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 逃げるオルガンを追って壇上に駆けあがるガイアス。

 雇われの警備員が立ち塞がるが、ただの人間にこの魔狼が止められるはずがない。

 彼の前に立つと皆、蛇に睨まれた蛙のように微動だにできなくなってしまった。

 生物としての格が違うのだ。警備員を職務怠慢と責めることはできない。


 アドラはビビりまくっている警備員たちに謝りつつ、サーニャを連れてガイアスの後を追った。



                   ※



 楽屋まで追いつめるとオルガンは、逃げるのを諦めたのか帽子を脱いで椅子に足を組んで座っていた。


「はぁ~アホくさぁ。なんであたしがあんたらから逃げなきゃならないのぉ」

「そりゃこっちの台詞だ。なんで逃げた?」

「あんたみたいにがさつな大男に追われると逃げたくなるのはか弱い乙女の性よねぇ」


 魔界最悪の魔女がどの面下げていうか。

 いやそんなツッコミはどうでもいい。

 聞きたいことは他に山ほどある。


「地上侵略の作戦参謀を任されているはずのおまえがなんでこんな場所にいる?」

「そういうあんたは指揮官で、後ろのアドラちゃんは総司令でしょう。あたしのことをとやかくいえないんじゃなぁい?」

「俺は謹慎中でアドラは任務で潜伏中だ。質問の答えになってねえよ」


 ルーファスを真似して詭弁で煙に巻こうとしたがガイアスにすら通用しない。

 観念したオルガンは嘘偽りなき真実を語ることにした。


「ブッチしちゃいましたぁ。えへへ……」


 どうやらすべての責任を部下に丸投げしてエルエリオンに逃げ込んできたようだ。

 ガイアスたちの顔を見て逃げ出したのはつまりそういうことらしい。

 呆れたクソ女である。


「だって作戦参謀なんてやったらあたし主犯格じゃないの。地上にケンカ売るなら独りでやって勝手に滅びろっつーの。バーカバーカ」

「ガキかおまえは……」

「ガキで結構よ。いっとくけど何いわれてもあたし戻る気ないから」


 こちらとしても軍に戻ってもらっては困る。

 この状況は説得の好機ではないだろうか。


 ガイアスが目配せするとアドラは小さく頷いた。


「オルガンさん、おれたちの仲間になりませんか?」


 アドラは一度は危険と断念したオルガンの説得を再開した。

 最悪、魔王軍に反旗を翻す可能性があることはさすがにいえなかったが、それ以外のことはできる限り正確に誠意をもって伝えた。


「まあそんなとこだろうと思ってたわ。アドラちゃんはともかくそこの脳筋が賛同してるのが意外すぎるけど」


 オルガンの嫌みにガイアスは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、怒って反発するようなことはなかった。

 ここのところ色々あってガイアスもずいぶん我慢を覚えるようになった。

 傍若無人だった彼も多少は大人になったのだ。


「オッケー了解。メリットありそうだしその話、乗るわ」


 オルガンはアッサリ仲間に加わった。

 彼女としても独りは何かと不都合で、できればアドラたちと行動を共にしたかったからだ。

 両者の思惑は図らずも一致していた。


「あ、ありがとうございますオルガンさん!」

「作戦自体はルーファスのことをいえないほど馬鹿丸出しだけどねぇ」


 いきなりのダメ出し。

 自分でもわかっていた話だったが、それでもアドラは肩を落とす。

 進退きわまり煮詰まりきった末にすがったのが、尊敬するクリスチーネ・オーボエの書籍なのだから落胆もひとしおだ。


「いるのよねぇ、聖王の婿になればソロネを自由にできるって考える馬鹿な男がわんさかと。だから武闘大会は毎年大盛況。ちょっと考えればなれるわけないってすぐわかるはずなのにねぇ」

「でもオルガンさんの聖王本には『必勝!』って書かれてますけど」

「えっ……その本の内容、本気にしてたの? 超ウケるぅ」


 アドラはあまりのショックに顎がはずれそうなほど口を開けた。

 信じていたものがすべて否定された気分だった。


「全国から集まった馬鹿野郎が武闘大会で厳選され、生き残った連中にも無理難題が課せられる。それすら乗り越えたラッキーマンも聖王に直接ボコられておしまい。必勝どころかノーチャンスなのよね。武闘大会が毎年開催している時点で気付きなさいよ」

「ですが、過去にはそれらを乗り越え見事ソロネ王になった者たちがいると……」

「昔はね。今代の聖王は『初代聖王エリスの再来』と呼ばれるほどの超々高レベル勇者よ。その実力はおそらく地上最強。だから今の婿探しはソロネが健在であることを世に示すためのパフォーマンスにすぎないってわけ」


 アドラは俯き沈黙した。

 改めて非情な現実を突きつけられて言葉を失っていた。

 そんなアドラの様子とは裏腹にオルガンは薄笑みを浮かべる。


「落ち込む必要なんてないわよ。勝算がないなら私はその話に乗らない」


 その言葉を聞いてアドラは俯いた顔をガバっと持ち上げる。


「確かに馬鹿げた作戦。だけどあなたにはそれを実現させうる馬鹿げた魔力がある。地上最強の勇者には魔界最強の魔族をぶつける――悪くはないんじゃなぁい?」


 オルガンの笑みは新月から三日月へと変わっていた。

 きっとまた何か良からぬ事を企んでいるのだろう。

 敵に回すと恐ろしいが味方なら実に頼もしい魔女だ。


 いや、しかし……本当に頼っていいものなのだろうか?


 脳裏にちらりと浮かんだ疑問をアドラは振り払った。

 こっちはもうイッパイイッパイ。今更手段など選んではいられない。

 たとえ裏で何かヤバいことがあったとして見なかったことにしよう。


 あー今日はいい天気だなぁ。

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