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それからアディールは、よくフィルメリアの後を付いてくるようになった。生まれたての雛が親鳥にくっついて歩くようなそれに、大人たちは微笑ましげに見守った。
初めこそアディールの容姿と言葉に戸惑ったものの、枷が外れてからというものの人が変わったように懸命に物事に取り組んだのである。
アディールは教えれば、何でも要領よく覚えた。
「これはね、食べられる木の実なんだよ」
砦の近くに生える大きな木は、小さい実をよくつけては、たまに砦の塀の下にその実を落とす。
大人はこんな小さい実を食べなくてもご飯はあるが、フィルメリアにとっては大事な食料の一つだ。赤髪たちに意地悪されてご飯にありつけなかった時も、この実をかじって飢えを凌いだ。
フィルメリアが小さい木の実を拾って見せれば、次の日にアディールは、フィルメリアが見つけた以上の木の実を両手に集めて、にこにことフィルメリアに差し出したのだった。
今日も木の実を片手に、見張り台の上で二人で夕焼けを一緒に見る。
今まではフィルメリア独りで、山の向こうに沈むお日様を見ていた。徐々に暗くなる空に途方の無い寂しさを感じていたが、今は違う。隣にはアディールがいた。
呼び掛ければ微笑み、言葉通じずとも伝わる温もり。フィルメリアはそれは、とても暖かい、と漠然と感じたのだった。
「フィル」
フィルメリアは瞳をぱちくりと瞬く。
呼んだのはアディールではない。彼の声はもっと高く澄んでいる。
低くて掠れた声の主は、顔半分がヒゲに被われた大男、ヒゲだ。その大きな身体は階下に隠れており、階段からあだ名通りの顔が、にょっきりと生えていた。
初めてヒゲに名前を呼ばれた。フィルメリアは驚きを隠せない。
「なんだ、その顔は。お前の名前くらい知ってるさ。そりゃお頭がうるさいし、あんま名前を呼びたくねーんだけどな。仕方ないだろ、ガキが二人になったんだからよ」
最後のはフィルメリアに言ったのではなく、自分自身に言い訳しているように思える。
近頃は良いことは続く。
アディールに続いて、ヒゲもフィルメリアを認めようとしている。
「……日が沈んだから見張りの交代だ。お前ら下に行って夕飯の野菜の皮でも剥いてろ」
「うん!」
いつも以上に元気よく返事をする。なんだか凄くやる気が出た。頑張ったら、もしかしたら褒めて貰えるかも知れない。「えらいな、フィル」と、父さまみたいに頭を撫でてくれるかも知れない。今のヒゲは、それくらい雰囲気が優しい。砦の皆もだ。
早く早くと逸る心に逆らえずに階段を降りかけて、ふと気付く。今までの会話が分からないアディールを、置いてきぼりだ。
フィルメリアは踵を返すと、きょとん、と呆気にとられた顔のアディールがいた。
「はやく、はやく」
その手を引っ張って、一目散に厨房を目指した。
大きい子どもが小さい子どもに手を引かれる微笑ましい様子に、盗賊たちはかつての村や町での情景を思い出しては想いを馳せた。胸にはじんわりと暖かい思い出が甦る。
おっかさんは死んだけれど、お隣の頑固じぃはどうなったのか。
子どもと一緒に面倒を見た、向かいの家の双子らは元気だろうか。
よく、ああやって兄に手を引かれた。残された出来のいい兄弟たちは、今はどうしているのか。
この砦に居る者の殆どは、痩せた大地を捨て野党に落ちぶれた者や、人に言えぬ事をやらかし追い出された者ばかりだ。
故郷を見限り、または見限られ、今を生きる彼らだが、些末な心残りが無い訳ではないのだ。
怯えてばかりだった子どもが、生き生きとした表情で走り回る姿に、誰ともなく顔を綻ばせた。元気よく手渡された器を冷たく突き放せる奴がどこにいる。
いつになく心地好い時間に浸りながら、夜は更けてゆく。
そして直ぐに故郷を捨てた現実を思い出した。
町に出掛けていた頭目が、帰ってきたのである。