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my天の川に流るる  作者: .六条河原おにびんびn


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 咲菜(さきな)七尾(ななお)とならば話せるようだった。咲菜が話しかけ、七尾が応じているようだが、七尾も七尾で、咲菜にはよく話す。

 隣を歩く細く小さな美少女に向ける横顔は柔らかい。後ろからだとよく見えた。

 咲菜はそれでいいのだろうか。しかし七尾は楽しそうだった。星子には見えていた。ハートマークを伴った矢印が。一方通行で。

「歩くの、速くない?」

 星子(しょうこ)は訊かれ、隣の笹森を見上げた。

「平気」

 笹森は異性との行動に慣れているようだ。アーモンド色の瞳が涙袋で狭まる。

 人混みに押しつ押されつ、"織姫くじ"の会場に向かって進んでいく。前方を行く咲菜と七尾の姿が消えた。

 星子は焦った。履き慣れない下駄が足と地面の距離感を鈍らせ、鼻緒が皮膚に食い込んだ。

「あっ」

 身体が前にのめる。人の多さが空間の感覚を狂わせた。

 身体が落ちていく。前方に割り込んだ祭り参加者の背中に当たる――

 ――しかし当たらなかった。腕を引かれた途端、臙脂色に包まれている。

「歩きづらいよねぇ、下駄」

 笹森が笑った。七尾とはまた異なった質量が臙脂色の布の下にある。

「ちょっと休もうか」

「でも、咲菜ちゃんたちが……」

「メッセージ送っておくよ」

 笹森に連れられ、商店街の大通りから外れた。シャッター小路に入り、店の軒下に座らされる。織姫くじの音なのか、鐘の鳴る音が聞こえる。太鼓の音も遠い。

「笹森くん……」

 端末を触る笹森を瞥見(べっけん)する。

 咲菜から笹森を奪ってしまった。鼻緒に擦れ、皮の剥けた足を見下ろした。弱い肌が憎たらしくなった。

「あ、やっぱり皮剥けちゃった?」

「ううん。平気。もう行こう」

「無理しない、無理しない。痛いんだよね。指も疲れるし」

 笹森は端末を覆っているシリコンカバーを外すと、中から絆創膏を2枚出した。

「笹森くん。わたしは大丈夫だから、咲菜ちゃんたちのところ行って。わたし、大丈夫。ここで待ってる。ごめんね、って伝えておいてくれるかな。迷惑かけちゃって……」

「嫌だ」

 笹森は真顔でそう吐くと、絆創膏の包装を外す。

「どこ」

「大丈夫……本当に。だから、咲菜ちゃんたちのところ、行って」

「ぼくもよく下駄で擦り剥いたっけ。お洒落は我慢とはいうけれども」

 彼は話も聞かず、絆創膏の剥離紙を剥がした。

「笹森くんは、咲菜ちゃんたちのところ、行かなきゃダメだよ……」

琴峯(ことみね)さんには面食い七尾が一緒にいるから大丈夫だよ。それとも中学のときからブイブイ言わせてたカンジ? すぐ女の子に手を出しちゃうとか? ムッツリだもんな」

 七尾は今頃、咲菜と束の間の時間を過ごしている。

「笹森くんが、お祭り楽しめない」

「え~? ぼく結構、"星子ちゃん"と居るの楽しんでマスケドー?」

 大きな掌が、星子の足首をぺちぺち叩く。足を出せと言っている。星子は素足を鼻緒の上に乗せた。

「とりあえず貼っておいて、まだ痛かったら薬局寄ろ」

 幸い、大通りに面した店はどこも開いている。

「ごめんなさい……」

「謝ることないって。浴衣で来てくれた可愛い女の子の手当てをするのは、男の義務」

「ありがとう、笹森くん」

五百鈴(いおり)って呼んでいいよ」

「えっ……いや……それは、て、照れちゃうし」

 クラスメイトの男子と仲が深まるのは進歩だ。けれど相手は咲菜の好きな人なのだ。彼女に悪い。

「照れていいけどね」

「ふふふ……笹森くんはギャップでモテるなんて言っちゃったけど、順当にモテるね」

 「W」字の口元が引き結ばれた。

「"白川さん"」

「なんて、ちょっと上から目線だった。ごめんなさい。素直に、笹森くんは優しいってことを言えばよかった」

「白川さんは、ちょっと、他の女子とは違う」

「あんまり友達とかもいないから。咲菜ちゃんくらいしか。だから流行りとかも疎いし……」

 あとは打ち明ける必要のないことだ。

「そうじゃなくてさ」

 笹森は星子の隣に腰を下ろす。

「ん。ゴミ……もらう」

 笹森の拳の下に手を添えた。

「いいよ、どこかで捨てる」

「じゃあそれまでわたしが持ってる。絆創膏も後で返すね」

「絆創膏は消耗品。いいよ、いいよ」

「物持ちいいんだね」

「爪噛む癖があってさ」

 左右の親指を見せられる。深爪になっている。指先の肉が盛り上がり短くなった爪が食い込んで見える様が痛々しい。

「痛くないの?」

「噛み間違えると、ちょっと痛い。これもちょっとコンプレックス」

 彼は明るい色の髪を撫でた。

「意外と神経質とか?」

「意外とって何さ」

「うふふ。いつも明るいからさ」

「白川さんはなんでも受け入れてくれるんだね」

 真っ直ぐな目とぶつかる。

「なんでもじゃないよ」

「なんでもじゃないんだ?」

 受け入れなければ、受け入れられない。しかし笹森に言うことではない。母親にも父親にも受け入れられなかった。血すらも繋がっていない人たちは受け入れる心がなければ、受け入れられない。

「なんでもじゃないよ」

 星子は目を伏せた。

「今日は、"星子ちゃん"とこうやって話せただけでも、来た価値がある気がする。いつもは面食い七尾が琴峯さんの前で舞い上がっちゃうから」

 星子は立ち上がる笹森を見上げた。

「笹森くんから見て……七尾くんは咲菜ちゃんのこと、好きだと思う?」

 笹森はアーモンド色の瞳を宙に彷徨わせ、顎を掻いた。

「うん」

 この問は悪手だった。星子も立ち上がる。絆創膏が、鼻緒から傷を庇う。

「そ、それってさ、」

「でも琴峯さんって綺麗だし、好きじゃないって答える男のほうが少ないと思うけど。ぼくも可愛い女の子は好きだからね。もちろん、星子ちゃんもだよ?」

「ああ……ありがとう………」

 求めている答えと近しいが異なる。星子の胸の中では蜂だの蠅だのが飛び回る。これ以上のことは訊けそうになかった。

「なんでそんなこと訊くの?」

「えっ? いや……それはその……七尾くんって咲菜ちゃんのこと好きなのかなーって思っただけ。咲菜ちゃんにだけ優しいし」

 先程見た仲睦まじい光景が目蓋の裏を閃いていく。

「やきもち?」

「やきもちじゃないよ」

「やきもちじゃないんだ」

「七尾くんにはいっぱい好くしてもらったからさ。幸せになってほしいんだ」

 言ってから星子は目を見開いた。商店街は人気(ひとけ)で蒸れているというのに、(うなじ)を冷ややかな風が通り抜けていった気がした。笹森に話す事柄ではない。笹森に話すということは、咲菜を裏切るということだ。咲菜よりも七尾を優先したということだ。

「あ、今の忘れて。恥ずかしいから……」

「もし七尾が琴峯さんのこと好きだったら、白川さんは身を引くの?」

「身を引くって……変。そんなんじゃないよ。好くしてくれた人と親友がさ、くっついたら……嬉しいけれど、――」

 実際のところ、咲菜が好きなのはこの男、この笹森なのだ。七尾ではない。七尾は片想いなのだ。失恋が決まっている。彼の失恋がすでに見えている。

「"美味しいもの足す美味しいものはめちゃくちゃ美味しいもの"理論ね」

「でもオムレツとメロンソーダを一緒にフライパンに入れたら、きっと美味しくないでしょう」

「ふーん。星子ちゃんはオムレツとメロンソーダが好物なんだ。書いとこ」

 笹森は指を舐める振りをして、掌を掻く。

「今のは咲菜ちゃんの好きなものでした~」

 笹森が知っておくべきは、咲菜の情報だ。

「じゃあ星子ちゃんの好きなもの、教えてよ」

「いいよ、わたしのことは」

「教えてよ。せっかくだし。どうせすぐ忘れるから」

「うーん。エビフライかな」

「じゃ、覚えとく」

 笹森は顎に手を添え、宙を見上げる。何か言ってほしそうだった。

「メモしてくれないの?」

 星子はふざけた。

「大事なことはメモしなくても覚えとけるタイプなんで」

「何それ」 

「侘び寂び」

 笹森が答えるやいなや、彼の端末が光った。電話のようだ。画面を押し、耳に当てている。その口振りからすると電波が悪いようだった。通話は切れ、彼は端末を耳から下ろした。

「笹森くん。わたしはもう大丈夫だから。3人で行ってきて。せっかくのお祭りなのに、わたしのお()りじゃ、あんまりだよ」

 笹森は咲菜といなければ意味がない。咲菜は七尾とは話せるのだ。

「まだ痛む?」

「絆創膏貼ってもらったからもう平気。でもまた(はぐ)れたら悪いし。アハハ、慣れない格好で来るんじゃなかったね。ちょっと浮かれちゃったの。ごめんね」

 目的は果たしたのだ。咲菜がいて、七尾がいて、笹森がいる。あとは七尾が上手くやるだろう。笹森も咲菜を悪いようにはしないはずだ。

「その間、どうするのさ」

「帰ろうかな」

 まだ商店街の大通りの入ったばかりの区画だった。これでは先が思いやられる。絆創膏を貼っていない反対の足もいずれ鼻緒が皮膚を食う。残っていては3人の気が急いて祭りを楽しめない。

「帰るの?」

「多分、ちょうど家に着いた辺りで皮が剥けてそうだから」

「絆創膏買ってくるって」

「大丈夫! 本当に。帰りに自分で買うから。もらった分も返さなきゃだし……ごめんね、笹森くん。気を遣わせたかったわけじゃなくて……」

「白川さんが気を遣わせたいわけじゃないのは分かってるよ」

「じゃあ……」

「ならぼくも帰ろ」

 笹森は両手を後頭部に回す。すでに大通りの喧騒に飽きてきているようだった。

「え、なんで?」

「ある程度お祭りは満喫したし。花火は家からでも見える。あとはあの2人がデートでもなんでもすればよろしい」

「そ、それは……」

 それでは意味がなかった。脂汗が大通りをさらに蒸らしていく。

 足元を見詰めた。笹森の下駄も視界に入った。浴衣の色味に合った臙脂色の鼻緒が白い足を際立たせる。しかし星子が目を留めたのはもう片方の明日だった。鼻緒から爪先を引き、踵のほうに足を置いている。足の甲の脇に傷ができている。

「笹森くん……」

 徐ろに彼の顔を見れば、飄然とした笑みが返ってくる。

「あっはっは」

「絆創膏は……」

「鼻緒は2股、足は2つあるんだから、4枚持ってくるべきだったね。抜かった、抜かった。あっはっは」

 星子はもう一度彼の足を見下ろした。だがすでにその足は前坪を掴んでいる。

「笹森くんはここで待ってて。絆創膏、買ってくるから」

「いいって、いいって。どうせこれから帰るんだし、これくらい毎度のことだから」 

「帰らない……帰らないから、お祭り、楽しもう。絆創膏買ってくる!」

 星子は恥ずかしくなった。笹森はどのような思いで2枚しかない絆創膏を渡したのか。



 人混みを掻き分け、笹森を置いてきた反対側にドラッグストアがあった。他に客はいなかった。絆創膏はすぐに見つかった。代金を支払い、店名の入ったテープを貼られた絆創膏の箱を抱いてドラッグストアを出る。普段のこの商店街ならば、この位置から笹森が見えたのだろう。ところが今日は、道行く人々で対面の店すら見えなかった。

 笹森が足を痛めて待っている。しかし思うように、人の波を掴めなかった。立ち止まっていると、目の前に2人組の男が立ちはだかる。染まった髪といい、ピアスといい、高校生より上の年代を思わせる。

 道でも訊きたいのかと、応じる素振りを見せてしまった。

 お姉さん、可愛いね。1人?

 ガムの咀嚼音が威嚇のようだった。

「あ、あの……友達と、来て、て………」

 道を訊かれるのではないのか。星子は後退った。水気を帯びたガムの音が、耳にこびりつく。

 友達って女の子? ちょっと一緒にお祭り回らない? ちょっとだけ。

 顔立ちは分からなかった。だが粘こく光る眼球だけは、星子の意識に焼き付く。

「でも、あの………」

 彼等は道順を知りたいのではないのか。星子は異様な空気から逃げたくなった。だが足が動かなかった。何よりも、背を向けることを身体が躊躇っていた。それが賭けであることを、意識よりも強く肉体が理解している。

 なかなか見ない清楚美人だからさー。

 いや、マジで美人。本当に。100点満中、75点くらい? ああ、ウソウソ! 全然100点。ギャハハ。

 祭りの雑踏が遠く感じられた。笹森のことも忘れ、呆然と立ち尽くしていると、後ろから肩を掴まれる。身体が跳ねた。息を呑む。絆創膏の箱を放り投げそうになった。

「俺のカノジョなんで、すんませんね」

 濁を帯びた声が聞こえ、力任せに引っ張られていく。笹森が待っているはずのシャッター小路とは真反対のシャッター小路で解放される。

 渋い青色の浴衣を認めた途端、凄まじい怒気に身が縮んだ。

「ひとりで行動するなよ、このバカ!」

 真正面の至近距離から怒声を浴び、星子は目を瞑った。首を竦め、絆創膏の箱を握り締める。

「ごめんなさい……」

 七尾だ。七尾が怒っている。七尾が怒っているのは当然のことだった。

「あ……さ、咲菜ちゃんは……」

五百鈴(いおり)のところ」

 星子はすでに背を向けた七尾の後姿に目を見張る。

「ごめん……」

「何が」

「咲菜ちゃんとのこと……」

「はぁ?」

「本当にごめん……謝っても赦してもらえないの、分かってるけれど……」

 七尾の手が星子の腕を鷲掴みにして引き寄せた。

「あいつ等に何かされたのか!」

 彼はまた怒鳴った。あまりの剣幕に星子は首を振りたくる。

「違う、違う……」

「……で、どこか怪我したのかよ」

「してない、してない……」

 商店街は十分な光量が確保されているというのに、星子の目の前は昏かった。

「じゃあなんで絆創膏なんか買うんだよ」

「笹森くんが足、怪我してて。笹森くんの絆創膏、わたしがもらっちゃってて、だから……」

 溜息が聞こえた。

「じゃあ怪我してるんだろうがっ!」

「あ、うん、うん……足、ちょっと擦り剥いちゃっただけ……」

「歩けるのかよ」

「うん……わたしは絆創膏もらったから。でも笹森くんは、」

「五百鈴は今は関係ない」

 七尾は星子の手を取った。

「え」

 七尾は歩き出した。手を繋がれている星子も歩かなければならなかった。

 人混みを掻き分け、大通りを横断する。シャッター小路に辿り着くやいなや、七尾は手を放した。

 笹森と咲菜が待っている。咲菜は笹森に背を向け、人混みを眺めていたようだ。

「大丈夫だった? 星子ちゃん……」

 星子は頷いた。

「ごめんね、咲菜ちゃん、迷惑かけて」

「ううん、ううん。無事ならいいのよ」

「笹森くんも、お待たせしちゃった」

 星子が絆創膏を差し出すと、咲菜はその箱を目で追った。笹森を見て、それから顔を背けた。前髪を撫でつけ、頬を染めている。

「ありがと、星子ちゃん」

 笹森は絆創膏を2枚取ると、擦り剥いた傷に貼っていく。

「面目ないねぇ、七尾きゅん」

「うるせーよ」

「でもぼくも白川さんも負傷者(こんな)だから、2人でお祭り回ってきたら」

 七尾に三白眼を寄越され、星子は目を逸らした。彼の口が開きかけたことにも気付かない。

「……琴峯さんは足、大丈夫か」

「うん。あたしは平気。でも……」

 咲菜が星子を見た。

「行ってきなよ、せっかくのお祭りなんだし……こんな有様でごめんね」

 咲菜はレースのついた足袋を履いていた。洋色のピンクが小さな白によく合っていた。

「ううん、ううん。無理しないで」

「五百鈴はそれでいいのかよ」

「は? ぼく?」

「琴峯さんみたいな綺麗な子連れ回したいって言ってたろ」

「いやはや、いやはや。何をおっしゃるかと思えば。星子ちゃんが一緒ですからね。拙者は本望でござる」

 笹森に微笑を向けられ、星子は面食らう。

「調子乗るなよ。お世辞だからな」

 七尾の言葉が頭を叩くようだった。

「う、うん。分かってるよ。でもお世辞でも笹森くんみたいなかっこいい人に褒められたら、嬉しいよ。ありがと、笹森くん」

 笹森は肩を竦めた。

「いじめっ子がいる。琴峯さん、気を付けてね」

「あ、あ、あ、う、うん……」

 星子は咲菜を見た。笹森を奪ってしまった。笹森を奪ってしまった。笹森を奪ってしまった。

「笹森くんは、もう歩けるんだよね?」

「歩けるよ」

「じゃあ行こう。やっぱ大丈夫な気がする。絆創膏もいっぱい買えたし」

 笹森はアーモンド色の目を丸くする。

「いいぜ、待ってても」

 七尾に睨まれ、星子は心臓を殴られる。

 咲菜との仲を邪魔するな、と言っているに違いない。

「俺もいっ――」

「そうだよ。無理することないって。お祭りってのは雰囲気だけでも十分楽しめるよ。この人混みとか人混みとか人混みとか、花火の音とか?」

 七尾の眼差しが強い。

「一緒に待つよ。アイスのひとつでも食べよ。パピリコ半分こしよう」

 笹森が待つと言っている。星子は咲菜を見た。しかし彼女は前髪を頻りに撫でるのみだった。

「笹森くんも、行ってきなよ。わたし、ちょっと疲れちゃった。そこにマキシバーガーあるでしょ。シェイキングバニラ飲んでるからさ。ゆっくり!」



 星子は爪先を見詰めた。浴衣で行くという判断は誤っていた。だが結果的には間違っていなかった。七尾のことは裏切っていない。笹森を奪ってもいない。

 店内に居るよう七尾は言っていたが、星子はそもそもシェイキングバニラすら買わなかった。飲み切る自信がなかった。

 鐘の鳴る音と喧騒は、座っているだけでも祭りだ。

 高校1年生のときは4人で祭りに参加するとは思わなかった。昨年は咲菜と2人だったことを思えば進歩だ。だが考えが甘かった。3人に迷惑をかけてしまった。下駄から足を抜き、絆創膏に滲む赤みを押す。

 浴衣で来るべきではなかった。しかし咲菜がひとり浴衣にするのか。七尾も笹森も、彼女に色めきだっていたではないか。この判断は誤りではなかった。必要な負傷なのだ。必要な迷惑なのだ。否、頑丈な皮膚さえ持ち合わせていればすべて完璧だった。我儘を言ってしまった。自分勝手だと彼等は思っただろう。3人に気を遣わせた。

 きつく締めた帯は溜息を吐くのも一苦労だった。爪先を揉む。この国の伝統的な履物が足に合致していない。

 後見人の叔父に着付けを頼み、駅まで見送られ、小遣いを渡されたというのに、この有様では叔父すらも裏切っている。

「やっぱここだったの」

 笹森の声がする。

 冷水を頭からかけられたも同然だった。

「え」

「短冊コーナーがあったの。星子ちゃんも書こうよ」

 彼の手には、長方形の色紙が握られていた。

「わざわざ、戻ってきたの……?」

「絆創膏買って来てもらったからもう痛くないもんね。はい」

 笹森からオレンジ色の紙とペンを渡される。

「ありがとう……」

 咲菜から笹森を奪ってしまった。だが七尾は咲菜といる。浴衣では溜息のひとつも吐けない。鈍い痛みが腹の内側で渦を巻いている。

「星子ちゃんは願い事何書くの?」

「笹森くんは?」

「世界平和」

「いいね」

「嘘ウソ。モテたい、かな」

 星子は短冊を眺めた。上部には銀紙が貼られ、空いた穴にモールが通してある。

 笹森を一度見た。ペンの蓋を外し、インクを走らせる。

 "恋が叶いますように"

 咲菜の恋が。親友の恋が。クラスメイトたちから疑われたとき、真っ先に庇ってくれた恩人の恋が。

 油性インクの染みた繊維を凝らす。

 七尾を見捨てた。

「願い事、決まらない?」

「決まってるよ。"世界平和"かな、やっぱり」

 短冊を笹森に託した。彼は堂々と星子の願い事に目を通す。

「星子ちゃん、好きな人いるの?」

「ナイショ」

 咲菜の名前を出せるはずがなかった。

「教えてよ!」

「笹森くんの"モテたい"と大体同じ意味かもよ」

「チッチッチ。ぼくの願い事は、"美味しいものをたくさん食べたい"でした。星子ちゃんの玉子焼きとか」

 おどけている笹森を星子は見詰めた。帯に締め上げられ、行場を失くした鈍い痛みが消えていた。

「ありがとうね、笹森くん」

 混雑のなかに戻ろうとしていた笹森が振り返る。和服に慣れた後姿の曲線は鬼百合の花弁のようだった。

「やっぱ、寂しい?」

「ううん。短冊書けたし、嬉しかった」

 アーモンド色の目が転がり、星子から離れていく。

「そっか。マンゴー当ててくるからさ、楽しみに待っててよ」


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