新天地
エレベーター独特の浮遊感が消え、足下に地を踏む感覚が戻ってきた。
照明が消えて蒸気による廃熱が行われる。
重々しい魔鉄の扉が開かれるとアドラは誘われるように地上に足を踏み出した。
――そこには溢れんばかりの光の世界があった。
頭上より燦々と降り注ぐ陽光のまぶしさは魔陽のそれとはまるで違う。
リリロラがどれだけ天才だろうと決して真似できない圧倒的な『本物』の輝き。
その輝きに呼応するよう大地が、草木が、動物が――すべてが力強く脈動している。
魔族が地上を支配したがる理由を知るべく遠路はるばる赴いた地上。
たった一歩足を踏み入れただけで理解してしまった。
地上に比べれば魔界のすべてはまがい物。
本物を欲するは生物の本能だろう。
だが同時にここが決して犯してはならぬ聖域だという想いも強まった。
やはりルーファスは間違っている。
地上侵略など赦されない。
「行こうみんな。新たな闘いの地へ」
新緑の息吹香る風に孔雀のコートをはためかせ、アドラは目的の場所へと向かった。
※
――ルガウ島。
地上における数少ない魔王軍の支配地域。
ここを拠点にしてルーファスは世界征服を目論む。
地図の端にある小さな孤島とはいえ魔族にとっては十分すぎるほどに広大。
宿泊予定のイザーク城にたどり着くのには馬車で半日かけてしまった。
「お待ちしておりました。ルーファス様より話はすでに伺っております」
城についたアドラは迎えにきた城主と握手を交わす。
城主のマーガレットは魚人族の女性。5200歳のベテラン魔族だ。
城を所有しているが王ではなくあくまで人間の監視役。位も高くはない。
「ルガウ島における全権を譲渡します。今この時よりアドラ様は王となります」
マーガレットは膝をつき臣下の礼を尽くした。
長らく王不在だったルガウに新王が誕生した瞬間だった。
「ありがとう。ルーファス様の大望のため共に働こうではないか」
普段なら恐縮するのはやめてくださいとでもいうアドラだが、今回は当たり障りのない発言に留めておいた。
マーガレットは位こそ低いが魔王直属の部下。
うかつな発言は計画の失敗に直結する。
「では城内へ。引き継ぎをさせてもらいます」
マーガレットに促されアドラ一行はイザーク城に入城した。
※
引き継ぎ業務をつつがなく終えたアドラは、自室に戻る前に城内で一番広い部屋に椅子とテーブルを持ってきてそこに座った。
テーブルなら何でも良かったがルーファスに倣って円卓にした。
席次を決める必要がないというのが実にアドラ好みだった。
主君の良いところは今後も積極的に取り入れていくつもりだ。
「この部屋、防諜処理はされておるのかね?」
しばらく待っていると年老いたひとりの魔族が入室してきた。
王であるはずのアドラに対して何の気兼ねもしていない。
「もちろんです。あらゆる魔術的処理が行われています。オルガンさんのお墨付きなのでご安心ください――ネウロイさん」
元……否、現魔軍参謀ディザスター・ネウロイは部屋に刻まれた魔術式を一通り確認した後、満足げに頷いた。
「あの小娘め、なかなかやるではないか。あやつがマジメに仕事しておったら件の魔王城乗っ取りは成功しておらんかったかもしれん」
「できれば力を貸してもらいたかったんですけど、彼女はおれの監視役をしていた時期もありますし、ちょっと危険かもしれないんで説得はしませんでした」
「危険といえばわしも同じなのだがね。なぜわしが裏切らないと考える?」
鋭い視線を飛ばすネウロイにアドラはあっけらかんと答えた。
「それはもちろん、ネウロイさんになら裏切られても納得できるからですよ」
今回の進軍にあたりアドラは投獄中のネウロイの随伴を求めた。
地上征服には魔軍参謀の頭脳が必要だとルーファスに説いたのだ。
そしてその願いは叶った。
ネウロイは恩赦を得て先遣隊に加わり今、地上にいる。
「ネウロイさんはいいましたよね。世界とルーファス様を救ってくれって。でも何事も他人任せは良くないと思うんですよ」
アドラはネウロイをまっすぐ見据えていう。
「これはあなたがやるべき仕事です。もしここであなたが裏切るようであれば、あなたはかつての自分の言葉を裏切ることになる。それならそれで構いませんよ。おれもあなたの期待に応えられるようがんばらなくていいってことですから」
――あなたの言葉は真実か虚偽か?
アドラの問いにネウロイは正面から堂々と応じる。
「馬鹿め。やれるならわしが全部やるわ。誰がおまえのような若造に頼るか」
アドラは微笑んだ。
ネウロイは断じて腐ってなどいない。
地上の太陽と同じく本物の輝きを持つ本物の同志。
そう確信したのだ。
「では始めましょう。今度はおれを仲間外れにしないでくださいよ」
魔界より遠く離れた地上の果て。小さな小さな孤島。
そこで二度めのクーデターの狼煙はあがったのだ。




