作戦会議
アドラの用意した会議室に魔族が続々と入室してくる。
今回のクーデターに参加するレジスタンスだ。
少数ではあるが選び抜かれた精鋭。
その中には一命を取り留めたシゲンの姿もあった。
「まさか本当に貴様なんぞの部下になるとはな。地位は剥奪、使い魔も盗られた。どうやらおれも落ちるところまで落ちたようだ」
顔を見るなり悪態をつくシゲンにアドラは苦笑いする。
一兵卒にまで降格されたとはいえ部下はいずれ用意するし、使い魔は返してもらえるようオルガンと交渉する。もう少し待ってもらいたい。
アドラも何かと忙しい身の上。部下の苦情すべてに対応できるわけではなかった。
「まあそういうなシゲン。彼はおれたちの命の恩人じゃないか」
アドラが困っていると隣にいたロドリゲスがシゲンをたしなめてくれた。
こちらは初対面の時とはうって変わって理性的で情に厚い好漢だ。
意外と頭もいいので今後は重用しようと思っている。
「おれはもちろん、こうみえてシゲンも貴殿には感謝している。一度は死んだ身、この生命貴殿に捧げよう」
「あまり恩義に感じなくてもいいですよ。おれはただ救急病棟に運んだだけですから」
――ですが、頼りにはしていますよ。
そういってアドラはロドリゲスと堅い握手をかわした。
「では作戦会議を始めましょう。みなさん席についてください」
アドラに促されレジスタンス一同は席に座った。
会議が始まるとすぐに秘書がお茶を用意してくれる。
「デスデース。お熱いうちにお飲みくださーい☆」
上座のネウロイがアドラの秘書に猜疑のまなざしを向ける。
「……本当に、こやつをこの場に入れても大丈夫なのか?」
ネウロイが疑心を持つものしかたがない。
何しろアドラの秘書は四天王にして魔王の懐刀でもあるサーニャなのだから。
そんな彼女がどうしてアドラの秘書をやっているのか。
それを説明するには今より一ヶ月ほど時を遡る必要がある。
※
食堂を破壊した罪で魔力制限を課せられたサーニャは、あらゆる身体機能を制限されてまるでゾンビのように……いや実際ゾンビなのだが――ともかくふらふらと魔王城を徘徊していた。
「あ゛……あ゛……あ゛……」
言葉すらまともにしゃべれなくなったサーニャを哀れに思ったアドラは、どうにかできないかと思案し、試しに自分の魔力を注入してみた。
そしたらなんか上手くいった。
以上、回想おわり。
※
「そんなわけでアタシの今のご主人はアドラ様なんデスねー」
「様付けはやめてって前にいったじゃない。いつも通りでいいよ」
「でもあまりフランクすぎるのは色々と危険なのでは? 今のアドラ様はドラクエでいうとバラモス的なお立場デスし」
「そういう発言も色々と危険だからやめて」
例えはともかくアドラが現状地上における最高権力者であることは事実。あまり気さくに会話すると周囲に怪しまれるか。
しかたないこととはいえ自分の思い描く理想の上司像とはほど遠い。
アドラは不満げに頭をかいた。
「何はともあれ安心してくださいネウロイさん。少なくともおれが手綱を握ってる間は大丈夫です。少しでも怪しい素振りを見せたらすぐに魔力供給をストップしますから」
「マジでやめてくださいデスですよ! 今度こそアタシ悟りを開いちゃいますから!」
「前から思ってたけどその『悟り』って何?」
「クルクルパーになって何もかもどうでもよくなるってことデス。あらゆる不安や悩みから解放されるから一種の解脱なんでしょうけどアタシはまっぴらごめんデース。煩悩あっての人生でしょーっ!」
「なるほど確かにそうかも。うらやましくないこともないけど」
ついくだらない話をしてしまったがそんなことより作戦会議だ。
今のアドラに悟りを開いているヒマなどない。
アドラはサーニャを下がらせると円卓に地図を開きネウロイに見せる。
「おれは地上は初めてで地図を見ても正直ピンとこないんです。ここは経験豊富なネウロイさんのお知恵を拝借したい」
「わしもそこまで頻繁に来てるわけではないぞ。それでも魔界で一番地上の情勢に詳しいという自負はあるがな。まずは現状認識からだ」
ネウロイは地図の端にある海を指さす。
「ここが現在わしらが居るルガウ島だ」
「……何もないじゃないですか」
「よく見ろ。ちゃんとある」
目を凝らしてよく見ると、確かに米粒ほどの大きさの陸地があった。
孤島だとは知っていたが予想以上に小さい。
「どうだ。いかにわしらがちっぽけな存在か理解したか?」
「まさかルーファス様、この地図に描かれた大陸を全部征服しようなんて思ってないですよね?」
「そうではないと信じたい」
もはやできるできないという次元の話ではない。
いったいルーファスは何を考えているのか。アドラには理解不能だ。
「それと、いつまでも『地上』という呼び方はいらぬ語弊を招きかねないので、以後会議では正式名称で呼ぶこととする」
「みんな地上って呼んでますけどそんなものがあったんですね」
「無論。聖王エリスが命名した由緒正しき世界の名がな」
ネウロイは地図の左端に記された文字を指さす。
――『エルエリオン』。
それは“最も偉大な神”の意。
この世界は神の肉体であり、我々人類はそこに住まわせてもらっているだけという、敬虔な聖王の想いが込められていた。
「ちなみに魔界にも聖王の命名した『サタンランド』という呼称があるが、あまりに不名誉すぎて魔族は誰も使っておらん」
「そんな黒歴史な豆知識いらないですから。こっちにはもう正式な魔王がいるんですからルーファス様に新しい名前を付けてもらいましょうよ」
レイワ元年に魔界の命名。
止まっていた時間が動き出すようで楽しくはあるが、動いてはいけないものまで動いているのはいかがなものか。
主君の過ちは是正しなければいけないのが家臣の辛いところだ。
「次にエルエリオンの情勢についてざっくりと説明する。地図上では馬鹿みたいでかくて侵略など到底不可能に思えるが民族単位となると少しだけ現実的になる」
五つの海によって隔てられた五つの大陸。
その中でも国家を形成するほどの民族となるとそうとう絞られるそうだ。
「そして世界征服を目指した若き日のわしが侵略先として選んだのがここだ」
ネウロイの指がルガウ島から東へと滑るように移動していく。
指は大陸のひとつへと侵入し、途中でピタリと止まった。
「オースリア大陸を支配する大国『ソロネ』。選んだ理由は主に三つ」
一つ。ルガウ島からある程度近く、こちらの存在を認知されていないこと。
二つ。聖王を祖とする歴史ある古国であること。
三つ。現在はそこまで勢力がなく比較的侵略しやすいこと。
「ここを攻め落とせば世界を征服したということにしてもいいだろうと考えたのだ。というかそれ以外の落としどころが思いつかんかった」
「なるほど、魔王が聖王の国を落としたのなら確かに世界征服も同然ですね。さすがはネウロイさん。それで現在この国はどれほどの戦力を有しているんですか?」
「わしが調査した時点でずいぶん衰退していたから現在ではもっと攻めやすくなっているだろう。それでも魔界全土と同等以上の国力を誇っていると予想されるがな」
「はは、なんすかそれ。ぜんぜん攻めやすくないじゃないですか。こんな時に冗談はやめてくださいよもう~」
「まあな。わしも当時何でイケると思ったのか全然わからん。若気の至りよのぉ」
アドラとネウロイは朗らかに笑い合った。
ひとしきり笑い合った後でネウロイは地図を思いきりぶっ叩く。
「だが攻略するならここしかないわ! 貴様らも腹くくってアイディアを出せ!!」
アドラの笑顔がひきつった。
普段の彼なら絶対無理だと逃げ出すところだが生憎そうはいかない。
賽はとっくの昔に投げられている。
どれだけ無茶苦茶だろうとやるしかないのだ。




