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砦の頭目


 フィルメリアは、今日も見張り台の上に立つ。もちろんアディールと一緒だ。最近では、自由の時間でも二人でいるときが多くなった。フィルメリアが身ぶり手振りをしながら、お話する。アディールはそれを、にこにこと笑みながら相づちをうつ。いつまでも変わらずに続いて欲しいと願った日々は、呆気なく終わりを告げた。

「あっ……」

 広がる森の木々の隙間から、何かが見える。急いで立ち上がりフィルメリアが目を細めれば、簡単に何か正体が分かった。

 頭目だ。町に出掛けていた頭目たちが帰ってきた。もはや獣道と成り果てた旧時代の道を、迷うこと無い足取りでこちらに近付いてくる。

「い、急いで知らせないと」

 慌てて階下に走るフィルメリア。

 いきなり立ち上がったフィルメリアと、森の向こうの豆粒ほどの影を交互に見比べていたアディールも、置いていかれないよう慌てて小さい背中を追った。


 程無く帰還を果たした頭目たちを、砦の盗賊たちはほぼ総出で出迎えた。

 その中には、フィルメリアとアディールの姿もある。これはアディールの顔見せの意味合いもあった。頭目不在時に檻から出されたアディールは、まわりに馴染んできたとはいえ、頭目から認められた正式な仲間ではない。

 軽い現状報告とりの帰還を歓迎する盗賊たちに、殆ど表情を変えることなく対応していた頭目は、周りの大人に埋もれついても目立つ色を持つアディールを見て、初めて興味深く片眉を上げた。

「……こいつぁ驚いた。鬼子じゃねぇか」

 頭目の言葉に、アディールは目に見えて動揺を見せた。出会った時のように、俯いて赤い瞳を隠す。

 そんなアディールの様子を見たフィルメリアは、急いで焦げたパンのような色の手に触れ繋ぐ。直ぐにアディールと繋いでいた方の手に痛いほどの力が伝わった。

「あの、鬼子ってなんすか?」

 盗賊の一人が尋ねる。

「遥か南、火と砂に魅入られた大地じゃあ、こいつみてぇな真っ赤な目の奴がたまに生まれる。鬼子って言われるんだよ。必ず災いを呼び寄せるってんでな。忌むべき存在だ。……確か生まれてしばらくしたら、あいつらが神と崇めるバケモンに供物として捧げられるんだがな」

「災い!?」

「こ、殺しちまおうぜ、おっかねぇ!」

 途端に盗賊たちは色めき立った。

 頭目は真っ直ぐに、アディールを目指す。

 大股で、ただならぬ雰囲気の頭目に気圧されたフィルメリアは、手は繋いだままで身を固くする。頭目の目的が自分ではないのは理解してはいたが、おっかない雰囲気に負けて、瞳にはうっすらと涙まで浮かべていた。

 そんなフィルメリアの様子に気付いたアディールは、ほんの少し、脅えるフィルメリアの盾とならんとばかりに身体を前にする。

 やがて頭目がアディールの真正面に立った時には、誰もが口を噤んだ。

 アディールは目の前に立つ男から伸ばされる手を、避けることなく甘んじて受ける。避けてはいけない、と本能的に理解した。

 頭に走る鈍い痛みに顔を上げる。否、上げさせられた。髪を情け容赦なく引っ張り上げられ、固唾を呑んで見守る面前の前に引き摺り出される。まるで罪を犯した者が、裁きの為に引っ立てられる時のようだ。

 フィルメリアはアディールからいきなり振りほどかれた手を懸命に伸ばしたが虚しく空を掻いた。

 一体何が起こるのだろうか。

 アディールの不吉な赤い瞳を、皆に見せびらかすように引きずり回した頭目は、やがて自身も赤い瞳を好奇を隠さずに見つめた。

 やがては玩具に飽きたように、アディールの肩を突き飛ばす。突然の暴挙に、為す術もなく地面に転がるアディール。フィルメリアは小さな悲鳴を上げる事しか出来ない。

 その様子を見た頭目は口の端を歪に上げた。

「ただの伝承だ。けど、見てみろよ。血のような不吉な色だろうが」

 それを見ていた盗賊たちは、災いもを恐れない頭目に歓心を寄せた。彼らの中では、アディールはもはや無力な子供でしかない。

「そいつはちがいねぇ!」

「面白そうだから、しばらく飼ってやる。せいぜい災厄を呼び寄せるがいい」

「はぁ……」

 ただ、ひとり。

 アディールを囃し立てていた盗賊たちの中で、ため息を洩らした者がいた。

 ヒゲだ。

 皆の注意がアディールから逸れたと感じたフィルメリアは、急いでアディールの傍に行く。

「……俺にゃ、ただの子供にしか見えねぇがね」

 ヒゲが胡乱な目付きでアディールを顎でしゃくる。

「そうか、そうかもしれないな。どっちでもいい」

 ヒゲの言葉に、頭目もあっさりと問題を投げた。

「こいつの覚えた事は、見張りと野菜の皮剥き。言葉はぜんぜん通じねぇ。今まではフィルが面倒見てた。そのままでもいいだろ」

「フィル?」

 ヒゲからの報告に頭目が反応したのは、フィルメリアの名前だった。

「あ、ああ。コイツもガキだろ?ならどっちがどっちか分からないからよ?」

「名前で呼ぶな。情が移る」

「…………」

「それは鬼子でいい」

 有無を言わさぬ突き放した口調に、誰からも反論はない。言えぬ訳が無い。砦の皆がこの男を頭目と立て、確かな力量と采配を頼りにする一方で、合理的で情け容赦のない冷酷な人柄を知っていたからである。

 地面に転がるアディールを支えるフィルメリアは、砦内に吹きつける冷たい風に、ただただ耐える事しか出来なかった。



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