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肩を落としてとぼとぼと歩き、たどり着いたトオルの店で私の話を聞いた彼の第一声は、呆れに満ちたものだった。
「やけに落ち込んでると思ったら何やってんだ」
「う、いや、だって」
「オレの時もだけど、巻き込まれやすい奴だな……」「ううう……」
い、いや。トオルの時はともかく、今日のあれはどう考えたって不可抗力だよ……。エルフ君が逃げなければこんな事にならなかっと思うし。くそう、エルフ君め。
心の中でエルフ君への文句を並べ立てつつ、私は視線を彷徨わせる。
トオルの店は、よく見かけるビニールっぽい素材のシートの上に品物を並べただけのシンプルな露店だった。
「……こーゆー形式なのが一般的な露店なの?」
「いや、単に一番安上がりなだけだ。他もそうだろ。まだまだ手探りだし、金もないしな」
逸らした話に付き合ってくれるのはトオルの優しさだよね、多分。呆れ果ててる、とかじゃないよね? ううう。
「とりあえず、ほら」
トオルがシートの空いてる場所に並べたのは、数本の【短剣】系武器だった。
「いくつか見繕っておいたけど、お薦めはこれだ」
差し出された武器を受け取り、【鑑定】してみた。 今まで使っていた【初心者の短剣】より少し短めで、ちょっと変わった形をしてる。
【鉄のポイズン・ククリ】
ATCK:18 SPEED:7 DEX:7
備考:微毒。ごく時折、相手に軽い毒を与える。
「うわあ。成功したんだ?」
微毒、の表示を見て私は思わず声を上げた。実は、採取で採った毒草とかを粉末にして渡しておいたんだよね。
最初採った時は、これで戦闘が楽になるかも、と期待したけど、粉末は扱いづらいし効果は薄いしで、結局インベントリの肥やしになってたし。
「状態異常の武器を作れるなんてすごいね!」
「いや、まだまだだな」
私の言葉にトオルは渋い顔で首を振った。ポイズン・ククリを見つめながら、彼は溜め息を吐く。
「微毒ってあるだろ? 試したけど、ホントに微妙なんだよな。十回切って、出るか出ないか。しかも、出ても軽いしさ。オレの技量が低い所為だろうな……」
ごく普通な調子で話してるけど、声に苛立ちがにじんでいる。悔しいんだろうな。
どうやって励ましたらいいのかとっさに出てこない。こんな時、コミュニケーション能力の低い自分がとても情けない。
「……おい。なんでお前が落ち込んでんだよ」
つい落ち込んでいると、苦笑を含んだ声が脳天への一撃と共に落ちてきた。
「いたっ? え、ちょっとなんで頭叩いたの、いま」
「なんかムカついたから」
「なにその理屈!?」
両手で頭を押さえながら顔をあげると、トオルは橙色の瞳を細めて笑っていた。
「バカ。オレは別に気にしてるわけじゃないんだから、お前も気にすんなよ」
「え? ……そうなの?」
「ああ。もちろん、悔しいけど。その分楽しいしな」「楽しい?」
「そう。もっと技量上げて、今度こそ良い武器作る。そう考えたらやる気がでるだろ?」
トオルはそう言って唇の端を引き上げて、にやり、と笑う。なんだかすごくトオルらしくて、つられて笑うと気持ちが軽くなった。
私って単純だなー。でも、まあ、いいや。トオルがもっといい武器を作って、売ってもらえるなら、私も助かるし。
「で? それでいいのか?」
「あ、ちょっと待ってね」
もうほとんど決定事項だったけど、一応他のも【鑑定】はしておいた。でも、ポイズン・ククリほど惹かれる物は無いかな。
「うん。やっぱりこれがいい! えっと、本当にただでいいの? ちょっと待ってもらえたら、代金払うよ?」
「いいって。これはお詫びと、礼なんだし。――こっちはタダじゃないけど」
お詫びはともかく礼ってなんだろう、と考えていた私の前に、トオルは何本かのナイフを置いた。
果物ナイフみたいな、小さくて鍔のないやつだ。
「投げナイフだ。お前は短剣使いでリーチがないから、こういうので闘い方に工夫してみたらどうだ?」
【鉄の投げナイフ】
ATCK:10 SPEED:8 DEX:10
備考:投擲用に作られたナイフ。殺傷力は低い。
一本手に取ってみると、予想したよりかは重かった。陽光が反射してきらりと刃が光る。
持ったまま軽く振った。
「どうだ?」
「うん……いいかも。牽制に役立ちそうだし、戦術の幅がひろがるよね。これ、いくらなの?」
「一本500ってとこだな。まとめて買うなら少し安くするけど」
「500……」
……ここで、私の最近のお財布事情を説明しよう。
オークとの闘いで所持金が減って、更に無くなった《トラップツール》を買いなおすと、なんと850Cしか残らなかったのだ。
その後カエル狩りをして、まずクエスト品である【カエルのガマ油】5個で5000C。15匹狩ったのでカエルのドロップ金【50C】×15で750C。それから一つ250Cの【カエルの皮】を10個入手してたので、2500C。
合計、9100C。
それで、今日8700Cのケープを買ったので……
「……また今度、買いに来るね」
残金、400C。ナイフを一本買うことすら出来ないお財布の中身を思い出しながら、私はそっと投げナイフをトオルに返した。
「そんなに金が無いのか? 少しならまけてやるぞ?」
「う。いや、その」
宿代とかも残しておきたいし、安くしてもらっても買うわけにはいかない。
私がそう説明すると、トオルは少し考えた後、口を開いた。
「そこまで金欠なら、おつかい系クエストを請けて、違うエリアに行くのはどうだ?」
おつかい系で、違うエリア? 頭の中に疑問符を浮かべていると、それに気付いたらしいトオルが詳しい話を聞かせてくれた。
どうやら、新しい場所に行けるおつかい系クエストと呼ばれるイベントが、いくつか発見されているらしい。
「以前、道具屋の女の子にトオルと会った廃坑の場所を聞いたことがあるんだけど……それと同じ?」
「まあ、似たようなもんかな。オレが知ってるのは、馬車使って行くくらい遠い場所のやつだけど」
「馬車! え、それもっと詳しく聞かせて!」
「お、おう?」
のんびり馬車の旅、におもいっきり心惹かれた私は、トオルの提案に乗ることにしたのだった。




