クリスチーネ・オーボエ
メテアクテで一番広いという詰め所に多くの町民たちが詰めかけていた。
すでに満席だったのでアドラたちは後ろの方で立ち見だ。
「あのクリスチーネ・オーボエ先生に会えるなんて夢みたいだ。楽しみだなぁ!」
キラキラと瞳を輝かせるアドラ。
一方、お付きのサーニャとガイアスは講演会にまるで興味がなく、完全にシラけきっていた。
サーニャは猫のように何もない場所を見つめ続け、ガイアスは暇すぎるせいか悔しくもないのに地団駄を踏んでいた。
「ガイアスさん……興味ないなら宿にいても良かったのに」
「生憎おまえの行動の一部始終を見届けると決めているのでな!」
武闘大会は半月後。
泉で瞬間移動できるとわかった以上急ぐ理由はあまりない。
それより王家の事情に詳しいオーボエから大会攻略のヒントを得るというアドラの主張はいちおう筋が通っている。
……が、ミーハー丸出しな彼の態度は、硬派を気取るガイアスには激しく不愉快だった。
「だからもっと真面目にやれ!」
「おれはいつだって真面目ですよ!」
サイリウムを振りながらアドラはいった。
もう一度殴ってやろうか。
「アイドルじゃあるまいに……つうかどこで買ってきたそんなもの」
「詰め所の入口で。法被もありますよ。あっ、そろそろ始まるみたいです。静かにしましょう」
町長らしき人物が開会のあいさつを始める。
ただのあいさつにしては無駄に長かったが、アドラたちを含め誰も興味がなかったので皆、適当に聞き流す。
真面目そうな人柄に見えるがあまり人気者の町長ではないようだ。
「――ではお待ちかね、クリスチーネ・オーボエ先生の講演です。皆様拍手でお出迎えしてください」
ようやく本命の登場だ。
オーボエが礼をして壇上にあがると凄まじい声援が巻き起こった。
さすがは天才アイドルライター、閉鎖的なこの国でも大人気だ。
「はぁい、みなさーんこんにちはーっ! クリスチーネ・オーボエでぇーす♪」
ウェーブのかかったピンクのロングヘアーをなびかせる妖艶なる美女。
チャームポイントは右目の下にある星形のホクロ。
服装はローブと単眼のついた三角帽子という典型的な魔術師ルックス。
ハイレベルな魔術師が自身の経験に基づいて執筆しているというのが彼女の売りだ。
「はぁ……綺麗な女性だなぁ」
アドラは見惚れてため息をつく。
オーボエは超絶美女だという話を聞いていたが噂は真実だった。
美人で賢く快活で達筆。これは人気が出るのも納得だ。
顔が知り合いに似ているのが少しだけ気になるが……。
「なあアドラ……あの女、オルガンじゃないのか?」
「まさか。彼女がこんな場所にいるはずがない」
「……まあ、そうだな。悪い、忘れてくれ」
そうはいいつつもガイアスの険しい顔は明らかにオーボエを疑っていた。
あれだけ似ていると疑いたくなるのもしかたがない。
アドラは苦笑いを浮かべながらオーボエの演説に耳を傾ける。
「聖術っていうのはですねぇ、神様に選ばれた一握りの天才しか使えないわけなのよぉ。その点魔術ならちょっとでも適性のある人間なら誰でも使えるし、がんばって鍛えれば聖術に負けず劣らず強力なの。だから勇者になれなかった皆さんも諦める必要はないのよねぇ」
オーボエはオーディエンスに対して魔術の有用性についてとくとくと説いた。
彼女の話はわかりやすく面白くとても勉強になる。
この勇者大国で勇者になれず絶望している若者たちに新たな可能性を示してくれる。
本当に本当に素晴らしい人物なのだが……。
「……」
最初は感動で涙を流しながら聴いていたアドラも次第に真顔になっていく。
外見。
魔術に関する知識。
話し方。
何気ない仕草。
どこをどうとってもオルガン・ストラトヴァリウスその人だった。
「なあアドラ……あの女、やはりオルガンじゃないのか?」
「そ、そっくりさんは、この世に三人いるとはいいますが……」
アドラの声は震えていた。
先ほど魔術の実演もしてくれたのだが、こちらも間違いなくオルガンの魔力だ。
他はともかくさすがに魔力までそっくりなどというのは考えにくい。
エルエリオンまで来ていったい何をやってるんだこの女性は。
「――以上であたしの話はおしまいでぇす。何か質問のある方はおりませんかぁ?」
オーボエの問いかけにガイアスはすぐさま挙手する。
ガイアスの顔を見るなりオーボエは露骨に顔をしかめた。
これでオーボエ=オルガンで確定だ。
「誰もいないみたいですねぇ。では失礼しまぁす。ばっははーい♪」
「おい待てコラ!」
逃げるように去っていくオルガン。
怒鳴って追いかけるガイアス。
呆けたままのサーニャ。
頭を抱えるアドラ。
なんという運命の悪戯か。
どうやらここソロネの地にて魔王軍四天王が勢揃いしてしまったようだ。




