」

「えええー……」


 なんと、5回以内で当てなきゃ駄目らしい。見えるのに、見えないもの……なんだろう。空気とか?

 試しに言ってみたけど、結果は「間違い!」だった。

 これで後四回かあ。むーん。

 でも、悩んでいても時間は経つわけで。思いついたものは言ってみることにした。


「幽霊、とか?」

「ぶっぶー!」

「うーん。あ、自分の顔! 鏡を使わないと見えないよね?」

「おしい!」

「えー?」


 おしい、と言われて考え込む。顔がおしい。……うーん?


「あと二分だよ、おばちゃん」

「おばちゃんじゃないってば。えーと、顔がおしいんだよね? なら、髪とか?」

「ぶー! これで後一回!」


 カイは楽しげに笑うけど、私は焦ってしまう。時間も残り僅かだし、あと一回で当てなきゃいけない。どうしよう。なにが正解なんだろう?


「ひ、ヒント! ヒント頂戴!」

「んー? ヒント? そうだなあ……一つだけど二つ、かな」


 苦し紛れに頼みと、意外にもあっさりとヒントをもらえた。でも、またなぞなぞみたいなヒントだ。一つだけど二つ?

 カイは悩む私をキラキラ輝く緑色の眼で見ている。

 って、……あーっ!?


「わかった! 目! 目でしょ? 見えるけど、目自体は見えないもの!」


 私の答えに、カイはにっこり笑うと「正解!!」と言ったのだった。

 時間を見ると、なんと後三十秒ちょっと。ふわー、ギリギリだった。


「じゃ、返すよ……おっとっと。うわっ」

「えっ」


 私に卵を返すため、ポケットに手を入れたカイ。だけど、ぐらり、とバランスを崩してしまい、堀へと落ちてゆく。まるでスローモーションのようにその光景がゆっくりと流れて……


「カイ!」


 ゲームの中だということも忘れて、私は真っ青になった。

 ――しかし。


「なーんちゃって」


 悪戯成功! みたいな顔をしながらひょっこりカイが堀の向こうから出てきた。


「え!?」

「ここ、ちょっと出っ張りがあるんだよ。ま、フツーのヤツにはこんな所立てないだろーけど、オレは猫族だからな」


 と、得意気に帽子を取ってみせる。確かに、赤毛から飛び出ているのは三毛猫の耳だった。

 良かった。落ちてなくて良かった。……だけど。


「……もう怒った」

「え? お、おばちゃ……ねーちゃん?」


 怯えた顔になるカイをがしっと捕まえ、確保。そのままズルズルと引き摺って、堀から離れ。


「悪戯ばっかりしちゃ、駄目でしょー!?」

「う、うわっ、ちょっ、止めろよ! 恥ずかしいだろ! うげ、いてえーっ!!」


 カイのお尻を散々ひっぱたいたのだった。

 もうね。周りから見られていようが、「もっとやれー」とか野次を飛ばされようが、無視ですよ。恥ずかしさより怒りが勝っていて、しばらくして落ち着くまでは、周囲の人垣とかも目に入ってなかった。落ち着いた後は恥ずかしくって、真っ赤になったけどね。


「いてて……おば……ねーちゃん、ひでぇよ」

「最後、すっごく驚いたんだからね。もうこんな悪戯はしないでね?」

「えー」

「し・な・い・で・ね?」

「は、はぁーい」

「よし!」


 カイと(強制的に)約束をして、卵を返してもらった。お尻をさすりながら悪戯少年は、私に青いボールのような物も差し出す。


「これはなに?」

「モンスター避けのアイテムだよ。犬のねーちゃん、最後までついてきたし、なぞなぞも解いたから、ご褒美ってヤツ。一回しか使えねーけど、すっげー強いヤツ以外は逃げてくからさ。うまく使ってくれよ。じゃーな!」


 言うだけ言って私に卵とボールを渡すと、カイは走っていなくなってしまった。残された私は、取り敢えず貰ったボールを【鑑定】してみた。


 【びっくりボール】

 モンスターもびっくりして逃げ出すアイテム。ただしボスクラスのモンスターには効かない。


 ふうーん、そっか。ボスには効かないのか。でもそれ以外には効くわけで、うん、もしもの時のために大事にとっておこう。


「さて、卵の方は……えっ」


 ボールをインベントリにしまって、卵の方を確認すると、なんとひびがはいってしまっていた。


「えっ、ど、どうしよ。どっかにぶつけちゃったのかな!?」


 こういう場合、どうしたらいいんだろう……! とあたふたしてる間もひびはどんどん広がって、亀裂からは中も除けるようになり。

 ぱりん。

 そんな音をたてて中から出てきたのは、小さな……本当に小さな白蛇だった。


「うわあ……!」


 きょとん、とこちらを見上げるその子は、まるでレーヴを小さくしたような姿だった。ちっちゃいけど、コウモリみたいな羽もついてるしね。ただ、鱗は水色がかった白だし、つぶらな瞳は優しげな水色で、とっても綺麗。チロチロ、と舌を出して私を見つめ、首をかしげた。


「ピィ?」


 蛇の鳴き声じゃない気がする。とっても可愛らしい声。


「か、可愛いー」


 正直、可愛さは期待していなかったのに、予想外の可愛さに頬摺りしてしまった。ひんやり、としていて気持ちがいい。


「ピィ、ピィ」


 白蛇も嬉しそうに身体をすり寄せてくる。うわー、可愛いなあ!!


「名前、つけなきゃね。どんなのがいいかなあ……」

「ピィ」


 私の肩に乗って小さく鳴く白蛇の姿に、今更ながらカイに取られたまま終わらなくて本当に良かった、と思った。


 そして、翌日。トオルのギルドに行って、約束通り皆に見せると、皆も口を揃えて「可愛い!」と言ってくれた。


「うわー、いいないいな、リンちゃん。うちも欲しいーっ」

「もふもふもいいですけど、小さいなら蛇も悪くないですねー」


 と、露草とユノ。


「まだなんの役に立つかはわからないのか? わかったら教えてくれよ」


 とは、ルーゼフさん。最後にトオルが、白蛇の喉を撫でながら尋ねてきた。


「で、こいつの名前はなんていうんだ?」

「うーん。いろいろ考えたんだけどね。レーヴの眷属って言ってたから、レーヴの名前をもじって、レヴィにしたの。ね、レヴィ」

「ピィ!」


 私を見上げ鳥の雛のような鳴き声をあげるレヴィに、皆が頬を緩める。

 まあ、こういうわけで、私に小さな白蛇の相棒が出来たのだった。

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